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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第26話 背負わされた信頼
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26-4

 シーラは自分が魔法を使えないことは当然よくわかっている。そしてそれを克服するために、町の裏世界に足を踏み入れ、完全に違法な手段を用いてでも魔力を得ようとしてきた。しかしそのどれもが効果がなく、5年次における実技試験が迫ってきていた。


 学校を退学になってしまえば、もうシーラの魔法使いになるという未来はない。母親であるセシリーはシーラを避けており、力添えをすることは全くない。となればシーラが取れる手段は一つ。実質サバイバルである実技試験を、自分の力だけで生き抜くことだった。


 そのために試験3か月前からサバイバルの技術を必死に身体に叩き込んでいった。叔父であるグレゴリーがかつて冒険者であったことから、叔父にせがんでサバイバルのイロハを教えてもらった。


 さらに試験会場である樹海にも事前に赴き、どうすれば生き残れるかを事前調査してきた。試験会場である樹海には川がない。魔法以外の方法で水を手に入れることができたら本末転倒であるから。しかし魔法以外の方法で水や食料を確保してはいけないという決まりも無かったため、シーラはどうすれば生き残れるかを山のような資料に目を通して、わずかな可能性を探していった――。


× × ×


 そして試験から2週間以上経ってもシーラはまだ生きていた。地質調査の書類から、地下水脈がある場所を特定し、そこから水を汲み上げ、食料は木の実や根っこ。そしてウサギやヘビといった野生動物を捕らえることで賄っていた。


 シーラはハンモックで寝かせているヘレンに、焼いたヘビの肉を渡す。


「ほら、水がギリギリだったってことは食料もギリギリだったんでしょう。食っとけ」


 シーラから渡されたヘビの肉を見て、ヘレンは青ざめた。


「な……そ……そんなもの食べられるわけないでしょう!? ……って……ッ!?」


 拒否するヘレンを他所に、シーラは器にシチューを盛って食べていた。しかしそのシチューha

赤黒く、さらに臭いがとんでもないものになっていた。


「それでも食いやすいように素焼きのものにしてやってんだから、それが食えなかったら食えるもんないけど」


 ヘレンはシーラが何を食べているのかわかった。ヘレンはヘビの血をスープにし、そこに樹海で拾った香草を入れていたのだった。シーラが叔父から学んだ栄養レシピであり、シーラの得意料理だった――後にユウキたちもこのスープに苦しめられることになるが。


「あなた……ロマンディ家の息女でなくて!? そんな食べ物とすら言えないものをよく……!」


「……家にはもう3年帰ってない。あのクソババアとも2年以上会話してないし。学費だって自分で払ってる。だから私をロマンディって呼ぶんじゃねえよ」


 シーラの反論にヘレンは黙ってしまった。シーラとセシリーの不仲は学校内でも有名だった。セシリーは学校内でも随一の教師として皆に慕われ、シーラという爆弾を抱えているにも関わらず、それは変わらなかった。


 むしろセシリーは不良品を押し付けられた被害者としての見方が強く、セシリーの期待に応えられないシーラが悪いという風潮であった。それは模範的な魔法学校の生徒であるヘレンも同様の感想であり――なぜシーラが自分を助けたのか、いまだに理解ができていなかった。


「……ッ! とにかく! こんなケダモノの肉なんていりませんわ! 食事はなんとかしますから結構!」


 ヘレンは腹を鳴らしながら、気丈にふるまった。イクシール家の娘として無様な振る舞いだけは決して見せられない。それがヘレンの背負わされた信頼に対する意地だった。優等生である兄のように自分も――。


 シーラも食事を終え、片づけを行っていく。ヘレンが食べなかったヘビ肉はシチューの中に入れ、鍋に虫よけの布をかぶせた。


「私ももう寝るから。明日、試験管に合図を送るからそれで帰って行けよな。そのケガじゃもう続行はできないだろうし」


「……いやです」


「いやってお前なぁ……そのケガでどうするつもりなんだよ。私は助けてやりはしたけど、お前の自殺行為に付き合う気は一切ないぞ」


 シーラの正論にヘレンは歯噛みした。そう、続行不可能なのは自分でもよくわかっている。しかしヘレンにはその選択肢だけは受け入れることはできなかった。


「私は……っ! イクシール家の娘です! あなたがロマンディの娘で無いなら……あなたに私の気持なんかわかるわけないでしょう! 放っておいてください! 必ずなんとかしますから!」


「……はいはい。ちなみに私は明日にはここを離れて課題をこなしに行くからな。なんとかするなら考えとけよ」


 シーラは手を振って焚火の下へ戻っていく。どうやら今夜は焚火を消さずに、その周辺で眠るようであった。ヘレンも眠りにつくために焚火に背を向けた。


× × ×


 しかしヘレンは眠ることができなかった。完全に癒されない喉の渇き、耐え難い空腹、そして身体中の怪我の痛み。なによりもこれで試験が失敗に終わったことが、ヘレンの心を占めていた。


