少し夢を見ただけだった【デイジー視点】
「あなたは少し夢見がちなところがあるから」
お母様にも、仲良くなった友達にも言われたことがある言葉。
明るくて愛嬌があって、物怖じしない。
そんな風に褒められることが多くて、自分でもそう思っていて、もちろん注意されることもあったけれど、特別悪意を向けられることもなく幸せに生きてきた。
だから、夢見がちだということが悪いことだと思ったこともなくて。
きっかけは、王都中で大流行した恋愛小説。
身分の低い男爵令嬢が聖女の力を覚醒し、その国の王子妃にまで上り詰める夢みたいな物語だ。もちろん私も夢中になった。だって私も男爵令嬢。学園で高位貴族の子息の方に声を掛けてもらうことも多くて、私は自分が男の人に好かれるタイプなんだと気付いていた。
だから、「もしかして」って、思ってしまったの。
私は聖女様どころか魔法適性もないけれど、それ以外は物語の主人公によく似てるなって思ってたから。自分で思っていただけじゃないのよ?友達にも言われたことがあったから、余計にそう思っていた。
そして、憧れが強くなった理由がもう1つ。
2歳年上の第一王子、テオドール殿下と、私達と同じ学年で侯爵令嬢のエリアナ様。
お2人はどちらもとても麗しくて、並んでいる姿はそれこそ物語のようで!2人が揃う年に学園に通えることを私たちの学年の下位貴族の令嬢はみんな喜んでいた。
誰もが2人に憧れた。
恋愛小説の主人公への憧れと自己投影、そして身近なエリアナ様への憧れと羨望。
2つが揃うとどうなるか?
夢見る女の子は、文字通り「夢見てしまう」のだ。
――もしかしたら、私だってそんな風になれるかもしれない!
そんな風にね。
例外なく夢を見た私は毎日毎日想像した。
王子様に見初められて、うっかりお妃様になったりして。
小説の主人公や、テオドール殿下とエリアナ様みたいに、周りの女の子に憧れられちゃったりして。
そうしているうちに、あることに気が付いた。
……最近、第二王子のジェイド殿下に突然声を掛ける怖いもの知らずな女の子をよく見かけるってこと。
黒髪に金色の瞳の美丈夫であるテオドール殿下に対して、顔立ちはよく似ているけれど金髪に翡翠色の瞳のジェイド殿下はより優し気で、なんだか甘い雰囲気を漂わせている。
そしてなんと言ってもジェイド殿下にはまだ婚約者がいらっしゃらないのだ。
「もしかしたら」
現実にそんな風に思う女の子は、私以外にもたくさんいたらしい。
夢を見るだけで満足していた私は、ちょっと衝撃を受けた。
確かに、何もしないで王子様に見初められるなんて、さすがにそんなの物語の中だけ。
少しでも可能性に賭けたいなら……自分でも行動する勇気が必要なのだわ。
私は元々前向きで、「誰に対しても物怖じしない」メンタルの強さの持ち主だ。
婚約者のいる王子様に声を掛けるのはさすがにナシだけど、婚約者も恋人もいらっしゃらない王子様に声を掛けるのは……今なら許される?
