間に合わなかった
大魔女が封印されていた石は、生々しいほどに魔力の残滓があった。
恐らく……封印が解き放たれたばかりだったはずだ。
だからあのタイミングで強く胸騒ぎを感じ、私はあの場所に引き付けられたのだ。
通って来たばかりの草にまみれた細道を走り抜け、裏側から学園に入る。
私達がようやく到着したときには、すでに学園はいつもの姿を失っていた。
「!!――オリヴァー先生!」
学園の敷地内に足を踏み入れた瞬間、結界の気配を感じた。
校舎の屋上に、オリヴァー先生を筆頭に魔法に精通した教師が集まり天に向けて手をかざしている。
結界内に入り込んだ魔物達が外に出ないようにしているのだ。
悪しき魔とそれに従う魔物達の魔力は、全て学園に向かっていた。
――御馳走を狙って集まっているのだ。
ならば出来る限りここ以外への被害を減らし、全て学園で迎え撃とうと言うことだと思う。
「エリアナさん!あなたたちは早く中へ!生徒や騎士たちが魔物と対峙しています!」
こちらに気付いたオリヴァー先生が屋上から声を張り上げる。
結界を張っている先生達はそれに全力を注いでいて、魔物に向かうことは叶わなそうだ。
私達はすぐに校庭の方へ向かって走った。
「こんなことって――」
サマンサ様が茫然とした声を漏らす。
学園の広い校庭には、討伐訓練でも見たことがないほどの数の魔物が溢れていた。
数人の騎士と、生徒達が戦っているのが見える。
姿を見せた私達にも一気に魔物が押し寄せた!
私達は慌てて魔法を展開し、応戦する。
「エリアナ!!!」
向かってくる魔物に向けて魔法を放ちながら声の方を振り向くと、そこには次々と魔法を展開し、必死に魔物をなぎ倒していくカイゼルの姿があった。
彼が戦っているその背の後方に数人の生徒が震えながら身を寄せ合っている。
カイゼルは魔物の攻撃をひらりひらりと躱しながらこちらに向けて叫んだ。
「僕だけじゃ守り切れない!普通クラスのやつらは対抗できない!上級クラスでもこの強さと戦えるのは数人だ!――基礎クラスの生徒達ならやれるか!?」
周りをざっと見ると、校舎の方に恐怖にまみれた魔力が固まっているのが分かった。
普通科の生徒や、戦うには対抗できるだけの力がない生徒達が避難しているのだろう。
校舎の周りには騎士や上級クラスの生徒が数人いて守っているが、明らかに魔物の力に押され始めている。
「うわっ!?」
こちらが近づくより早く、カイゼルに他方から一気に数匹の魔物が襲い掛かる。
「カイゼル!」
さすがに全てを捌ききれず、1匹がそのまま彼に向けて飛び込んでいった。カイゼルが身を庇うように伏せた瞬間、
「――もう来てるぜ!!」
聞こえてきた声とともに、鋭い無数の氷の矢が一気に魔物の体を貫いた。
次の瞬間、サマンサ様が一瞬のうちに魔法を展開し、カイゼルに庇われていた生徒達に向かう残りの氷の破片を水の膜で弾き飛ばす。
「さっすがサマンサ様!何度も連携攻撃の訓練した成果ですね!」
次に飛びかかろうとする魔物に向けてさらに魔法を展開しながら、そう言って笑ったのはキースだった。
これは、何度も競技場での実践訓練で目にした、キースとサマンサ様の得意の連携パターンの1つだ。
「君は基礎クラスの……ありがとう!」
「いえ!遅くなってすみません!基礎クラスじゃ足手まといだってなかなか校舎から出してくれなくて――」
キースはすぐにカイゼルの側に立ち、どんどん迫ってくる魔物達に対峙する。
「エリアナ様!私はここに残ります!メイと一緒に悪しき魔の所へ!」
キースに続いて続々と到着し魔法を展開する基礎クラスの生徒達と合流しながら、サマンサ様がそう叫んだ。
「分かったわ!カイゼル、みんな!ここは任せます!メイ!」
「はい!急ぎましょう!」
メイは魔物が飛ばす魔力を手当たり次第弾きながら一緒に走った。
「あなたたちはこちらへ!」
カイゼルに庇われていた生徒をナターシャが守る様に校舎へ誘導するのを見ながら、私とメイはその場を走り抜けていく。
途中で視界に入った校舎の中では、普通クラス、上級クラスと思われる魔法学科の生徒達が唖然と外を見ていた。
恐怖、動揺以上に目の前の光景が信じられないのだろう。
私達は、基礎クラスのくせに普通クラス、ひいては上級クラスの生徒達を出し抜いてやろう!と本気で思って頑張ってきた。……意味はあった。全部に意味はあったんだよ、みんな。
こんな時なのに、自分たちを馬鹿にしていた生徒達を、馬鹿にされた自分たちの魔法で守ろうとしている、私の大事な仲間たちの姿に胸が熱くなる。
今度は、私の番だ。
周りの喧騒が絶え間なく耳に入る。
「騎士団が到着しました!」
「神官様も来てくれた!けが人を運べ!」
「くそ!魔物の数が減らない!」
「これじゃいつまでもつか――」
おそらく大魔女を倒さなければ、魔物は無限に湧いてくるのだろう。
私は夢中で走り、メイが遅れながら必死でその後をついてくる。
何も言わなくても、辺りを見渡さなくても、どこに向かえばいいのかすぐに分かった。
桁違いの禍々しい魔力をひしひしと感じる。
校庭の学園裏側から競技場方面に走っていくと、その姿を視界に捉えた。
病的に白い肌、濃い緑から黒に染まるような淀んだ昏い瞳。
空に浮かんだ体はけれども信じられない程肉感的で、思わず少し息をのむ。
玉虫のように紫色と緑色に怪しく揺らめくような髪の毛は、こんな時でなければ美しく見えただろう。
信じられないほど美しく、禍々しいその姿。
悪しき魔、大魔女は恍惚の表情を浮かべていた。
その視線の先には……
「――!殿下!」
ジェイド殿下が、デイジーを庇うように大魔女の前に立ちはだかっていた。
私の声が届いたのか、殿下の瞳がちらりと揺れた。
ごめんなさい、すっかり書き忘れてたんですけど、入学式準備は新2年生の仕事なので、エリアナたちの学年の生徒しか学園にいません……。そのうち修正して56話あたりにその文を入れます。




