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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第28話 逆転
109/120

28-1

 ユウキは腫れあがって人間の形をしているのか怪しい頭で考えていることがあった。それはこのエルメンドに来て、インジャから修行をつけられているときの話だった。


 町から離れた森の中で、インジャとその部下たちは特訓を行っていた。その中でユウキは正座をしてインジャの前に座っている。インジャは腕を組みながら言った。


「これからお前に“格上の相手との戦い方”を教える」


「格上との戦い方ぁ? そんなの必要なのかよ」


 ユウキは不満げに答えた。不満そうなユウキの表情を見てインジャは苛立ちながら言う。


「うるせえな! こういう修行も必要なんだよ!」


「でも俺のステータスで、俺より格上って見たことないぞ」


 ユウキの意見ももっともだった。確かに修行の中ではインジャやコニール相手に勝てないが、あくまで節度をもった修行の中で、という縛りがあった。もしユウキがただ勝つことだけを考えたら、インジャとコニール二人がかりでも敵わないというのは本人たちもわかっていた。そもそも数週間前に戦った時は、インジャは手も足も出ずにユウキにやられているのだから。


「あのよぉ! 世の中おめえより強えやつなんて山ほどいんだよ! そういうやつに会った時、どうするかを考えるのが大切なんだろうが!」


「え~……本当に必要なのかよ……」


 ユウキは不満タラタラだった。やっと修行から解放されると思ったら、結局また修行に連れ出され、それもユウキからしたら不必要でしかないことを強要されていたからだった。


× × ×


 ――結局それが必要だったと、ユウキは鼻血を垂れ流しながら後悔していた。ハージュの拳がまた顔面にヒットし、鼻骨が折れたのか鼻血が止まらなくなっていた。


(なんだったっけあれ……。確か結局インジャは説明してたけど、よく聞いてなかったんだよな……)


 ユウキはハージュに拳を振り回すが、その攻撃はかすりもせず避けられる。もう大鎌を振ることは無くなった。大鎌を構えただけで先にハージュの拳が当たり、振ったところで予備動作だけで見極められてしまい、当たるビジョンが全く見えなかったからだ。


「もう……倒れろ……!」


 ハージュは何度も立ち上がってくるユウキに不気味なものを感じていた。まだ本気の半分も出しておらず、何をしてきてもユウキが自分に敵うことはないとわかっていた。しかしこれ以上はやりすぎになってしまうとハージュ自身も感じはじめてきており、それでもなお立ってくるユウキのモチベーションの根本が見えなかった。


「これ以上は死ぬぞ……!」


 あまりにしつこく立ち上がってくるユウキに、ハージュの戦い方が変わった。意識を一発で飛ばすために大振りの攻撃を狙う構えを取った。そのハージュの変わりように、素人であるユウキも気づき始めていた。


(あれ……なんかあの教師の構え方変わってないか……? なんか隙が増えたというか……)


 そしてハージュの突き出してきた拳を、ユウキは初めて避けることができた。何十発も食らって慣れてきた――からではない。明らかにハージュの動きが変わってきていた。


(確か……これは……)


 ユウキはインジャが言っていたことを一つ思い出した。相手が強すぎて手が出ないなら、“相手に弱くなってもらう”ということを。


× × ×


 ユウキは再び、インジャとの特訓での会話を思い出していた。


「俺が今まで戦ってきたやつの中で、ルール無用なら負けはしねえと言っているやつが良くいた。……この言葉がどんだけ情けねえか、お前はわかるか?」


 ユウキは少し考えて答えた。


「……勝負してから申し開きしてるから?」


「ちげえよ。お前本当に頭悪いんだな……」


「う……うるせえな!」


 横で同じく聞いていたコニールはため息をつきながら答えた。


「はぁ……わかったよ。私が答えよう。正解は相手がルールを守る前提でその発言をしているからだ」


「正解だ」


 インジャはコニールに指を指した。


「要は相手にはルールを守ってもらい、自分はルールを違反する。そんでもって相手が先にルール違反したら卑怯だのなんだの叫びだす奴がいたんだよ……。あんまりにうぜえから再起不能にしてやったが、しかしこの考えには一つ学ぶべき点があったわけだ」


「学ぶ点? かっこ悪いのに?」


 ユウキはインジャに尋ねるが、インジャは意地の悪い笑みを浮かべながら言った。


「ああ、かっこ悪いがこの“自分はルールを無視して、相手にはルールを押し付ける”って考えは有効なわけだ」


「そんなわけ……」


 ユウキは反論しようとしたが、すぐに心当たりが思いついた。コニールもインジャが何を言いたいのかわかったのか、口を開いた。


「……私やお前がユウキ君と戦えているのが、その理論の証明だろ? 修行っていう“縛り”を設けることで、ユウキ君は私たちに全力で戦えないようにしているわけだ」


「そういうことだ。……ユウキ、お前も覚えとけ。もし自分より強い奴がいたら、まずは自分だけが有利な状況を作り上げることだ。お前の言う通り、腕っぷしならどうとでも潰しがきくんだからな」


× × ×


 一連の話を思い出したユウキは、地面に転がっている“ある物”に目を向ける。顔がパンパンに腫れあがっているおかげでその目線は対面しているハージュには気づかれていなかった。そして、どうすればいいのかの算段を立て終わると、大きく深呼吸をした。――俺はこれから最低なことをする。


「……お前、ここの教師なんだろ?」


 ユウキは上手く開かない口をモゴモゴと動かしハージュに尋ねる。ハージュは頷いて答えた。


「そうだ。インジャを追って東大陸に来たあと、この学校に体育教師として就職した」


「そうか……」


 ここからは賭けだ。ユウキはまだ自分が立てていること、ハージュの攻撃が大振りになり始めたこと。そしてこの学校の教師であること、それはをひっくるめたうえで一つの計画を立てた。それはハージュが“善人”であることを前提にした計画。――一方的なルールの押し付けを。


