27-3
――時間は戻り現在。ブレットの話を聞いたコニールは深く息を吐いた。
「そうか……あの子にそんな過去が」
ブレットからの説明を聞いて、コニールは全てに合点がいった。ブレットの話には嘘は感じられなかった。それにブレットが知らない、コニールが知っているシーラのあれこれに関しての裏付けも取れたため、なおさら今の話が真実だと納得できていた。
「あいつは……真面目過ぎるんですよ。少しアイツがもうちょっとズルするやつだったら……こんなにも学校の皆に恨まれずに済んだのに」
「それは……同意するが。ずる賢いくせに責任を負いたがるから、結果的に負の方向で成果を出すからなあの子は……」
シーラと戦うアオイを見て、ブレットは指を指しながら言った。
「今の話をなんとかあのアオイって子に伝えられませんか? そうすれば……!」
そうすればアオイの心構えが変わり、何かいい方向に向かってくれるかもしれない。ブレットはどう言おうとしたがコニールがそれを遮った。
「いや、必要ない」
「ですが……!」
「大丈夫だ」
コニールはその必要はないと確信していた。仮にそれを伝えようが伝えまいが変わらないとわかっているから。ユウキとアオイの二人が、シーラを助けるのに全力を尽くさないはずはないから。
× × ×
ユウキはハージュを相対していたが、一歩も動くことができなかった。つい先ほどにやってやると啖呵を切ったにも関わらず。ハージュが一歩ずつ近づいてくると共に、ユウキも一歩下がろうとするがそれはできなかった。自分のすぐ後ろでアオイたちがシーラと戦っている。この状況でアオイたちの所にハージュが来てしまったら、ハージュはアオイたちを排除して、シーラに向かうだけだろう。つまり逃げる選択肢は無かった。
「う……うおおおっ!!!」
ユウキは大鎌を構え、ハージュにむかって跳躍する。そしてその勢いのまま大鎌を振るが――。
「……その程度か」
ハージュは難なくユウキの大鎌を避ける。そして左腕でユウキの腹部を狙い、拳をめり込ませた。
「勁……砲!!!」
「がはぁっっっ!!!????」
ハージュの拳をくらったユウキは、口から反吐をまき散らしながら宙に浮く。そして体勢を立て直す間もなく、ハージュはユウキの上を取っていた。
「”槌打”!!!」
ハージュは右手をユウキの胸部に打ち下ろし、ユウキは地面に叩きつけられる。ユウキはピクリとも動かず、遅れて着地したハージュはユウキに一瞥もせずにアオイたちの方に目を向けた。
「次は向こうだ……!」
「……ゲホッ!」
「な!?」
ハージュは何かが咳き込む音を聞き、その場から後退した。そしてその何かを見て、驚愕して声を上げる。
「な……なぜ動ける!?」
「さ……さぁ……頑丈だからじゃないかな」
ユウキは胸を押さえながら、辛うじて立ち上がっていた。ダメージが相当に深いのか、足は震え、吐き気は収まっていない。しかしまだ動けることは確かだった。
「くそ……また“達人”が相手かよ……!」
ユウキは愚痴をつぶやく。この3か月にわたっていろんな相手と戦ってきて、自分の苦手な相手というものがわかってきていた。それは“達人”だった。ステータスの力でゴリ押しが通じず、技術でひっくり返される可能性があるからだ。インジャにコニール、そしてそれ以前にも達人に出会い、痛い目に合わされてきた。
「だけど退けないんだよこっちも!」
ユウキは再度大鎌を構えてハージュへと向かっていく。ハージュはユウキの理解不能なタフネスに困惑しながらも、改めて構えなおした。
「今ので倒れないのなら……こちらもさらに打ち込むまでだ!」
ハージュはユウキの大鎌を避け、またも左腕でユウキの腹部を狙う。しかし今度はユウキもハージュの動きを読んでいた。ユウキは鎌の持ち手部分をずらし、ハージュの拳の通り道をふさぐ。しかしハージュはそのまま拳を打ち込んできた。
「なめるな! 明神崩玉拳は防御不能の……!」
「防御できないのはわかってるよ!」
ユウキは鎌の持ち手にハージュの拳がぶつかった瞬間に鎌を消す。そして拳の軌道をずらしたことを確認すると、再び鎌を出現させてハージュへと振り下ろした。
「くら……!」
しかしその鎌は届かなかった。ハージュは拳が逸れた勢いそのままに身体をひねり、ユウキの頭部に蹴りを入れていた。頭への蹴りをモロにくらったユウキは、受け身も取れずに地面に叩きつけられる。
