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シーラが救出されて3日後、ジェインはシーラが入院している病院に見舞いにきていた。シーラは身体の何か所かを骨折していたが、救出したシーラを見た試験官は驚いたと口にしていた。樹海における実技試験を2週間こなした割には、血色は遥かによく、ケガ以外問題がなかったのは奇跡に近いと。
ジェインはそうなることはわかっていた。ジェインが今まで受け持った生徒の中でも、シーラはあまりにも別格すぎた。母親を彷彿とさせる他の生徒をよけ付けないほどの圧倒的な才能。ジェインは嫌な過去を思い出し、歯噛みした。だが突然聞こえてきた騒音に、ジェインの意識は現実へと引き戻された。
「あの子を返してよ!」
嫌な予感がしてジェインは廊下を早歩きで進んでいく。そして予想した通りその騒音は、シーラの病室から聞こえてきていた。
「なんで! あなたみたいなのが生き残って、あの子が死んでしまったの!? あなたがあの子を殺したんでしょう!」
ジェインがシーラの病室を覗くと、そこではベッドの上で腰を上げながら、無表情で虚空を見つめているシーラと、泣き叫ぶ中年女性、そして何人かの高級そうな身なりをした面々がいた。ジェインは彼らに見覚えがあった。彼らはヘレンの家族だった。
「返して……返してよおおおお……! あああ……!」
泣き叫んでいるのはヘレンの母親だった。その横でヘレンの父親が妻を慰めていた。シーラは何も言わず黙り続けていた。そのシーラに今度は父親が口を開く。
「……君にも事情はあるかもしれないが、イクシール家は決して君を許さないだろう。たとえ法的に君が無実だとしても、必ずこの遺恨は晴らさせていただく」
「……ええ。そうね」
やっと開いたシーラの口からは何の感情も感じられないような無機質な返答が返された。そのあまりにも責任を感じていないような無感情さに、母親はさらに泣きだし病室から出ていく。そして家族が全員出ていく中、ブレットだけが病室に残っていた。
「……なによ」
シーラはブレットに言葉を投げかけるが、ブレットは両親たちと比べ落ち着いた態度で口を開く。
「……どうして何も真実を言わないんだ」
今回のヘレンの事故に関して、すでに調査は行われていた。特に本来試験前に駆除されてなくてはならなかったゴブリンの上位種であるホブゴブリンがいたことは問題視されていた。
しかしイクシール家の息女であるヘレンが死んだこと、シーラが絡んでいたことが事態をとても複雑にさせた。学校は名家の娘を試験の不備で亡くしたという責任から逃れるため、全てシーラが悪いことにした。
そしてシーラも何も言い返すことはなかった。そしてシーラが法的な責任を取らされることは無かったものの、学校は追放処分することをたった3日で決定してしまったのだった。そして沈黙を守り続けてきたシーラにブレットはあくまで冷静な態度で問い詰めた。
「お前はなぜ黙っていたんだ。何が起こったのか真実を話せば、その証言を元に事故の原因が追究されて、お前も学校を追放されることはなかったはずだ」
ブレットは何が起こったのか、大まかに理解できていた。自分も試験を受けた身であることや、上級生として今回の試験の準備を手伝っていたこともあり、関わっていた職員たちの杜撰さを見てきていたのだった。何よりも大事な妹が亡くなったにも関わらず、真実を調べないほどブレットは愚かでもなかった。
「頼む……話してくれ真実を。妹は……ヘレンは何があったんだ」
ブレットはシーラに懇願して頭を下げるが、それでもシーラは何も言わなかった。そして代わりに一言だけ口を開く。
「……もうすでに報告した通りよ。私が殺した。……それでおしまい」
シーラの言葉を聞いて、ブレットは青筋を立てるが、すんでのところで感情を抑え、振り向いて病室の出口へ向かう。
「そうかよ。……じゃあ俺はもうお前を許さない。……二度とこの学校に……町に姿を現すな」
ブレットも部屋から出ていく。そして一人になったことでシーラは深く息を吐いた。
「はぁ……」
まるで口から魂が出ていくような、そんな大きな息。そして次の瞬間、シーラは近くのテーブルに置いてあったコップを持つと、それを思いっきり壁に叩きつけた。そして椅子を持ち、壁を叩きつける。
