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周囲に人の手による建造物が全く見当たらない草原のど真ん中に、黒髪の少年が寝転がって――いや、倒れていた。周りの草木には足跡が全くなく、その少年がどうやってここまで来たのか、疑問を抱かせる状況になっていた。
風が吹き、少年はその風の心地よさを感じ、目を覚ます。
「…………あれ? 確か俺は病院に……」
少年は顔を起こし自分の身体を確認する。高校の制服姿のままで、最後に記憶していた、病院に来ていた時の服そのままだった。
「えーと……俺の名前は結城葵。17歳の高校生で母さんの見舞いで病院に来ていて……」
自分の置かれた状況が分からず、少年は記憶を確かめるように自分に言い聞かせる。そして自分の言葉を反芻して、記憶に間違いはないと確信する。
「と……とりあえず立ち上がろう」
少年は立ち上がろうと左腕を伸ばし、地面に手をつこうとする。しかし手を伸ばした先で、なぜか“暖かく柔らかいもの”に手が触れた。寝転がっている自分の背に“冷たい土”の感触を感じており、それと同じものに触れるはずなのに。
「やわらかい……?」
少年は確かめるように左手の先の何かを揉む。そして少し考えて一気に血の気が引いた。
「待ったこの感触……!?」
× × ×
周囲に人の手による建造物が全く見当たらない草原のど真ん中で、俺は目を覚ました。どうやら地面に寝転がって――いや、倒れていた。顔を横に向けると草木が生い茂っているが、なぜか周囲に足跡のようなものがない。何で俺がここにいるのか疑問を抱かせる状況になっていた。
風が吹き、頬に心地よさを感じ、意識がはっきりしてくる。
「…………あれ? 確か俺は病院に……」
俺は立ち上がろうと左腕を伸ばし、“土の感触”を確かめる。――それと同時に妙に全身がチクチクすることに気づく。そして背に感じる土の感触からその理由が理解できた。
「……待った、俺の服は?」
全身の妙な感触の原因は“裸”だったからだと気づき、自分の身体に目を向けようとする。すると人の手のようなもの”右隣”の茂みから姿を現し、自分の胸に触れた。
「キャッ!?」
――“キャッ?”。自分で出した声が自分で理解できなかった。というよりもさっきから自分の声に妙な違和感を感じている。何で“ちょっと高い声”になってるんだ? それより何故か触られている胸の部分が“妙に柔らかい”気が――。
急に自分自身が怖くなって、心の中で自分の記憶を整理する。俺の名前は結城葵。17歳の高校生で母さんの見舞いで病院に来ていて――。
そこまで考えていたところで、俺の胸を触っていた手は、感触を確かめるように揉みしだき始め、俺はその不快感に身体を無理やりに起こした。
「なにやって…………は!!!???」
俺はその腕の主の顔を見て愕然としていた。――俺はその“触っていたもの”を見て愕然としていた。
「待ったお前……!」
「待ったお前……!」
その“男女二人”は互いの顔を見て、互いに理解の範疇を超えた光景に目を見開いていた。
「「なんなんだお前はぁぁぁーーー!!!」」
× × ×
エルミナ・ルナ―この世界に住んでいるものは自分たちの世界をこう呼ぶ。大きく分けて東西南北の4大陸が存在し、その中で東大陸を治めるパンギア王国は今、”異邦人”と名乗る謎の集団による危機にさらされていた。
彼等は犯罪行為に対し躊躇がなく、この世界のものとは全く違う謎の魔法――異能力を駆使する。東大陸中のあらゆる町や村が被害を受けており、パンギア王国も各地域への警備を強化はしていた。
だが彼等は見た目ではこの世界の住人と区別がつかず、とりたてて特別な武装もしているわけではないため、警戒を強化しようにも気づけば中に入られているのだ。
そして何より兵士が束になっても敵わないほどを強さをもっており、迎撃にあたった兵士たちの被害報告だけが王城に積み重なっていっていた。
「……というわけだ騎士コニールよ。お前にはこの“異邦人”達の調査を命ずる」
パンギア王城・王の間。パンギア王の前に膝をつき、頭を下げ手を胸に当ててコニールと呼ばれた女性は答える。
「は! かしこまりました陛下!」
コニールは一礼し、王の間から出る。そのまま他に目をくれず、廊下を歩いていく。そして城内にある自分の事務室につくと、髪をまとめていた飾りを外し、深くため息をつき自分の椅子に座る。
「で、異邦人を探すのはいいけどその方法も全部自分で考えろ、か。まあ体のいい閑職送りってやつよね。」
コニールは椅子の後ろにある窓を覗く。長い金色の髪が揺れ、陽の光を反射してきらめく。若干22歳で騎士団の中隊長の座を勝ち取った若きエリート。いや、"勝ち取れてしまった”、か。
「後ろ盾もない新進気鋭なんていつかこうなると思ったけど……どうしろって言うのか」
コニールは一人ごちる。
「あ……あの……その……」
部屋の隅で待機していた侍女のメアリーが気まずそうに声をかける。その手にはコニールの着替えが用意されており、コニールは申し訳なさそうに着替えを受け取った。
「ああ、すまないなメアリー。着替えは一人で済ませるからもう行っていいぞ」
メアリーはかしこまって礼をする。まだ若いのに堂々とした態度、引き締まった均整の取れた体、そして女の自分が直視するのも恥ずかしい美貌。メアリーはどうもコニールの前に出ると妙に緊張してしまっていた。
コニールもそれがわからないでもなかった。ただおかげでこちらからも誰かに物事頼みづらい――そういう悪循環を生み出しているのは、コニールの悩みの種だった。
「ところでメアリー」
「は……はい!」
必要以上にかしこまって返事をするメアリーにコニールは苦笑する。
「王からの命令で巷を騒がす例の”異邦人”とかいう奴ら、その調査に出ることになった。とりあえずまずは1週間はここを空けるだろうから、各小隊長に連絡を入れておいてもらえないか?」
メアリーは驚きながら答える。
「一人でお出になられるのですか!?」
コニールは顔に手を当て、困った顔を浮かべ答える。
「手がかり何一つ掴めてないのに、全員出すわけにもいかないだろう?」
「でしたら他の者に……」
「私が王より承った任務だ。それまではあまり情報を他に出したくない……というのは建前で本当は頼れる誰かがいない、それに尽きるんだがな……」
メアリーは答えようがなくオドオドと返事に詰まる。コニールはメアリーの肩に手を置く。
「そんな危険なことするわけでもないし、別に大丈夫だ。」
そして小さく笑いながら言う。
「この王都にノコノコ来てくれていれば、とてもラクなんだがな」
コニールは窓に肘を当てながら窓を見る。眼下にはパンギア城下町が広がっており、人々の往来が活発に動いていた。そしてその中で、黒いマントを羽織った少年がもの珍しげに周囲を眺めていた――。




