どうしても欲しかったから【ジェイド視点】
「どうしたの?泣いてるの?」
『……?』
「1人なの?何か悲しいことがあったの?」
『――母上が……僕とは全然一緒にいてくれない』
「そうなんだね……それじゃ寂しくて当たり前だよ」
『きっと母上は、僕のことなんてどうだっていいんだ。僕のことなんてきっと皆嫌いなんだ』
「そんなことない!」
『……っだって、』
「大丈夫、大丈夫。あなたを嫌いなわけないよ!」
『……君は?君も、僕のことを嫌いじゃない?』
「え?私?もちろん!そんなの当たり前だよ!」
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エリアナ、きっと君は忘れているだろうね。
私と君が最初に出会ったのは、実は君と兄上が出会うよりも先だったこと。
優しい君にとってはなんてことない出来事だっただろう。
でも間違いなくその時に私は恋に落ちて、エリアナが欲しくてたまらなくなった。
待っていて与えられるものなんてほとんどなかった。
王子と言う身分なんてなんの役にも立たず、与えられるのは兄上ばかり。
だから昔から、欲しいものができると、どうにか手に入れられるように頑張るようになった。
まだ私が幼い子供だったある時、普通に頑張っても手に入らないものができた。
1人の騎士だ。お気に入りの絵本の中の騎士にそっくりで、どうしても側に置きたくなった。
だからお願いした。「あの騎士を僕の護衛騎士にして」
でも父上は認めてはくれなかった。その騎士自体は私の騎士になるに申し分のない人物だった。それは分かっていたからきっと通ると思っていた。しかし、その時私には専属の護衛騎士が選ばれたばかりだった。よく分からないけれど、それはなんらかの功績を残したその人物への褒賞としての人事だった。だから、その約束を反故にすることはできないのだと。父上は困ったように笑って言った。「あと少し早ければね」
それを聞いて思った。――つまり、そいつがいなかったらあの騎士が手に入るということ?
私はなんとか策を巡らせた。
その結果、私の護衛騎士になるはずだった人物は足を失うことになり、到底騎士を続けていられなくなった。もちろん私の護衛騎士の話はなくなった。私は欲しかった騎士を手に入れた。
大満足の結果だった。頑張って、欲しいものを手に入れたのだ。
人に知られるべきではないことはなんとなく分かった。だから一応黙っておいた。
幼い子供である私が関与しているなど誰も疑いもせず、私も証拠は残さなかった。その人物に起こったことは、不幸な事故として片づけられた。なくなった褒賞の代わりとその後の人生の保証に、彼は莫大な財産を手にすることになった。
ほらね、皆幸せだ!なくなったのは彼の足だけ。
彼が足を失わなければ、私が欲しかった騎士を失っていた。帳尻はあっている。そう思った。
しかし、そんな私の心に1人だけ気付いたものがいた。
乳母のコリンヌだ。
「欲しいものを手に入れるために努力することは素晴らしいことです。けれど、人を傷つける手段はいかにジェイド様でも許されることではありません」
意味が分からなかった。私に、欲しいものも手に入れられない不幸な人間になれと言うこと?
コリンヌは何度も私に説得するような話をしてきた。
納得できなかったが、表向きは理解したふりをした。
コリンヌのことは好きだったから、悲しませないためにそれからはなるべく穏便な手段をとるようにした。元々、そんなに欲しいものがよくできるわけではない。
けれど、けれど、エリアナと出会ってしまった。
私が先に出会ったのに、彼女は兄上の婚約者になった。さすが兄上だ、見る目がある。しかし到底許せなかった。「この中からならどの子を選んでもいい」なんて、最高に贅沢な選択肢をもらったのに、どうしてよりによって彼女を選ぶんだ!わかってる。彼女が魅力的だからだ。兄上が選ぶのも納得だ。彼女より他の令嬢を魅力的だと思っていたとしたら、きっと兄上の目は節穴だと思っただろう。心の中がぐちゃぐちゃだった。
でも、やっぱり、許せない。
少し成長した私は、諦めることも覚えていた。
けれど、エリアナだけはどうしても欲しかった。
兄上のことは好きだ。兄上を傷つけたくはない。
それに、どうやらエリアナも兄上のことが好きらしい。
なんで。どうして。羨ましい。許せない。
兄上は素晴らしい人だから、当然だ。
でも、どうして私じゃないんだろうという思いは消えなかった。
私は考えた。
そして、いいことを思いついた。
コリンヌが教えてくれた、「作られた聖女の力」!
