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異邦人狩りーーユウキとアオイ  作者: グレファー
第26話 背負わされた信頼
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26-2

 生徒寮の仲間たちが研究棟からの避難者を迎え撃ちに行く流れに、ブレットはついて行かなかった。しかし避難者たちの誘導が終わり、一旦の安全を確保したのちに、大きな騒音が聞こえ、いてもたってもいられずにブレットは生徒寮とジェインゼミの生徒がぶつかり合うであろう場所まで来ていた。しかしそこでの光景はブレットの想像から遥かに離れていた。


「なんだよこれ……!」


 ブレットはそう漏らすしかできなかった。生徒たちが数十人も意識なく倒れており、生徒寮、ジェインゼミの生徒問わず全滅していた。そしてわずかに立っているのが、半裸になっており今まで見たこともないような険しい顔をしているハージュ、それを迎え撃とうとしている黒マントの男。


 そしてジェインとその横にはアオイがおり、そして――。


「シーラが……魔法を使っている?」


 シーラが電撃魔法を放ち、アオイとジェインに攻撃をしかけていた。ジェインがバリアを張り魔法を防ぐが、シーラの魔力に力負けし、バリアが弾かれる。防ぎきれなかった電撃で両腕を火傷しており、ジェインは顔をしかめた。


「アオイ……。さっきの言葉は少し訂正があるわ。やはりシーラには才能がある……! 初めての魔法のはずなのに、一切の魔力の無駄がない……!」


「くそっ……ウェイル!」


 アオイは水魔法を放ち、シーラに攻撃をしかけるが、シーラは埃でも払うかのように軽く手を振るう。


「“ディスピート”。……その魔法は届かないですよ」


 シーラは魔法を打ち消す魔法を放ち、アオイの水魔法を”雲散霧消”させる。魔法の打ち消し自体はアオイも理屈は知ってはいたが、それには膨大な知識と技術が要求されるため、触りの部分すら覚えることはできなかった。その魔法を、魔法1日目のシーラが事も無げに使用していた。


「なるほど……その圧倒的な知識でか……!」


 アオイはシーラのその才能の源泉がどこにあるか理解した。魔法が使えなかった今まですら、魔法学校を退学になるどころか、歴代の生徒と比較してすらトップであり続けたその類まれな頭脳。その知識に追随できる魔力を得て、その才能が花開き始めていた。


「私に勝てるの……!?」


 アオイはユウキほど強敵との戦闘経験を積んできたわけではない。そしてそれがかけがえのない仲間が相手という特殊すぎる状況なんて、経験のしようがなかった。しかしここで退くわけにはいかない。後ろにはユウキがいるのだから。


「全力を尽くす……今だけはもう、相手の怪我については考えるのはやめだ……!」


 シーラとアオイたちの戦いを見て、ブレットは立ち竦んでいた。どちらももう魔法学校の生徒という枠を遥かに超えていた。自分が“どちらに”加勢しようとも、全く気にも留められずにやられるであろうということは目に見えていた。


「君は……」


 ブレットは横から声をかけられドキッとしてその声の方向を見ると、そこにはコニールは手足に包帯を巻いた姿で、木にもたれかかって座っていた。


「コニール……さん……?」


「確か君はブレット君とか言ったな……。……あれ? “ヘレン”?」


 コニールはシーラからブレットを紹介されたときに、ヘレンという同級生がいたことを聞かされていた。そしてそのヘレンを殺したことで、シーラが学校から追放されたと。


 だが先ほどジェインはシーラが接ぎ木を手にした理由はヘレンにあると言い、図星であったのかシーラはその名前を聞いた途端に怒りを露わにしていた。


 そしてそれはコニールの言葉を聞いたブレットも同様だった。


「ヘレン……なぜあなたがヘレンの事を知っているんです!」


 我を忘れてコニールに詰め寄るブレットに、コニールは落ち着かせるように尋ねる。


「ま……待て待て! 私も詳しくは知らないんだ。ただシーラが言っていたんだ。ヘレンという同級生を殺したと……」


「あいつ……!」


 ブレッドはたまらずにシーラを見る。しかしコニールはその表情を見て疑問が浮かんだ。ブレットの表情は何故かシーラを心配しているものだったからだ。


「……君はほかの生徒たちと違って、シーラへの憎しみを感じない。ヘレン……君の妹が亡くなっているにも関わらず。いったい何があったんだ?」


 コニールの問いかけにブレットは少し逡巡する。しかし決死の形相でアオイたちと戦うシーラを見て、その重い口を開いた。


「……わかりました。半年前、あいつと……妹のヘレンに何があったか、お話しします。……そしてできればお願いがあります。……あいつを、シーラを助けてやってください……!」


× × ×


 ――半年前。この時期のストローズ魔法学校は、ピリピリとした空気に包まれる。各学年の進級試験が迫っており、成績不良者は容赦なく退学になるということもあり、どの生徒も試験対策で必死になるからだ。


 1日の授業が終わると、生徒たちは自習のために生徒寮のラウンジに集まる。この日も多くの生徒が試験の対策を話し合っていた。そんな中、派手派手しい金髪の少女を中心としたグループが空いている席を探していた。しかし席が空いていないとわかると、大人しそうな生徒が座っている席の前に行き、嫌みったらしく声をかける。