「うっ……うっ……!」


 ヘレンはシーラに聞こえないように、声を押し殺して泣いていた。試験に落ちた。しかも落ちた原因は避けがたい事故などではなく、単なる自分の不注意で。もう家族に合わせる顔がない。兄は自分を庇ってくれるかもしれないが、父は厳しく自分を叱責するだろう。もしかしたら退学させられ、どこかに嫁に出されるかもしれない。


「お兄様……」


 ヘレンは兄であるブレットとおそろいのネックレスを握りながら言う。イクシール家の重圧に押しつぶされそうな中で、兄だけが自分の味方だった。


 泣いているヘレンを見て、シーラは深くため息をついた。そして立ち上がりると、自分のバックの中からあるものを探す。そしてヘレンのところまで行き、その取り出したものをヘレンの枕元に投げ出した。


「……ほらよ」


 ヘレンが振り向いてそれを見ると、1食分のパンが置かれていた。ヘレンが目を見開いてシーラを見ると、シーラはヘレンを見ずに食事に集中しながら答えた。


「いざっていう時の非常食。ヘビの肉は食えなくても、それは食えるだろ?」


 ヘレンは目の前のパンに喉を鳴らす。そしてお腹がもう一度鳴った時、ヘレンは我を忘れてパンにむしゃぶりついた。あまりにお腹が空いていたため、喉にパンを詰まらせかけてしまう。顔を青くしたヘレンを見て、シーラはあきれながら水筒を渡した。


「ほらほら慌てすぎだっての……水飲め水」


 ヘレンはシーラから水筒を受け取るとそれを一息で飲み干す。ようやく空腹と渇きが治まったヘレンはシーラに顔を向けようとするが、シーラは目の前からいなくなっていた。慌ててヘレンはシーラを探そうとするが、後ろからシーラが現れる。


「うわっ!?」


「落ち着きなさいよアンタね……。ちょっと荷物取りに行ってただけだって」


 シーラは手に薬瓶を持っていた。そしてヘレンの服に手をかける。


「な……何しているの!? 服を急に……!」


「何って……服着たままでも私は構わんけど、濡らしたくなかったらさっさと脱げって」


「え……?」


 ヘレンはシーラの手に持っていたものに気づき、抵抗をやめて大人しく服を脱ぐ。そしてシーラは薬瓶の蓋をあけると、緑色の液体をヘレンにかけていった。するとヘレンの体中の傷がみるみるうちに治っていき、骨折していた右腕も動くようになった。


「これは……まさか……?」


「……最高級品の回復薬。これ1本で家が建つわね。さすがに2本目はないわよ」


「ど……どうして……?」


 ヘレンはシーラの施しに戸惑うことしかできなかった。最後のまともな非常食、まだあるとはいえ貴重である飲み水、そして一つしかない回復薬――。あまりにも手厚すぎた。それに自分たちはこの試験の直前まで嫌いあっていたはずなのにどうして――。


「……別に」


 シーラはヘレンからの問いに誤魔化して答えなかった。しかしヘレンは納得せずにシーラを問い詰める。


「別にも何もないでしょう!? こんなにしてくれるなんて……! 何か理由がなきゃ……!」


 ヘレンからの執拗な問い詰めに、シーラも堪えきれず、恥ずかしがりながら小声で答えた。


「……私と似てると思ったんだよ」


「……似てる?」


「家の重圧ってやつに耐え切れないのに、耐えようとして無理してんのが私に似ていると思ったんだ。……そしたらいてもたってもいられなくなった」


 ヘレンはそのシーラの回答にショックを受けていた。ヘレンが知っているシーラは、学校には来ず、怪しげな商売に手を染め、同級生がシーラの店で薬に手を出して(無罪だが)、そしてロマンディで呼ばれることを嫌う、無頼のイメージがあった。


 しかし何故か退学はせず、学校にしがみつき、そしてシーラでは死ぬのは間違いないとまで言われていた実技試験まで、現にこうして来ている。ヘレンは今までシーラへの悪感情で考えてこなかったが、なぜシーラはここまでしてこの学校にしがみついているのか。


「あなた……」


 ヘレンは声をかけようとするが、シーラは手を振ってヘレンを遠ざけた。


「……さすがにもう寝る。あんたも明日課題をこなしに行くなら朝は早いんでしょう。もう寝とけ」


 シーラはまた焚火の近くに戻ると、布団にくるまってしまった。ヘレンも回復薬で身体の傷は治ったものの、疲れは限界であり、これ以上は問い詰めることもできずに、瞼が重くなっていく。


 しかしそれでもヘレンは久しぶりに熟睡することができた。多分実技試験――いや、それよりももっと前から熟睡できていなかったかもしれない。心の中に覆われていた不安が、少し解消されたようだった。兄以外の自分の理解者に初めて会えたような気がしたから。


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