「うああああああ!!! ああ……!!! あああああああ!!!」
「ちょ……ちょっと待ちなさいよ!」
病室の前で息を潜めて待っていたジェインは、急に暴れだしたシーラを見て慌てて病室へ入っていった。そしてシーラを羽交い絞めして、その動きを止める。
「まだケガも治ってないんでしょう……!? それなのに……!」
「離せ……離せえええ!!!」
シーラは尚も暴れ、その音を聞きつけて医者がやってくる。
「君はまた……! 落ち着いて!」
医者もシーラの動きを止めようとするが、シーラは暴れるのを辞めようとしなかった。
「仕方ない……!」
見かねた医者は、シーラに催眠魔法をかける。魔力もなく、魔法への耐性も無いシーラは一発でかかり、そのまま意識を失った。
「いつも……こうなんですか?」
ジェインは息を切らしながら医者に尋ねると、医者はうなずいて答えた。
「ええ……そうです。もうこれで4度目……」
よく見ると、部屋にはもう何度も壁に何かが叩きつけられた跡が残っており、血糊までついていた。シーラの怪我の具合も見てみると、骨折だけと聞いていたが、手と頭に血のにじんだ痕跡があった。
× × ×
この3日間、シーラは寝れていなかった。何度も催眠魔法をかけられているので厳密には寝れていないわけではなく、寝ても悪夢にうなされ続けているのだった。そして見る悪夢はいつも同じだった。
シーラはホブゴブリンに襲われた際、足を滑られて祭壇から落ちていった。そして重傷を負い、逃げられなくなったシーラを見て、ヘレンはゴブリンに立ち向かっていった。シーラはヘレンがゴブリンに向かうとともに、背を向けて逃げ出した。そして逃げながら背後から声が聞こえてくる。
「お前はわざと祭壇から落ちたんだ」
違う。
「ヘレンより先にケガをすれば、ヘレンが自分を助けるために我が身を犠牲にすることはわかっていた」
違う。
「全部計算づく……。でもヘレンがいけないんだよね。ヘレンが祭壇のある部屋まで、大騒ぎしながら来たから、あのゴブリンが襲ってきたんだ」
違う!!!
しかしシーラにはそれが全て真実だとわかっていた。シーラがあのゴブリンに睨まれた時、恐怖で頭が真っ白になった。もうなにをしても助かりたいと思ってしまった。無意識でそれをやったとしても、それは頭のどこかで計算した末の行動だった。
シーラは足がもつれ、その場でへたり込む。そして背後から今度はヘレンの声が聞こえてきた。
「でも私はシーラを恨んでないよ」
やめろ。
「私とシーラは友達だから」
やめろ。
「私が自分でシーラを助けることを選んだから……だからシーラ」
やめろ。
「絶対に“諦めないでね”。……立派な魔法使いになって」
「やめろおおおおおおおお!!!」
× × ×
「おおおおおおおお!!!」
シーラは叫びながら身体を起こす。全身から汗が吹きだしており、入院服が身体に張り付いていた。そして何者かがシーラの肩をつかむ。
「大丈夫!? シーラ!」
その声を聞いて、シーラは自分が夢から覚めたこと悟った。
「ジェイン……先生……」
シーラが顔を上げると、そこにはジェインがいた。ジェインはシーラが催眠魔法で寝かしつけられたあと、看病のために横にいたのだった。しかしシーラはジェインの顔を見るなり、その手を払いのける。
「触らないで……」
「シーラ……」
ジェインは再びシーラに手を伸ばそうとするが、シーラは怒鳴り散らしながら再度払った。
「触るなって言ってんだろうが!!!」
あまりの拒絶にジェインは手を伸ばすことをやめた。そしてシーラを落ち着かせるために話題を変えることにする。
「……どうしたのこの病室。学校が用意した病室は相部屋だったし、何よりこんなにめちゃくちゃにして、病院に許されるはずがないけど」
シーラは息を荒げながら、少しずつジェインの問いに答えていった。
「私の部下が……買ったの。相部屋じゃなくて個人部屋を。医者も大金を積んで、この病院で一番腕のいい奴を私につけさせた。部屋ももう壊すこと前提で追加料金は払ってある」
ジェインは肩をすくめた。部下とはシーラの行っている商売での部下のことだろう。シーラが商売をしていることに反対しているジェインは、感心しないといった表情でシーラに言う。
