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ユウキが思い出すことはないが、実はユウキはエンドウの事を知っていた。エンドウは日本では遠藤巧といい、父親は遠藤孝雄、元プロ野球選手だった。父である孝雄が年をとってからの子供であり、エンドウが物心ついたときにはすでに父親は現役を引退していた。
エンドウも幼いころから父の跡を継ぐように英才教育を受けていた。ユウキがエンドウを見たことあるのは、そのころにエンドウがテレビからの取材を受けたことがあるからだった。
しかし、エンドウのこれまでの人生は“悲惨”の一言で形容できるものだった。父親である孝雄は悪い意味での体育会系の人間であり、才能なんて言葉はない努力すれば不可能はない、というのが持論だった。エンドウは父の期待に応えられるように必死に努力を続けた。――しかしエンドウには決定的に“才能”がなかった。
小学校中学校と努力を続け、勉強もせず過労死寸前まで練習を続けてきたが、結局父が求めるほどの実力は身につかず、そのうち父親はエンドウから興味を失っていった。そして高校で大けがを負ってエンドウが再起不能になったときに両親は離婚。父は家族を捨て、別の家族と再婚をした。それはエンドウより野球の才能がある同級生の家庭だった――。
× × ×
エンドウの左手にはグローブではなくスマホが握られていた。そしてスマホから白い球が飛び出すと、エンドウはそれを握る。
「さっきの球でお前がどれだけの球を落とせるのか見たからな。……これならどうだ!」
エンドウは綺麗な投球フォームをとると、ユウキに向かって投げつける。ユウキはステータスの影響で動体視力も上がっているためか、エンドウの球をしっかり見切ることができていた。
「そんな球、かるくセンター前に……!」
ユウキが鎌でたたき切ろうとした瞬間、ボールが鎌を避けるように軌道を変える。しかもただ曲がるのではなく、鎌だけを避けて勢いを失わずにユウキに向かってきた。
「な!?」
ユウキはギリギリで球を避ける。本当にギリギリであったためか、体勢を崩して膝をつき動きを止めてしまった。
「な……なんだ今の!?」
ホップする球はバットを避けるように変化すると聞いたことがあるが、今の変化球はそんな次元の話ではなかった。空気抵抗を受けて曲がっていくとかではなく、まるでラジコンで操作されたかのような軌道。――ラジコン?
「しまっ……!」
ユウキは咄嗟に腕を後頭部に回す。そしてそれと同時に両腕に強い衝撃と激痛が走った。
「ぐあああっ!?」
後ろからの衝撃にユウキはこらえきれずに倒れこむ。攻撃を防いだユウキにエンドウは追撃をかけるでもなく、冷や汗を流していた。
「嘘だろう? ……俺の“投球操作”を初見で防ぐなんて……!」
ユウキは痺れた両腕を振って痛みをごまかしながら立ち上がった。
「そりゃあ意味ありげにスマホ持ってから投げてるし、第五世代が2つ能力を持っているのは事前に聞いてたからな……! しっかし痛い……! 骨折はしてないとは思うけど、結構モロにもらったのか……!」
ユウキが今までダメージをもらった経験から、骨折などの障害が残るほどのダメージでなければ痛みは後に引かないことは知っていた。しかしそれでもエンドウの投げた球によって痛みが残っているということは、それだけ威力があったということ。ベイツと戦った時もそうだったが、第五世代のステータスはやはりユウキに肉薄するものがあるということだった。
「しかしよお……マウンドに電子機器は持ち込み禁止なんじゃあないか?」
ユウキはエンドウに皮肉を言うが、エンドウはそのユウキの皮肉の内容に引っ掛かる部分があった。
「……随分詳しいな。もしかしてお前も野球経験者なのか?」
エンドウの質問に、ユウキは不貞腐れながら答えた。
「……ああ。小学生のときだけな。中学高校は帰宅部だからもう数年やってねえけど」
ユウキは本当は続けたかったが、家庭環境の影響で続けることが困難であったために不貞腐れた返事をした。しかしエンドウにとってはそれはまた違う印象を抱かせた。
「そうか……帰宅部か……。“それでその強さか”」
「……はい?」
ユウキはなぜエンドウがそこを取り上げたのか理解ができなかった。エンドウの背景を全く知らないユウキなら当然であった。しかしエンドウもユウキの背景を全く知らないからこそ、ユウキのそのたった一言の過去に怒りを燃やしていた。
「全く努力をしてないくせに……そんなに……!」
「は? ちょ……ちょっと待てお前何言って……!」
「ふざけるな!!!」