あれを使えば、全部手に入るのではないか?
エリアナも、エリアナと兄上の思い出も、エリアナが兄上に向ける愛情も。
そうだ、普通に頑張って手に入らないなら、手段を選んでいられない。
それなら全部、兄上からもらえばいいんだ。
コリンヌが寝物語の様に乳飲み子の私に聞かせてくれた話をどうにか全部思い出した。私は全て覚えていた。コリンヌにいつか教えられた。「それは普通の人には出来ないのだ」と。普通と違うということを、普通の人は受け入れられないことがあるらしい。怖がられるかもしれないと言われ、コリンヌ以外には誰にも教えたことはない。
別にどうでもよかったけれど、コリンヌのことは悲しませたくなかったから。
知識をかき集め、手段を選ばず調べ上げた。
さすがになかなか難しくて、何年もかかった。
やっと力が込められた王家の至宝にまでたどり着いて、私は興奮した。
しかしすぐにがっかりする。
魔力も資質も足りているようだったのに、どうしても力を取り出せない。
「聖女の力」なのだ。――器になる、女の魔力が必要だった。
それからもずっと考えていた。
コリンヌはもう儚くなってしまい、いなくなっていたけれど、私も倫理観というものを学んでいた。誰彼構わず利用してはいけない。それに、聖女の魔力を扱える最低限の資質がなければいけない。私の魔力も使うから、最低限でいいけれど、誰でもいいわけではなかった。
そんな時だった。
「ジェイド第二王子殿下!よろしければ来週の先輩方の卒業パーティーの時に私と踊ってくださいませんか!?」
突然声を掛けてきた、頬を染めた女生徒。
普通に不敬だと思うが、最近はこういうことが増えていた。
巷で流行っている、恋愛小説の影響らしい。
慎ましいはずの貴族令嬢が、物語のようなシンデレラストーリーを夢見て私に声を掛けてくるようになったのだ。
うんざりとした思いでその日も断りを入れようとして、思わず目を瞠った。
感情が昂りすぎてか、彼女の体から光魔法の粒子があふれ出ていた。はは、そんな馬鹿なことがあるか?
後から聞くと、この瞬間に光魔法に覚醒した普通科の生徒だった。笑ってしまうほどお粗末な覚醒の瞬間だ。
しかし思った。
――この女ならば、いけるのではないか?
そうして決めた。この女生徒を「生贄」にしよう。
それがデイジー・ナエラス男爵令嬢だった。
パーティーで踊ることを了承し、徐々に仲を深め、贈り物をするようになった。
2年次から魔法科に移った彼女にいつでも寄り添ってやった。
彼女は物語の主人公にでもなったような顔で喜んでいた。男爵家の令嬢が私の寵愛を得たと周りは囁いた。きっと天にも昇る気持ちだっただろう。彼女は幸せそうだった。
君の望みは叶えた。これで、帳尻はあうだろう?
そして私は、「王家の至宝」を彼女に与えた。たくさんの私の魔力と、心からの私の望みをいっぱいに詰め込んで。
後はエリアナ、君の想像通りだろう。
まさか完璧だと思った私の計画が、ただの「生贄」に過ぎなかったデイジー・ナエラスのせいで破綻するとは、さすがの私にも予想は出来なかったけれど。
もう1度やり直せるなら、きっと私は同じことをするだろう。
今度こそ上手くやるために、少しだけ反省を活かして。
後悔はしていないし、するつもりもない。
だって、どうしても欲しかったから。
ただ、それだけ。