上手くいくなんて思ってなかった。ただ、もしかしてって思うのを止められなかった。
ダメでも麗しの第二王子殿下と会話したっていう思い出だけでも貰えればって。
少し、夢を見ただけだった。
私は、夢見がちな女の子だったから。
気が付けば、気持ちよくて気持ち悪いぬるま湯のような中にいた。
そこが魔力の中だとそのうちに気付いた。
意識があるようなないような。
自由があるようなないような。
生きているような死んでいるような。
ただ、魔力の中でたくさんの記憶を見ていた。
この魔力そのものの記憶のようだった。
最初はこの魔力を扱った人の思い出と思ったのだけれど、逆だった。
いつだって体が器で、魔力が主人。
寄生するように、相性の良い魔力を呼び水の様に、自分を引き込んで、体を依り代にして、蝕んで、いつだって狙っている。
身体が邪に落ちて、全部自分の物にできる瞬間を。
それまでは、無二の親友のような顔をして、ずっと力を貸してくれるのだ。
そして、色々なことを知った。
作られた聖女の力のこと。
力を使った人たちの人生。
そして……ジェイド第二王子殿下のこと。
私を包み込んでいる魔力に、ジェイド殿下の魔力は絡みつくように溶け込んでいた。
だから魔力の記憶と共に、ジェイド殿下の望みもよく見えた。
それは恐ろしい事実だった。
優しい王子様なんて、ただの夢だった。
止めなくちゃ。
止めなくちゃ。
止めなくちゃ。
思考しているのかしていないのか。
意識があるのかないのか。
現実なのか夢なのか。
分からないけれどただひたすら思った。止めなくちゃ。
そして、きっと、この恐ろしい思惑に一矢報いてやる!
夢を見た私が馬鹿だった。それでも黙って生贄になるつもりはない。
ジェイド殿下は知らないのだ。
力を欲しがる魔力の源に、自分の代わりに私を生贄として捧げれば許されると思っている。そんなはずないのにね。ジェイド殿下はもう逃げられない。
それでも、エリアナ様を手にする望みだけは邪魔してやる。
一時的であっても、そんな身勝手な願いを叶えさせてやるもんか。
時々、瞬く光の様に現実の光景が目に入った。
たまたま一瞬自由になった時、憧れのエリアナ様がいた。
エリアナ様は、ジェイド殿下を、まるでいつかのテオドール殿下みたいに……。
ダメ。絶対ダメ。こんなのジェイド殿下の思う壺だ。
焦っていると、ふといい香りがした。
エリアナ様……エリアナ様から、聖女様の匂いがする。
それも、全て魔力が教えた知識だった。
この魔力とジェイド殿下が、私を利用しようとするのなら……。
逆に私が利用して出し抜いてやる!
燃えるような決意で、自由のない意識に自分の拙い魔力を送り続けた。
具体的に現実に干渉できないのは何度も試して分かっていた。
だから……あの、始まりの恋愛小説を、ずっと……。
ああ、だめ、ちゃんと考えられない。
恋愛小説を……助けてって、エリアナ様に……
今のままではこの魔力の方が強いから……
エリアナ様に強くなってもらわないと……
セイジョサマの力、恋愛小説、
感情の高ぶり、覚醒、心を揺さぶる……悪役令嬢
ジェイド殿下だけは、絶対に望み通りにはさせない
私がジェイド殿下を……周りを……恋愛小説と一緒に
これくらいしかできない……助けて、助けて、
気付いて、エリアナ様、どうか私を助けて。
そして、ジェイド殿下の企みになんか負けないで。
あとから聞いた話。あの恋愛小説こそ作られた聖女の力を伝えるものだった。
どうりで、抗おうとした私の意識が強く恋愛小説を求めたわけだ。
エリアナ様ごめんなさい。あなたを傷つけたかったわけではないんです。
それでも、エリアナ様は私を助けてくれた。力を覚醒して、足りない分は時間まで巻き戻して。私はずっと見ていた。感じていた。その時は、何が何だか分かっていなかったけれど。
だから、私は信じている。エリアナ様を信じている。
どうか、ジェイド殿下になんか負けないで。
エピローグをいれてあと3話です。
このデイジー視点、入れるか迷ったんですよね…最初はこれ抜きでラストまで書いてたんですけど。ここがないとデイジーが自由がない中どうにか反抗して、頭の中にあった恋愛小説を軸にジェイドが作り上げた事実の上にまた違う事実を作ったっていうことと、エリアナが繰り返した上でまた辛い目に合うことに意味があったっていう描写がどうも入らなくて><
他視点があまり好まれないのは知っているので、他視点続きで残念に感じた方には申し訳ないです。