エンドウはスマホから球を出すと、それをユウキに投げつけた。ユウキは先ほどの反省から受け止めることは最初から諦め、逆にエンドウに対して距離を詰めた。
「受けようとすれば結局死角からやられる……なら先に近づけばぁ!」
「そうはさせるか!」
そこで立ち上がったのがケンイチだった。ケンイチはユウキの前に立ちふさがると、ナイフでユウキの鎌を受け止める。すぐ後ろにボールが迫ってきているユウキは必死になりながらケンイチに叫んだ。
「邪魔なんだよお前! はやくそこどけって!」
ユウキはケンイチを払いのけようとするが、ケンイチもそう簡単にやられるほどヤワではない。そしてそうこうしているうちにエンドウの球が戻ってきてユウキに向かってくる。
「あー! もう!」
ユウキはエンドウに詰めることを諦め、その場から跳躍して後退した。そしてユウキがいた場所に白球が戻ってくるが、勢いを失うことなくまた軌道をユウキに向けて変えてくる。いつまでも勢いを失わない白球を見て、ユウキは舌打ちをした。
「ちっ! その異常な飛距離も能力のうちってことか! こいつは結構厄介だぞ……!」
避けることはできても止めることができず、防ぐのも困難で抜群の精度で追尾してくる飛び道具。しかも威力はユウキですら無傷でいられないほどの強さ。幸いなことに2球3球と投げてこないのは恐らくそれが能力の条件なのだろう。あくまでインプレーのボールは1つだけだと。しかしその1球は果てしなく厄介であった。
「今は避けれてもじきに当たる。怪盗団も球の援護を受けて俺に襲ってくる。それにあのエンドウってやつもじっとしてないでいずれ俺に向かってくる……!」
ユウキは球に狙いを定めてまず止めることにした。仮にあれを止めてもエンドウの体力の消費は全くなく、2球目を投げるだけであることはわかっているが、それでも止めざるを得なかった。あれを放置してしまっては、勝ち目がないのだから。
「もうお前の弱点はわかっている! それは……!」
ユウキは数歩後ろに下がってケンイチから距離をとる。――丸腰になっても襲われない距離を。
「1球しか投げられないってことだ!!!」
ユウキは振りかぶって大鎌をエンドウに向かってぶん投げる。まさか手持ちの武器を投げてくるとは思わなかったエンドウとケンイチは反応が遅れる。エンドウの球もまだ周回軌道をとっており、ユウキの方へ向かってくるのに時間がかかる。ユウキはそのことも勘案に入れていた。あの球はあくまで軌道が変化するだけで、慣性を完全に無視した挙動まではできないことを。
「くっ!」
エンドウは第五世代の異邦人のステータスをもって投げられた大鎌を避けるが、避けた瞬間に大鎌が姿を消す。いきなり姿を消した大鎌に驚き、ユウキの方を見るとユウキがケンイチを飛び越えて、エンドウに大鎌を振り下ろそうとしていた。
「癇癪起こして飛び出さなきゃ良かったなあ! もう少しいたら俺の紋章魔法について、詳しい話が聞けたろうによお!」
「く……くそおおおお!!!」
× × ×
トリーとジェインは目の前で繰り広げられている異邦人たちの戦いを見て息を飲んでいた。ここでトリーはようやく自分が手を出してはいけないものに手を出したことに気づく。
「なんなんですかこの人たち……! この人たちがこの接ぎ木を狙って一体どうするつもりなんです……!」
世界樹の接ぎ木があれば、もう誰にも負けない力が出に入ると思った。そしてそれは現実のものとなったはずだった。しかし目の前に広がる現実は、一人の少年に仲間が全員打倒されるという結果だけ。つい数時間前まで落第寸前だった女の子が受け止めるには、あまりに辛い現実だった。怯えるトリーにジェインは優しく声をかける。
「……もう、終わりにしましょう。これは単なる一夜の夢だった。ここで意固地になっても……」
ジェインはトリーを説得して世界樹の接ぎ木を手放してもらうつもりだった。そしてあの少年が言ったように渡せば何とかなると信じていた。しかしそのどれもを裏切った展開がジェインの前起こった。
「じゃ、それ私が貰っとくわ」
「え……? シーラ?」
シーラが突然トリーとジェインの間を遮るように現れていた。ここまで近づいてくる気配も、足音も、空から飛んできたということもなく、まるで“瞬間移動”したかのように。そしてシーラは手に瓶を持っており、トリーと目を合わせると嗜虐的な笑みを浮かべて言った。
「あんたがコニールに憧れていたのは、魔法の才能が無い自分と、平民出身かつ孤児の境遇で何もなかったコニールを重ねてからかな。多分あいつのファンクラブの奴らはだいたい同じような思いでコニールに憧れてたのかもね。……でもそれは全然違う」