「そう……まぁあなたが自分の金をどう使おうが知ったことではないけど……。これからどうするつもりなの」
ジェインもまた、シーラが何の弁解もせずに追放を受け入れた理由がわかっていた。調査結果から、ヘレンが遺跡の中で魔物相手に暴れており、不必要な魔物を呼び寄せた痕跡が残っていたことが判明している。それは魔物相手には下策中の下策だった。
しかしそれらの情報はすべて有耶無耶になり、ヘレンはシーラの卑劣な手によって命を落とした被害者になっている。ヘレンとシーラが仲が良かったという話はジェインは教師として聞いたことが無かったが、シーラが自分が泥を被ってヘレンの名誉を守ろうとしていることは明白だった。
「もしあなたが……」
ジェインはシーラが望むなら別の学校への転校の面倒を見る、と言おうとした。ジェイン自身も試験で落第したことがきっかけで、ストローズ魔法学校から追放され、他の学校で学びなおしたという前例がある。ここまでしてしまえばもはや教師としての領分をはみ出してしまうが、ジェインはシーラを放っておくことができなかった。しかしジェインの言葉を待たずに、シーラは衝撃的なことを口走る。
「……うぜえんだよ」
シーラのその言葉を聞き、ジェインの言葉も止まった。
「いきなり何を言い出すの……?」
「……私はお前のオモチャじゃねえんだよ!」
シーラの言葉にジェインは鼻白む。シーラは興奮状態のそのままに、もはや自分でも制御不可能になった口を動かし続ける。
「お前が私の面倒を見てる理由はわかってんだよ……! あのクソババアに勝てなかった留飲を、私を見て下げてるんだろ? そりゃあ気分いいよなあ! 自分が子供の時に勝てなかった奴の娘が、自分に依存しないと生きていけないなんて! お前がそもそも落ちこぼれの世話ばっか見てんのはそういうことだろ!!!」
パン!と甲高い音が響き渡る。ジェインは完全に無意識にシーラの頬を叩いていた。自分がシーラに手を上げたとわかったのは、手の痛みを脳が感知してからだった。シーラもまた、ジェインが手を上げたことに面食らっていた。そして自分が何を言ったのか、ようやく理解できていた。
「……出てけよ」
シーラはもうジェインと目を合わさず、俯きながら言った。
「さっさと出て行けよ!」
ジェインは何も言わず、そのまま立ち上がると、黙って病室から出ていく。そして誰もいなくなった病室で、シーラは声も出さず、ただ泣いていた。
1週間後、シーラは退院する。しかしその間、母親であるセシリーは一度も見舞いには来なかった――。
× × ×
そしてその後、シーラは叔父であるグレゴリーを頼り、叔父の経営する宿屋に世話になることになった。シーラがエルメンドで培った経営ノウハウを元に、グレゴリーの宿屋の業績が急激に改善され、シーラを追い出すに追い出せなくなった。
シーラはパンギア王国付近に住む曾祖母であるディアナのところにも顔を出し、しばらくはディアナとグレゴリーの手伝いをしながら、独学で魔法の勉強を続けていた。
もう学校を追い出され、魔法使いになる夢が閉ざされたにも関わらず、シーラは辞めることができなかった。なぜなら1日でもその夢を諦めると、必ず悪夢にうなされるからだ。
そしてある日、シーラの下にディアナから報せが届く。
『異世界から来たという二人を、シーラの所に行くように案内した。彼らが元の世界に帰れるよう、できれば方法を一緒に探してやってほしい。……それはきっと、あんたの“目的”の助けにもなるはずだから』
――それは正しかった。異邦人であるユウキとアオイという絶大の戦力を手に入れたシーラは、22の秘宝である世界樹の接ぎ木を手に入れる計画を思いつく。そしてシーラも予想外のところからその計画は拍子よく進み、ついに世界樹の接ぎ木と、そして強大な魔力を手に入れた。
だがシーラは一つ、重大なミスを犯していた。それは利用していたユウキとアオイの二人――ただ力を持っているだけでそれに器が伴っていないと思っていたこの二人が、シーラの計画を壊すことをシーラ自身がわかってしまっていた。
何故ならこの二人は“あの時”逃げ出した自分と違うから。