「……じゃあ、教師らしく散らばっているゴミを守って見せろよ!!!」


 ユウキは大鎌を出現させると、すぐ横で倒れていた学校の生徒を大鎌でフルスイングする。その生徒の身体は宙に浮き、遠くへと飛ばされていった。


「な!?」


 急に自分ではなく、倒れている生徒を襲い始めたユウキを見て、ハージュは驚愕した。そしてハージュはユウキの中まであるコニールやインジャ達にも目をむける。彼らも全員、ユウキの突然の行動に呆然としていた。


「おらおらどうした!!!」


 ユウキは更に倒れている生徒たちに鎌を振るっていく。振るわれた生徒たちはゴルフボールのように遠くへ飛ばされて行き、ハージュが困惑している間に周りの生徒は全員飛ばされていた。それでもまだ、少し離れたところに20人以上の生徒が倒れていた。


「次行くぞお!!」


 ユウキは次の獲物を求め、生徒のところへ向かっていく。そこでようやくハージュは我に戻り、ユウキの進路を塞ぐように立った。


「何して……!」


「邪魔なんだよ!」


 ユウキは大鎌を消すと、ハージュの腹部にパンチをめり込ませる。ハージュは呻いてのけぞるが、ユウキの姿勢も悪かったためかダメージはそこまで入らなかった。しかしこの一撃には大きな意味があった。


「……当たった?」


 コニールはその目の前の起こった出来事を飲み込むのに時間がかかった。ユウキが謎の行動をし始めたと思ったら、なぜかユウキの攻撃がハージュに当たるようになったのだから。


「貴様……!」


 ハージュの顔が怒りに染まっていく。ユウキは今の一撃に確かな成果を得ながらも、半分後悔していた。一撃で決められなかったことと、ハージュを怒らせてしまったことに。しかしもう止まるわけにはいかない。


「……ぼーっとしてんじゃねえぞ!」


 ユウキはハージュから離れるように下がると、後ろにいた倒れている生徒の下にたどり着き、その生徒も大鎌で薙ぎ払う。それを見てハージュは怒声を上げた。


「ふざけるなよ!!! それ以上生徒には手を出させん!!!」


 ハージュはユウキを追いかけるが、ユウキは全力でそこから逃走していく。その際にインジャの横をかすめる形になり、ハージュもユウキの後ろを追いかける――つまりインジャのすぐ側を通ったにも関わらず、インジャを無視してユウキを追いかけた。それが何を意味するが、コニールはようやく理解した。


「まさかあの子……!」


 コニールは戦慄した。ユウキが何を考えているのか、やっとわかったからだ。コニールはインジャの顔を覗くと、インジャもコニール同様、ユウキの考えていたことがわかったのか、冷汗を流していた。


「あのガキ……なんてこと考えやがる……!」


 コニールはユウキのある“才能”に気づいていた。それは“地頭の良さ”。確かに要領は悪く、勉強もできるタイプではないが、物事を考えないタイプではない。ちゃんと手元に情報があれば答えまでそれを導ける人間であり、だからこそ他の異邦人たちと違って力に溺れることが無かった。


 しかしユウキには大きすぎる欠点もあった。それは自分への自信のなさが、ユウキの才能を全て殺してしまっていること。自分はどうせダメな人間だという思い込みが、ユウキのその考える力を押さえつけてしまっていた。


 だがそれはある特殊な精神性をもたらすことになった。それはとことん追い詰められた時、開き直ったユウキは思い込みを捨て、その力を100%発揮することができる。


 今のユウキの行動もその精神性によるものだった。ハージュ相手に手も足も出ず、追い詰められたユウキは初めてその思考力を発揮した。それはこの場にいる誰の発想もぶち抜いたものであり――それでいて理論が組み立てられていた。


 ユウキがまず気づいたことは、ハージュはユウキが不殺魔法を使っていることに気づいていないということだった。つまりハージュから見れば倒れている生徒たちは全員死んでいるか、もしくは動けないほどの重傷であると。だからこそハージュは全力で怒り、門外不出の奥義をもってユウキと対峙し、話し合いにも応じなかった。


 そしてハージュが善人であること。これは生徒からも慕われている教師であること、悪党であるインジャを追っていること、愛だのなんだの言っていたこと、それにユウキに対し手加減をしていたことが根拠になった。


 ユウキはこれほど実力差があるにも関わらず、自分が立てていることに疑問を持っていた。それはハージュが手加減をしているからだと。それはユウキがボロボロになってから大振りが見えてきたこともこの答えにたどり着く一因になった。ユウキを気絶させて、これ以上傷つけないようにするためのハージュなりの気遣いだった。


 そしてそこまで導ければあとは何をすべきか、ユウキは答えにたどり着いた。それは倒れている生徒たちを襲うこと。全員ユウキの手によって気絶させられており、ユウキがこれ以上不殺魔法の鎌で攻撃することにあまり意味はない――しかしハージュの視点では違う。


 ハージュからしたら僅かに生き残っている可能性のある生徒たちに、トドメを刺されていることを同義であった。ならばそれを全力で止めなければならない。――仮にユウキに対し不利な体勢になっても。


 ユウキは自分が不殺魔法を使っていることを気づかれないために、まずハージュの周りの生徒を全員吹っ飛ばして行った。そして手元に確認できる証拠が無くなったハージュはユウキに“一方的なルール”を押し付けられることになる。


 ユウキと戦いながら生徒を身をもって守らなければならないという、不利なルールを。

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