役立たずの返上(後)
16歳になる年、メイは初めて王都に足を踏み入れた。
両親ははじめ、反対した。それでも必死に説得した。
「自分にしかできないことがしたいの」
「自分のような人の役に立ちたいの」
(皆の役に立てないなら、せめて自分にできる何かをしたい)
最終的に両親も、村の皆も応援して送り出してくれた。1番に応援してくれるかと思っていたルッツだけが、最後まで反対していた。それでもメイは譲らなかった。ルッツの言うことを聞かずに自分の意見を通したのは初めてだったと後で気づいた。
(役立たずの私を、こんなに心配してくれるなんて。ルッツにこれ以上迷惑かけて嫌われたくない。やっぱり私は王都へ行って、学園に通って、何か少しでも役に立てるようになりたい)
そんな風に思った。きっと、ルッツはメイの初恋だった。
ユウナを追い払ったルッツが優しい笑顔で言葉をかける。
「……メイ、やっと戻ってきたのか?わかったろ?お前は俺が居なきゃ何もできないんだから。王都に行ったって1人で何ができるんだよ。今だってまたユウナに言われっぱなしでさ――」
前と同じようにメイを罵るユウナと、そんなユウナから変わらずメイを庇ってくれたルッツ。そんな中で、メイの心だけが変わった。
「――生活魔法も使えない、足手まといのお前はこの村にずっといればいいんだ」
今までのメイなら、ルッツの優しさに喜び、感謝し、やっぱりルッツは自分を助けてくれるヒーローなのだと感激すらしたかもしれない。
今、メイの後ろにはじっと見守る様に黙ったままのエリアナとサマンサがいる。
(……――恥ずかしい)
メイは、ただそう思った。
(エリアナ様やサマンサ様の前で、私を足手まといだとか、役立たずって言わないで……!)
メイははっとした。
その瞬間、頭の中のモヤが晴れたような気がした。
(王都へ行って、学園に通うようになって、私を役立たずだって言う人なんて、1人もいなかった)
それどころか、誰もがちゃんとメイを仲間だと認めてくれた。
身分だって誰よりも低いのに、対等であると。
(エリアナ様も、サマンサ様も、こんな私を友達だって……大切だって言ってくれる。あの魔法の天才って言われるカイゼル様だって、私のこと、無敵だって言ってくれた!それに……それに)
メイは一瞬の間にたくさんのことを思い巡らせていた。それはメイが本当の意味で自分の力を認めるために必要な作業だった。大切な人達、その人達にもらった嬉しい言葉。エリアナとサマンサは今やメイにとってかけがえのない存在だ。正直に言うと、あれだけ大きな存在だったルッツのことは、学園で忙しくするうちに思い出さなくなっていた。
その中で、エリアナ達と同じくらい、一際大きな存在が自分の中を陣取っていることに気付いた。
(それに……)
――1人の魔法使いとして私は幸運です
嬉しそうに細められた空色の目に見つめられた時、ドキドキしたのを覚えている。
(それに、オリヴァー先生は私と出会えたことを「幸運」だって言ってくれた)
「そもそも、俺がずっと守ってやるって言ってるのに、一人で王都なんか行っちゃってさ。俺は――」
「――ルッツ」
メイはもう、湧き上がる喜びと共に笑みが零れるのを抑えることはできなかった。
(私は、役立たずなんかじゃない)
******
その日の夜、メイは両親に大事な話があると言って時間を作ってもらった。
あとはもう寝るだけという状態で、エリアナとサマンサには先に部屋でゆっくりしてもらっている。
「お父さん、お母さん、今日はありがとう。エリアナ様もサマンサ様も喜んでくれてたよ」
「メイが友達だって言って侯爵家と伯爵家のご令嬢を連れてきた時は卒倒するかと思ったけどな!なあ母さん」
「そうね、本当にびっくりした!けど2人とも可愛くてとてもいい子達ね。……あなたが王都の学園に行くと言い出した時はどうしようかと思ったけど、メイが素敵な友達に恵まれてよかった」
「お母さん……ありがとう」
2人はにこにこと笑顔でメイの話を聞いた。王都でのこと、学園でのこと、エリアナやサマンサとの出会い。詳しいことは話せないことも多かったが、久しぶりの両親に自分は幸せに過ごせていると十分に伝わっただろうと思った。だから、メイは切り出した。