「こいつ……!」
しかしハージュの顔には困惑の表情が張り付いていた。今のユウキの動きは明神崩玉拳を熟知していなければできない動きだった。本来であれば防御に使用した鎌を通じて、衝撃をユウキにまで届かせるはずだったから。そしてユウキがなぜ明神崩玉拳を熟知しているか。理由は一つしかなかった。
「インジャの奴がお前に明神崩玉拳を教えたとでも言うのか……? あの男が……!?」
ハージュはユウキがインジャと関係を持っているということは、ケンイチから聞いていた。しかしケンイチもハージュに対して詳細まで説明していたわけではなく、ロンゾがインジャという名前に反応し、ユウキもそれに反応していた、ということしか説明していなかった。しかし仮にケンイチからユウキが明神崩玉拳を使うと聞いていたとしても、ハージュはそれを信じなかっただろう。
「俺だって……別に教わりたくて教わったわけじゃねえよ……! 必要に迫られてだ……!」
ユウキは両腕を震わせながら立ち上がる。そしてユウキが立ち上がったのを見て、ハージュはまたも驚いていた。
「バカな……! 先ほどの蹴りはそんなぬるい当たりをしていないぞ……!」
「残念だったな……これが異邦人ってやつなんだよ……!」
ユウキは強がりを言うが、それはそれとして現状のヤバさを心底感じていた。今のやり取りで、ユウキは一切の油断もしていない。あまりにもアッサリとハージュの攻撃をもらっていたが、それだけの実力差がユウキとハージュにあるということだった。ユウキがこの世界で戦ってきた人間の中で文句なしの最強――インジャやコニールとすら比べ物にならないほどの相手だった。
× × ×
「な……なんなんだヤツは……!」
コニールはユウキとハージュの戦いを見て、驚愕していた。ハージュの強さは先ほどサイクロプスと一緒に戦った時に見たはずだったが、今の動きは明らかにあの時よりも何倍も強かった。
「まさかあの状況で実力を隠していたというの……!?」
「……その通りだよ」
背後から声が聞こえ、コニールは慌てて振り向く。するとそこにはインジャとスレドニの二人が傷だらけの姿で立っていた。
「インジャ……! あとスレドニも……!」
「ちくしょう。あのガキがお前を助けるんだ、とか言って勝手に降りやがるもんだから、俺たちの降下位置までだいぶズレちまった。おかげでずいぶんと魔物に囲まれちまったよ」
「……周りにいた魔物は俺たちである程度は片付けました。また現れてくるでしょうが、しばらくはなんとかなるでしょうよ」
「あんたたち……!」
思えばこうやって戦っている最中に魔物が現れることはなかった。あまり気にしていなかったが、確かに考えてみると魔物がこちらに現れてもおかしくはなかった。
「あのハージュって教師、インジャの知り合いなんだろう? お前がここに来たのもあのハージュが目的だったはずだ。お前は戦わないのか?」
劣勢に陥っているユウキを見て、コニールはインジャに問いかける。しかしインジャは首を横に振った。
「アイツはバケモンなんだよ……!」
その言葉と同時に、バキッという打撃音が聞こえ、コニールがそちらを見ると、ユウキがハージュにまた殴られたのか大きくのけぞっていた。
「敵わねえ……とは口が裂けても言いたくねえが、今の俺が戦っても奴には勝てねえ。あいつは明神崩玉拳の正当伝承者であり、奥義を受け継いでいる……! 己の力を数倍にまで高める奥義をな……!」
「な……!?」
インジャの言う通りだった。ハージュは異邦人でなく、この世界の人間であるはずなのに、ユウキを遥かに凌ぐ身体能力を見せていた。
「本来あの奥義は門外不出であり、おいそれと見せていいもんじゃねえ。だがユウキの奴が俺の関係者であるということから、その禁を破って奥義を使っているようだな」
インジャの分析にコニールはツッコミを入れた。
「っておい! じゃあお前のトバッチリでユウキ君が追い詰められてるってことじゃないか! なおさらお前も加勢しろよ!」
「俺があいつらの間に入ったところで、ハージュは俺に狙いを向けて、俺を倒したら目的を達成しちまうだろうが……! それじゃあ俺が困るんだよ」
「はぁ!?」
インジャは不穏な笑みを見せながらコニールに答えた。
「なぜなら俺がここに来た目的は、あのガキとハージュを潰し合わせるためだからな」




