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苦戦するユウキであったが、それはその後ろで戦うアオイとジェインもそうであった。何度やっても魔法がシーラによって打ち消され、向こうの魔法でこちらの体力が削られていく。しかし、物理的な攻撃手段を取ろうにもアオイたちにそんな力は無く、仮にユウキと交代したとしても、アオイではハージュに抵抗できずにやられてしまうだけだろう。つまり、シーラはアオイが何とかしなければならなかった。
「まだ続けるんですか」
シーラはアオイたちを見下すように言う。アオイとジェインは息も絶え絶えであり、膝をついていた。勝ち誇るシーラを見て、アオイにはどうしても気になることがあった。
「シーラ……あなたいったいこの後どうするつもりなの……?」
アオイはシーラに尋ねた。このシーラの暴走の“意味”がアオイにはわからなかった。それはシーラの過去を知らないから――ではない。仮にシーラが自分たちに勝った後に、どうするつもりなのかがさっぱり見えてこなかったからだ。
「ユウキから聞いたでしょう? その接ぎ木を持っている限り、その接ぎ木に封印された魔物が現れ続ける。それに学校の周りのバリアを破壊する方法だってわからない。そんな状態でそんなもの手に入れたって……!」
「じゃあ私にこの接ぎ木を手放せと? そしてこの力を捨てろと?そんなことできるわけないでしょうが!」
アオイはシーラの言葉を聞いて顔をしかめた。シーラの興奮した態度からは、明らかに普段の冷静さは失われていた。
「これを手に入れることが私の生きる意味だったんだ……! 今更退けるわけないだろ!」
シーラの答えはこれだった。“何も考えていない”。アオイはそのシーラの答えを聞いて、全身の毛が逆立つのを感じた。あのシーラが何も考えていないというのがあまりにも異常だった。固まるアオイの肩をジェインが掴んで言う。
「あの子の言うことは本当……。恐らく接ぎ木を手に入れることに人生のすべてを賭けていたはず。……もうそのあとのことは何も考えられないくらいに」
事情を知っているジェインはシーラのその追い詰められた状況を察していた。それはジェインにも痛いほどよくわかるものだった。なぜなら自分が15年前全く同じ思いを抱いていたからだ。ジェインはシーラを見据えながら言った。
「シーラ……あなたのその気持ちは私にだってわかる。……だけどそんな力を手にしたって……!」
「うるさい……! うるさいうるさいうるさい!!!」
シーラはジェインに対し魔法を放ち、アオイとジェインは防ぎきれずにのけぞって倒される。
「わかったような口ぶりをするなよ! お前なんて結局他所の学校で上手くいって、この学校に教師として戻ってこれただろ! 結局魔法の才能があったってことじゃないか! そんなやつに私の気持なんかわかってたまるかよ!」
× × ×
ユウキはフラフラになりながらも立ち上がるが、その度にハージュに殴られ倒される。もうこのやり取りを何度繰り返したろうか。ユウキの顔はボコボコに腫れあがり、原形をとどめていなかった。
「く……くそ……」
ユウキはまた立ち上がろうと、腕に力をこめる。向こうの世界にいたときに、ここまで殴られたことは一度もない――というより喧嘩をしたことすらもなかった。いじめを受けて袋叩きにされたことはあっても、だいたい数度のパンチや蹴りを受けて、それで終いであった。なぜ自分がまだ立ち上がれるのか、ユウキ自身もよくわかってなかった。
「もうよせ……実力差はわかっているだろう」
なおも立ち上がろうとするユウキにハージュは諭すように言った。
「異邦人……ケンイチもそうだとは言っていたが、借り物の力に我が明神崩玉拳は負けはしない。確かにその身体能力は目覚ましいものがあったが、所詮付け焼刃の技術では、根ざしている基本が違う」
ハージュの言う通りだった。ステータス――身体能力自体はユウキとハージュにそれほど差はないかもしれない(これだけでも双方驚く事だったが)。しかし習って1か月なうえに全く真面目にやってこなかったユウキの戦闘技術と、数十年修行してきたハージュでは根本からして違いがあった。
「お前が私の弟弟子であるロンゾを倒したらしいが、インジャと同じく卑怯な不意打ちを使ったのか?でなければロンゾはお前ごときに負けるはずがない」
「い……言いたい放題いいやがって……!」
ユウキはそんな卑怯な手を使ってないと反論しようと立ち上がるが、また顔面にパンチを食らってぶっ飛ばされる。今度は立ち上がることもできずに、ただ空を眺めていた。立ち上がらなければいけないのはわかっているが、いい加減限界が来ていた。
(だめだ……立たないと……アオイが……シーラが……)
頭ではそう思っても、身体がもう動かない。他の異邦人たちが言っていたHPが無くなって、消えていかないのが不思議なくらいだった。
(あれは死ぬほどのダメージを負ったときに消えていくって感じなのかな……。じゃあ俺が今まで消していった異邦人たちは、不殺魔法を使っていてもやっぱ殺しちゃっていたのかな……)
身体がダメになると、もう頭の中も諦めが入り、余計なことばかりが浮かんでくる。――しかし心は違った。
「ま……まだだ……! まだ終われるか!」
ユウキは何とか立ち上がる。しかしもう身体に力が入らない。精神力だけで足を支えていた。そのユウキのタフネスを見て、ハージュは改めてユウキに構える。
「……訂正しよう。お前は強い。だからこそ、この拳でお前を打ち倒そう……愛を持って!」
