デイジーとの対決
デイジーは微笑みを浮かべたまま私の側まで歩み寄ってくると、私の両手を救い上げるように握った。メイとサマンサ様とお揃いのラピスラズリのブレスレットが手首で揺れる。
信じられない程、冷たい手だった。
「エリアナ様、どうか、どうか私の願いを聞いてください」
優しい微笑みにじっと見つめられて、なぜか胸がちくりとする。
この感覚は何だろうか?
この状態は想定外だったのか、ジェイド殿下も戸惑ったように手を握り合う私達を見ている。
デイジーが何をしたいのかが全く分からない。けれど、これがチャンスだということに間違いはない。
私はデイジーの手をゆっくりと握り返す。少し力のこもった手を一瞥して、デイジーは幸せでたまらないかのようににこりと笑った。
次の瞬間。
「きゃああああぁあ!!!!!!」
その場に響き渡ったのはデイジーの悲鳴。
私は彼女の体に一気に大量の魔力を流し、メイとカイゼルと行った「検証」を思い出しながら、デイジーの中の聖女の力の消滅を試みていた。
……あの時は、デイジーの力の影響を取り除くことさえ無理だった。
それでも、大魔女を討つことができた今の私なら……!
悲鳴に合わせるように、デイジーの体が震え始める。それでも私は構わず、握った手から全力で魔力を注ぎ込み続けていく。
攻撃ではない。彼女の体中に満たされた聖女の力を集めるように順番に追い回し、一所に集めていく。
……辛いでしょうね。これだけいっぱいに満たされた力が体の中で暴れているんだもの。
デイジーの悲鳴は、私の魔力とデイジーが有する作られた聖女の力の追いかけっこに体が追い付いていかない証拠だ。悲鳴を上げ続けながらデイジーは目を見開き、その瞳からはぼろぼろと涙が零れていく。
それでも止めるわけにはいかない。
「止めろ!デイジーに何をする!」
ジェイド殿下がものすごい剣幕で私に向けて風魔法を放つ。
しかし、それは私に届く前に霧散した。
「エリアナ様、誰にも邪魔はさせませんから!」
私を守る様にメイが側に立つ。
ジェイド殿下の魔法はメイによって無効化されていた。
続いて飛び出そうとするリューファス様をサマンサ様が、エドウィン様と、なおもこちらへ向かってこようとするジェイド殿下をカイゼルが足止めする。野次馬の生徒達は騒めき、うろたえ、けれど実力行使で私を止めようという者はいないようだった。その中の多くは逃げ出すようにその場から慌てて去っていく。
そうしている間に、ついに私の魔力がデイジーの中の聖女の力を捕らえる。
あと少し、あと少し……。
しかし、デイジーは相変わらず涙を流しながら見開いた目を真っ赤に充血させ、顔を蒼白にしている。このままでは、デイジーの体がもたないかもしれない。
後ほんの少しなのに、どうすればいい……?
焦りに冷や汗が背を伝った瞬間、リューファス様の声が耳に飛び込んできた。
「邪魔をするなサマンサ!!エリアナ・リンスタードとともにデイジーを害する悪女め!お前なぞ大魔女に喰らわれてしまえばよかったのに!!!」
あろうことか、それは彼を足止めするサマンサ様に向けられた言葉だった。
瞬間的に、かっと頭に血が上るのを感じた。
まさかあの男は、サマンサ様が死ねばよかったと言っているの?
操られていようが、許されることと許されないことがある……!
怒りに視界が真っ赤に染まるとともに、体の中の青い炎がかつてないほど大きく燃え上がった。視界が赤から青に染まるような錯覚を覚える。まるで私の青い炎が目の前に現れたかのようだ。
――いや、現れたのだ。
体の中に納まりきれなくなった青い炎が溢れ出し、私とデイジーをまとめて包み込むように揺らめいている。
そして。
「いやああああぁあ!!!!」
「デイジー!!!」
一際大きなデイジーの絶叫と、ジェイド殿下の悲痛な叫びが重なった瞬間、ついにデイジーの中の聖女の力が跡形もなく消え去るのを感じた。
デイジーはふらりと崩れ落ちそうになり、慌ててその体を支える。
触れた彼女の体は熱を持ち、息は荒い。けれど、冷え切っていた手には温もりが戻り、禍々しい大魔女と同じ波長を漂わせた彼女の中の聖女の力はもう見当たらない。
これで、ようやく終わるのね……。
安堵から、彼女を支えたまま私もその場にへたり込んでしまう。
「エリアナ様!」
側にいたメイが私に駆け寄り、倒れこみそうになる上半身を支えるように手を差し伸べてくれなければ、きっとその場に横たわってしまっただろう。
ジェイド殿下もその場に膝をついている。
疲れ切ったようなその顔は、けれども憑き物が落ちたようにすっかり表情を変えていた。
リューファス様やエドウィン様は呆然とその場に立ち尽くしている。
残った野次馬の生徒も、デイジーの力が消えたことで急にその影響がなくなり、事態が飲み込めない様子だ。
「エリアナ、ありがとう……それから、今まですまなかった」
やがて膝をついたままのジェイド殿下が、憔悴したようにそう呟いた。
「殿下……」
「衛兵、デイジー・ナエラスを拘束して連れていけ。全ては後で説明する」
殿下の命令に、野次馬たちの後ろに控えていた衛兵が戸惑いながらも姿を現す。
なんとなく見覚えのある者たちだ。そうだ、1度目に私を牢へ引きずっていった……。
恐らくこの衛兵たちは今日、婚約破棄と処刑を宣告された後の私を連行するために連れて来られていたのだろう。
衛兵の手によってデイジーは無理やり立たされ、いつかの私のように引きずられるようにして連れられていく。
疲れ切った様子のデイジーは大人しく従っている。
へたり込んだまま、その姿を見つめていると、最後にデイジーがこちらをちらりと振り向いた。
「早く連れていってくれ」
ジェイド殿下に促され、衛兵がぐいっとデイジーを力任せにひっぱり、その顔は勢いのまま前を向く。しかしこちらから顔を逸らす瞬間、僅かにデイジーの口元が動いた気がした。
今、何か言っていた……?
けれど、何を言おうとしたのかまでは分からなかった。
それよりも――。
「ジェイド殿下、意識ははっきりしていますか?何が起こったか、覚えていらっしゃいますか?」
「ああ、本当にすまなかった……君が、私を助けてくれたんだね」
私の問いかけにしっかり顔を上げ答えたジェイド殿下は、疲れたように微笑み、ゆっくりと立ち上がった。その顔はデイジーを庇い、私を罵っていた人と同一人物とは思えないほど穏やかだった。
デイジーとの戦いが、ついに終わったんだ……。
夜も更新します。




