ある女性の独白【手記】
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この文章を読んでいる誰かに、まずは懺悔いたします。
私は、自らの罪を公にする勇気を持てず、こうして紙に記すことでアネロ様に許しを乞う卑怯な人間です。
私には幼馴染の男性が居ました。私は小さな頃からずっと彼のことを愛していました。
心のどこかで、いつか彼と私は結ばれるのだと、そう信じていました。
これだけずっと一緒にいるのだから、きっと彼も私を愛しているはずだと、そう思っていたのです。
けれど、私は彼に嫁ぐには身分が足りなかった。
王立学園に通っている間も、ずっと私は彼の側にいました。
身分の壁はどうしようもないと分かっていたけれど、それでも私を愛しているのなら彼がどうにかしてくれるのではないか、そんな期待を抱いていました。
しかし、そんなものは夢物語でしかありませんでした。
彼には直に、婚約者が出来ました。
学園でお互いを見初めた、彼の身分には珍しい恋愛結婚となるお相手です。
そう、彼は私のことなど愛してはいなかった。
私は彼と、彼の婚約者と親しく過ごし、ずっと仲の良い友人として側にい続けました。
彼の婚約者は見目も成績もよく、家柄も高い、大変人気のあるご令嬢でした。
浅ましい私は、彼女が彼に愛されているのも、他の男性が彼女に恋心を抱いているのも、次第に許せなくなっていきました。
それでも、どうにもできはしません。
私は彼の勧めで彼の側近たる人物と結婚し、子供を産み、彼と彼女の子供の乳母に収まりました。
彼とよく似た顔で、彼の髪色を持ち、彼女の瞳を受け継いだ2人の子供。
可愛くて、愛しくて、憎かった。
私は自分の子供を蔑ろにして、その子にだけ愛情を注ぎました。
彼への愛情を、彼の子供に注いだのです。それは偏愛というに相応しい、歪んだものでした。
彼女は産後も肥立ちが悪く、その子に会うことはほとんど叶いませんでした。
私はその子の母親のようなつもりになっていました。
そして、私はその子に物語のように聞かせ続けました。
作られた聖女の力について。その使い方について。
それは私がまだ結婚するまえに通っていた神殿で知った事実でした。
それは、私にとって希望の象徴でした。
かつて、愚かにも私はその力を使おうとしました。
でも、資質も魔力も足りず、私では使うことが出来なかった。
その未練が、私にその話をさせたのです。深い意味はなかった。
どうせ意味は分からないのだから大丈夫、そんな軽い気持ちで。
私の夫となった人物も、彼女に思いを寄せていたことを知っていました。
だから余計に、自分の子供も憎かったし、夫も憎かったし、彼女も憎かった。
憎しみを裏返したような愛情を、2人の子供に捧げ続けました。
そして、彼女を呪っていたのです。
告白します。彼女が病床からなかなか出ることが叶わなかったのは、私が呪い続けていたからなのです。
しかし、ある時信じられないことが起こりました。
夫が私に、「愛している」と告げたのです。
いつもありがとう、お前を愛している、と。
その言葉を聞いて、目が覚める思いでした。
私だけが過去に囚われ、全ての人を呪い続けていたのです。
2人の子供に歪んだ愛情を注ぎ、自分の子供を蔑ろにし、夫と向き合うことをせず、罪のない彼女を呪い続けた私。
私は後悔し、夫に全てを告白しました。
呪いをかけるのを止め、懺悔のために遠い地の神殿に赴き、自分の家族に向き合う日々。
しかし色々なことがすでに遅く、彼女にかけ続けた呪いは解けると同時に私に返ってきました。
私はもう、長くはないでしょう。
ただ、もう1つ、取り返しがつかないことがあったのです。
私が愛した2人の子供。
あの子は驚くことに、乳飲み子だった頃からの私の言葉を全て記憶していました。
そして遅れて言葉の意味を理解し、作られた聖女の力についての知識を持ってしまったのです。
正直に申し上げます。
邪に落ちる者には、それだけの資質があります。
間違いなくあの子にはその資質がありました。
自分の欲しいものを手に入れるためならば、残酷な選択を選べてしまうのです。
何度諭しても、それがどうして悪いのか理解できないようでした。
だからこそ、あの子に作られた聖女の秘密を教えてはならなかった。
私は取り返しのつかない罪を犯してしまったのです。
何も起きないように、願うばかりです。
万が一あの子が道を外れる時、恐らく私はもうこの世にはいません。
私には止めることができないのです。
夫に、その時はどうかあの子を救ってほしいと願いを託して私は死にゆきます。
全ては私の責任です。
1人だけ、死に逃げることをお許しください。
○○年□月×日
コリンヌ・クライバー
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