「……は?」
ユウキはハージュがいきなり言い出したことに困惑していた。なぜいきなり“愛”なんて言葉が出てきたのか、さっぱり理解ができなかったからだ。そんなユウキの困惑を察するように、後ろから粗野な声が聞こえてくる。
「それが明神崩玉拳の本質なんだとよ。誰かを愛し、誰かに愛される。そんな思いの力が、拳に力を乗っけるとかなんとか」
「インジャ……!」
ユウキは後ろを振り向いて、声をかけてきた男の名を呼んだ。
「お前どこ行ってたんだよ……! 別に協力をアテにしてた訳じゃないけどさ……」
「おめーが勝手に降りたんだろ! ……一応約束は守ってやっただろうが!」
ユウキは魔法学校に突入する前に、インジャとスレドニに協力を依頼していた。しかしインジャがその頼みにタダで答えるはずもなく、ユウキにある条件を出していた。
「でもあの男がこんなに強いなんて聞いてない……! 騙したな……!」
インジャの出した条件は、ユウキとハージュが戦うことだった。ユウキも急いでいたこともあって、後で約束を無視すればいいとタカをくくっていたが、状況のアヤから結局ハージュと敵対することになってしまった。
「インジャ……貴様……!」
インジャの姿を見たハージュは怒りの目をインジャに向ける。
「お師匠様に手をかけ、あまつさえ門外不出の明神崩玉拳を持ち出し、悪事を繰り返し悪評を振りまき……その目に余る狼藉、許されることではないぞ!」
ハージュが言ったインジャの悪行を聞き、ユウキはインジャにツッコみながら言った。
「お前ふざけんなよ!? 割とガッツリ悪いことしてんじゃねえか!? いや、元々強盗なのは知ってたけどさぁ!? なんでそんな恨まれるようなことしてんだよ!?」
ユウキのツッコミにインジャは声のトーンを変えず、落ち着いて答えた。
「気に食わなかったんだよ……その愛ってやつがな」
「気に食わない……?」
「ああ。愛なんて全く具体的じゃない、曖昧なものに武術の根幹を乗っけていることが気に食わなかった」
「それはお前に愛が無かったからだろう」
ハージュはインジャに対して言う。
「お前は誰も愛することは無かった。昔から弱い者に力を振りかざし、他者を暴圧して生きてきた。そして誰からも愛されることが無かっただけだ」
ハージュの言葉に横で聞いていたコニールは頷いていた。利害の一致でここまで付き合ってきたが、いまだにコニールはインジャを軽蔑していたし、ハージュの言葉に一切の異論はなかった。――しかしユウキはそれに肯首しなかった。インジャは吐き捨てるようにハージュに言う。
「そうだな。確かに俺ぁ誰にも愛されたこともねえよ。……だから腹が立ったんだ。誰にも愛されない奴は生きてちゃいけねえのか?」
ユウキは目を見開いた。それは自分の聞きたかった言葉でもあったからだ。
「あの爺は俺にほざきやがった。愛を知らないお前には生涯極めることができないとよ。自慢じゃねえが俺は明神崩玉拳に限って言えば真面目だったからな。こう尋ねたよ。……どうしたら愛を知れるかってな。じゃあアンタは俺を愛してくれるのかとな。……結局、あいつが愛してたのはハージュにその他の俺より才能のある弟子だった。俺は誰にも愛される“能力”が無かったんだ」
「そんなものはお前の勝手だろう! そんな貴様の自分勝手な理屈でお師匠様に手をかけたのか!」
ハージュは怒りながらインジャに問い詰めるが、インジャも逆ギレしながら答えた。
「ああそうだよ! だがな! 俺から言わせれば、愛に“恵まれてる”奴しか眼中にないお前らの方がクソッタレなんだよ!」
「……そうかもな」
静かにインジャの言葉を肯定する発言が出て、全員がその発言した当人を見た。――ユウキは目に炎を宿しながらハージュを見る。
「……ちょっとやる気が出てきた。インジャが何を言いたいのか、少しわかってきた気がする」
「ユウキ君……!?」
コニールはユウキを心配するように声をかけるが、同時にあることに気づいてしまう。それはコニールがインジャと共にユウキに特訓をつけているときに気づいていたことだった。そしてそれはインジャも気づいていることだった。――ユウキの“弱さ”を。
× × ×
アオイは立ち上がってシーラと面向かう。そしてそのアオイの目には炎が宿っていた。
「……“私の気持ちなんてわかるか”。さっきシーラはそう言った。……そうだなぁ、私からも言いたいことがあるんだ」
シーラはアオイの表情を見てゾッとする。アオイの顔には怒りが浮かんでいた。この2か月アオイと付き合ってきて、全く目にしたことがない表情だった。
「私から言わせればシーラだって充分以上に才能に恵まれきった存在だと思うよ。勉強は完璧にできて、その年で使い切れないほどの財産を稼いで、おまけにとても可愛い。……魔法が使えなくたって、最悪他の道で成功する未来なんて余裕で見えている」
ユウキとアオイは互いにボロボロになりながら立ち上がっていた。そして目の前の“敵”“に対し、敵意を燃え上がらせていた。それはユウキとアオイの物ではない――結城葵の記憶が、その敵意を生み出していた。
「上から目線でくっちゃべってんじゃねえぞ!」
「自分だけが不幸なんて思ってんじゃないわよ!」
この学校で戦っているときに二人が思っていたこと。それはこんなエリート学校に通える奴がどうして自分たちは不幸だと思っているのかというあまりにも情けなさすぎる嫉妬。しかし、今の二人にはそこから燃える炎が必要だった。――目の前の敵を倒すために。
「「お前をぶっ倒してやる!!! 絶対に諦めない!!!」」