「お母さん、お父さん、私学園に通いたいって言った時に言ったよね。私みたいな体質の人でも使えるような魔道具が作りたいって」
2人はじっとメイを見つめる。メイの大事な話を真剣に聞いてくれているのだ。
「だけどね、もっとやりたいことが見つかったの。その夢を叶えたら、卒業した後も村にはなかなか帰って来られなくなっちゃうけど――」
魔法を受け付けない体質でも使える魔道具を作る。そのために錬金術を学ぶ。
それはメイの最初の目標だった。自分は魔法が効かない特異体質なのだと思っていたから。学園を勧めてくれた貴族の男性が例に挙げた将来の展望はとても魅力的に思えた。だからそれがそのままメイの夢になった。それしか選択の想像が出来なかったのもあるだろう。
だけど、メイは学園で色々なことを知った。自分が特異体質だったわけではなく、反魔法の魔法適性者だったこともその一つだ。「やっぱりただ単純に魔法を受け付けない体質っていうのはないのかもしれない」そうも思った。
それを差し引いても反魔法を自分の物にしたメイにはたくさんの可能性があった。魔道具一つとってもそうだ。反魔法を込めた魔法石だけでもものすごい価値だと、やはりオリヴァーがメイに教えてくれた。
ただ、石にしか反魔法を込められなくて落ち込むメイにエリアナが呟いた言葉が心に残っていた。
「これでいいと思うわ。行き過ぎた力は争いを産むこともあるから。あなたの全力はあなただけが使える、今のこの状態がきっと1番いいのよ」
エリアナはいつも、広い目で世界を見ている。メイでは気づかなかった。メイがもっと努力すれば、いつかどんな宝石にも完璧に反魔法を込められたかもしれない。どんな魔法も通さない、それどころかどんな魔法も跳ね返す、何度使っても壊れない完璧な魔法石。
――ただ、それがもしも世界中に広がったら?
数を少なくするにしても、1つでも存在すればきっと奪い合いが起こる。万が一メイが技術を簡略化することにも成功すれば、きっと他の人にも作れるようになる。反魔法の適性者は少ないとはいえゼロではない。権力を持った者が本気で探せば数人は見つかるだろう。そうなればさらに悲惨なことが起こることは目に見えている。
それに気付いたとき、メイの中で最初の夢はあまり魅力的ではなくなった。
それに、選択肢の増えたメイには他に希望が出来ていた。
(できることなら……今みたいに、ずっとエリアナ様の側でお役に立ちたい)
それはエリアナやサマンサの友人としてではなく、1人の人間としての気持ちだった。学園を卒業すれば、必ずこの関係は少なからず変化する。それでいいと思った。その上で、メイは王子妃、ひいては王妃になるエリアナの側に仕え、守りたいと思った。普通の魔法ならば聖女であるエリアナの右に出る者はいないだろう。
(でも、反魔法を自由に扱えるようになれば……きっと私以上にエリアナ様を守れる人はいない)
メイがいつのまにか得ていた自分への自信が選ばせた夢だった。
メイはもう、「何かできることを」探していたメイではない。自分の力で、自分の夢を掴み取れる可能性を知っている。
両親への話を終え、エリアナとサマンサが待つ自室へ戻る。2人は笑顔でメイを迎えてくれた。互いに出会えた幸せを話しながら寄り添いあって3人で眠った。この日の幸せをメイは忘れないだろう。
数年後、メイは両親に語った夢を叶えることになる。普通ならば身分を考えても難しい夢だった。それでもメイは、自分の力で成し遂げた功績で夢を掴み取ったのだ。
――実はそれより少し早く、この時の自分が自覚もしていなかった「もう1つの夢」も叶えることになるなんてことは、メイは全く知らないけれど――……。
番外編第一弾はクルサナ村でのメイのお話でした!
ここでお知らせです。今日からこっそり新連載の更新始めています!
今作とはガラッと雰囲気かえて、ゆるーいラブコメ(になる予定)です!
また読んでいただければ嬉しいです^^
よければ下の方にあるリンクからどうぞ…(*´ω`*)
★URLへの飛ばし方が分からないことを書いていたらご親切にやり方を教えていただき無事飛ばせました!ありがとうございます(/_;)!!