シーラはトリーの顔に瓶の薬品を振りかける。あまりの突然のことにトリーは何も反応できずにその薬品を無防備にくらってしまう。
「あいつは天才よ。……私たちとは違う。ただ能力のない私たちと違って、才能に恵まれ切っているの。……そんなあいつにあんたの気持ちなんか永遠に理解されない」
薬品を吸い込んでしまったトリーはそのまますぐに気絶してしまう。このタイミングでコニールの話題を出したのは適当ではない。トリーならコニールの事で話せば必ずフリーズを起こすという確信を持っていた。コニールのファンであることは事前に知っており、その隙をついて薬品で眠らせるというところまで、完全に作戦だった。
「やった……!」
コニールは見事に隙をついたシーラを見て、拳を握りしめた。完全に作戦通り。ユウキが周囲の生徒およびエンドウを倒して鎮圧し、ユウキが大暴れしているところから隙をついてトリーからシーラが接ぎ木を奪う。事前に決めていた作戦が見事にはまった。
コニールはユウキの方を見た。ユウキはエンドウを倒したようだが、エンドウが消えるところまではダメージを与えていないようだった。エンドウの両腕を使えないように大鎌でダメージを与えていたがそこまでであった。ケンイチも結局ユウキに倒されたのか、エンドウの横で倒れている。
そしてあとはシーラが接ぎ木を持っていき、エンドウに押し付けて帰還の条件を満たせばこの現象は終わる。そうすればすべて――。
「…………あれ?」
コニールは何か違和感が頭をよぎった。“計画通り”? そうだここまで全部計画通りだ。それは問題ない――本当に? そもそもこの計画は誰が立てた? ――シーラだ。なぜならシーラがパーティの参謀役であり、一番頼りになる――シーラ。
コニールの背中に冷たい汗がどっと噴き出す。そうだこの計画はシーラの立案だ。シーラは頼りになる仲間だが――何か見逃していることはなかったか?
シーラは接ぎ木をトリーの手から奪うと、エンドウのところまで歩いていく。ユウキも作戦が上手くいったことに気づいたのか、近づいてくるシーラにサムズアップをした。
「ようやく……終わりか……」
ユウキは疲れ切って肩を落とした。もう何連戦したのか数えるのも億劫になるくらい、この夜は濃密だった。いくらステータスがあるとはいえ、精神的にもう限界だった。
「終わらして早く帰ろう。バノン家で治療をしてもらう約束もつけてあるから、コニールさんも連れて行かないと……」
「……そうですね」
シーラの返答はそっけなかった。そのあまりのそっけなさにユウキは少し疑問に感じたが、その程度だった。ユウキは何とか立ち上がると、コニールの方へ向かって歩き出す。
「そこのケンイチってやつも、動けないようにはしてあるけど、消えないくらいには加減してあるから……。ようやくその辺の加減の仕方がわかってきたよ。これでやっと異邦人に尋問が……」
ユウキは身動きが取れないコニールを担ぐために向かっていたが、コニールの表情が戦の終わりを祝うものではなく、固まった表情になっているのを見て嫌な予感がよぎる。そしてやっとユウキも、先ほど感じた疑問が間違いでなかったことに気づく。
「シーラ……?」
ユウキが振り向くと、光がシーラの足元から立ち上っていた。それは魔法の光ではないが、ユウキがよく見慣れたもの。なぜならそれを見るのは今日で“3回目”だったからだ。
「なに……やってんだ?」
シーラの足元から立ち上る光の正体。それはエンドウが消えていく光だった。エンドウは驚愕の表情を浮かべ、目を見開いてシーラを見ていた。
「お……お前……! まさか……!」
「ええ、そのまさかよ」
ユウキとコニールはそのシーラの声を聴いて、ゾッとした。今まで聞いたことがない、あまりに冷たすぎるほどの声だったからだ。
「世界樹の接ぎ木は私が貰う。お前が消えればもうこの学校から持ち去れる人間はいないだろう? ……そう、全部は“計画通り”なんだよ」
エンドウが消えると、そこには氷塊が1本そそり立っていた。――エンドウの胸を貫いた“氷結魔法”によるものだった。シーラは世界樹の接ぎ木を今度はユウキたちに向ける。
「さて……あとはお前たちだ。お前たちさえ倒せば……接ぎ木は私のものだ!」
「嘘だろ……シーラ!!!」
ユウキは絶叫してシーラに叫んだ。これがシーラの計画だった。異邦人たちをぶつけ合わせ、世界樹の接ぎ木を手に入れる。トリーが世界樹の接ぎ木を手に入れる前から、この魔法学校に来る前から、ユウキたちと出会う前から、立てていた計画だった――。




