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【書籍化】聖女の力で婚約者を奪われたけど、やり直すからには好きにはさせない  作者: 星見うさぎ
本編

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1度目をなぞるように

 

 私が学園に来るまでの間に、すっかり真実は歪んでしまっていた。


 聖女はデイジーになり、大魔女を討ったのもデイジー。

 私やメイ、サマンサ様の戦いはなかったことになり、1度目以上の侮蔑と嫌悪の眼差しを浴び続けることになった。


 さらに方々から投げつけられる冷たい言葉を拾い集めると、色々なことが分かった。



 まず、1度目と同じように、私はデイジーに非道な虐めを繰り返したことになっていること。おかげで久しぶりに私へ向ける「悪役令嬢」という不名誉なあだ名を聞くこととなった。


 そして、ジェイド殿下はそんな私に辟易としていて、さらにデイジーと恋仲として周知されているらしいこと。お兄様たちの卒業パーティーではデイジーをエスコートしていたし、どんどん2人の距離が近づいてはいたけれど、まだ決して恋仲と言われる程ではなかったはず。


 あれだけ大勢の前で宣言されたはずの私への聖女認定ももちろん事実から消え去って、近々デイジーの聖女お披露目式が行われると皆が口々に言っていた。


 ここにきて、全ての現実が歪み、1度目をなぞるような展開になった。



 大魔女はいなくなった。だけど、デイジーが手にした聖女の力はなくならなかったというわけか……。




 幸いなことに今日の1時間目の授業は魔法授業で、基礎クラスの皆に会うことができる。

 不思議なことに、これだけ事実が歪んでも、大魔女の封印が解ける前にデイジーの影響を受けていなかった人達は、変わらず影響を受けていないようだった。


 メイやサマンサ様も、ドミニクを始めとした魔法基礎クラスの皆も、ミハエルやカイゼルも……。それだけが救いだ。



「エリアナ様、何がどうなっているんですか?」


 魔法授業を受ける教室に入るとすぐ、困惑の表情を浮かべた皆が私達の元へ集まってきた。

 オリヴァー先生は来ない。自習にすると連絡があった。先生も影響を受けていない1人のはずだから、何か動いてくれているのかもしれない。


「あの女だよ。デイジー・ナエラスが何かしたんだ」


 私が何か答える前に、今までも一際デイジーに嫌悪感を示していたキースがそう吐き捨てた。


「だってそうだろう?おかしいじゃないか。あれだけ皆が見ている前でエリアナ様は大魔女を倒した。神官様だってその場で聖女認定を宣言した。それなのに今になってあの女が聖女?その上エリアナ様が悪役令嬢だって?あの女がエリアナ様の手柄全部持って行って、その分エリアナ様が悪者にされてる!元々あの女はおかしかったじゃないか!」


 キースはどんどん怒りを増していく。


「ジェイド殿下だって、あの女が側にいるようになっておかしくなった!あんなにエリアナ様を大事にしてたじゃないか!それがなんだってあんな……」


「――デイジーを侮辱するような言い方はそこまでにしてもらおうか」



 ヒートアップしていくキースを止めたのは、ここにいるはずのない人。

 ぐるりとそこにいる全員を睨みつけるように見回し、最後に私に視線を向けた。

 射るような、冷たく、蔑みを込めた視線。


 ジェイド殿下は、その腕にしなだれかかるデイジーの腰を大事そうに抱いたまま私に言った。



「エリアナ・リンスタード。話がある。ついてこい」



 その冷たい声と言い方に、思わずぶるりと身体が震える。

 でも、これはチャンスかもしれない。


 そう思った私は、心配する基礎クラスの皆を宥めてジェイド殿下に従った。








 連れていかれた先は、学園の中庭だった。

 誂えられた舞台のように、ぽっかりとその中心に空間があいている。

 その場にジェイド殿下がデイジーを伴ったまま立ち、私は2人に向き合うような位置で止まった。


 ジェイド殿下とデイジーの後ろにはカイゼル、リューファス様、エドウィン様が控えていた。

 エドウィン様とリューファス様は苦々しい顔でこちらを睨みつけ、カイゼルは不安そうに顔を顰めている。


 周りには野次馬のようにそこかしこに生徒達が集まってきていて、その顔には侮蔑と嫌悪、そして好奇心が浮かんでいた。


 1度目の断罪と、すっかり同じような構図の出来上がりだ。

 場所以外はほとんど同じ。


 違うのは、私の後を追ってきたメイやサマンサ様、魔法基礎クラスの皆が私を心配するように見守ってくれていることだけ。



 静寂の中、1度目の断罪をなぞるかのように、聞き覚えのあるセリフが吐き捨てられた。


「エリアナ・リンスタード侯爵令嬢!お前との婚約を破棄する!デイジーに対するお前の残虐非道な行為は全て把握している!己の愚かな行いを後悔するがいい!」


 後ろの方から、息を呑むのが聞こえた。


 ふと、デイジーに目を向ける。

 彼女の首元には、学園でつけるには不釣り合いなほど美しく大きなエメラルドのネックレスが下げられていた。


 ――王家の至宝。


 それにもう力がないのは分かっている。それでも、ここまで揃えてくるのかと思わず嘆息してしまう。


 それをどう思ったのか、ジェイド殿下は一層その目を険しく細めた。その隣でデイジーは変わらずゆったりと微笑んでいる。



 ゆらり、と、青い炎が体の奥で揺れた。

 大魔女と対峙した時のような激しい怒りに滾るような熱さはない。

 静かに、ゆっくりと、けれど徐々に大きく燃え上がっていく。



 微笑みを少しも崩さぬまま、デイジーが口を開いた。


「エリアナ様、罪を認めて謝罪してください。でなければ……あなたは処刑されてしまうわ」


 1度目の時は、ジェイド殿下の腕に絡みつき、全身で怯えを表すように小柄な体を震わせて叫ぶように言ったセリフだった。

 けれど今、ジェイド殿下の腕から離れ一歩ずつ私に近づいてくるデイジーの言葉は、歌うように軽やかだ。

 その顔に浮かぶのは、セリフに似合わない程に優しい微笑み。




 ゆらり、もう1度大きく炎が揺れた。




明日も2話更新します。今週は土日どちらも2話更新する予定なので、読み飛ばしのないようお気を付けくださいませ^^


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