「あら~……ちょっと失礼」


 金髪の少女は先に座っていた生徒たちが広げていた書類を、手で払って取っ払ってしまう。そして勝手に席に座ると、元々座っていた生徒たちに向かって高飛車に言った。


「他に空いている席が無いから使わせて頂戴。あなたたちはもう長く使ったから充分でしょう?」


「え……そ……そんな……!」


 大人しそうな少年の生徒は反論しようとするが、その金髪の少女に付き従っているその他の生徒たちを見て尻ごんでしまう。その少年はジェインゼミに所属しており――ようは落ちこぼれであり、彼らに対して天地がひっくり返っても勝つ見込みはない。ただ大人しく従って離れるしかなかった。


「まったく……どうせ落第が決まっているのに、私たちの邪魔をなぜするのかしら」


 その金髪の少女の名前はヘレン・イクシール。――ブレットの妹だった。イクシール家は代々傑物の魔法使いを輩出しており、兄ブレットと共にヘレンも当代一の天才としてもてはやされていた。そして彼女の行いを咎める者も周りにはいない。完全実力主義であるストローズ魔法学校の歪さがここで現れていた。


 ヘレンのグループは6人ほどおり、今どかした生徒が座っていた席は4人分の席だった。隣に2人用の席があり、そこにも栗毛の少女が一人座っていた。見たところろくな魔力も纏わせておらず、先ほどのグループと同じく落第寸前の落ちこぼれであると推測できた。ヘレングループの男子生徒が一人、その栗毛の少女に声をかける。


「なああんた、ここの席俺たちが使いたいからどいてくんない? 別に一人で勉強すんなら寮の部屋でもできんだろ?」


「……あ? 何言ってんだ?」


 栗毛の少女はとても不機嫌そうに答えた。机には多くの資料が山積みになっており、5年生であるヘレン達にすら全く解読すらできないような難解な資料だった。――だがその資料の難解さに気づいたのはヘレンだけであり、それ以外の取り巻きたちにはその難解さすら理解できなかった。栗毛の少女に突っかかっていた男子生徒は、声を荒げて少女に言う。


「だからよ! 俺たちがそこ使いたいからどけって言ってんだよ!」


「あ~……はぁ……私が使ってるの見えねえのか? 目が付いているというか、目が捉えてる現実を理解する脳みそがねえのか? そのパツ金バカ女でシコってんのか知らねえけど、シコりすぎて知性が抜け落ちてんのか?」


 栗毛の少女が放ったあまりにも低俗すぎ、悪意が込められすぎている罵倒に、ヘレングループの取り巻きが全員立ち上がってその少女に敵意を向けた。しかしその少女は全く気にせず、唾を男子生徒に吐きかけた。


「バカが移っからさっさと離れろボケナス。私は今一分一秒でも惜しいんだよ!」


「て……てめ……!」


 その男子生徒が少女に掴みかかる――が次の瞬間。


「ぎゃっ!!!???」


 男子生徒の全身に電流が走り、痙攣しながら倒れた。周囲で悲鳴が上がるが、その少女は何も気にせずに勉強に戻る。


「はぁ……さっさと勉強に戻んなきゃ……。あ、そこのゴミの整理くらいお前らでやれよな」


 棒が背に突っ込まれたようにヘレングループの面々は棒立ちになっていた。そして少し経ってようやく男子生徒を介抱しなければならないことに気づくと、ヘレンの取り巻きが何人か力を合わせて男子生徒を運んでいく。それを見て栗毛の少女は、ヘレングループに追い出された生徒たちが近くで様子を見ていたことを確認し、手招きしてその席に案内した。しかしその生徒たちも怯えてしまい、ラウンジから離れていった。


「……情けも過ぎれば仇となる、かしらね……ん?」


 その少女は取り巻きが去ってもなお、ヘレンがおり自分を見ていることに気づいた。


「なんだよタカビーバカ。まだ何か私に用があんの?」


 ヘレンはその少女を睨みつけながら言った。


「さっきあなたがしたのは……襟に雷鳴石を仕込んでいたの? わざと掴ませて電撃を食らわせた……?」


「……正解。バカは撤回してあげる」


 その少女は襟をめくってヘレンに見せる。そこには黄色の宝石が襟の後ろに仕込まれていた。


「護身用で持ち歩いているんだけど、隣でバカ騒ぎし始めたときに、襟に事前に仕込んでおいた。そしてわかりやすい挑発をしかければ襟を掴むだろうと。襟以外にも仕込んではいるけど」


 その少女は靴でつま先をトントンと叩く。すると地面に電流が走ったのか、ビリっという音がヘレンの耳にも捉えられた。少女は手で振り払う仕草をする。


「さっきも言った通り私は忙しいの。疑問の答えがわかったら、さっさと離れてくんない邪魔だから」


「……雷鳴石はそう簡単には手に入りはしません。威力が一定以上のものは管理するのに免許が必要だし、何よりも……高価ですわ。……それはどういうルートで手に入れたのかしら、“シーラ・ロマンディ”」


 名前を呼ばれた栗毛の少女――シーラは、静かに怒りを込めながらヘレンを睨み返した。


「……その名前で私を呼ぶんじゃねえよ」

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