入学式の準備の日
封印地が見つからないまま、冬休みの終わりが迫っていた。
学園では今日在校生が登校し、新年度の入学式の準備を行っている。
けれど私は学園には向かわず、メイとサマンサ様と今日も封印地を探していた。
カイゼルは入学式の準備に向かい、お兄様とテオドール殿下は王宮にいる。
地図に印のつけられていた場所は、すでにもう全て調べてしまっていた。
「これからどうするか、ランスロット様達と相談したいですわね……」
サマンサ様の言葉を聞きながら立ち上がる。今日は、望みは薄いだろうと思いながらも神殿の近くにある石碑の確認に来ていた。
メイもサマンサ様もその表情は暗い。
どうしよう。見つからない。時間がない。
――だめ、暗い顔ばかりしていては。
気持ちが悪い方に引きずられてしまわぬように、無理やりに笑顔を浮かべた。
「1度王宮へ行きましょう」
2人と頷きあってその場を後にする。通り際に、神殿の孤児院の様子が見えた。
ミハエルによると、今もソフィア様は孤児院の子供たちの所へ通っているらしい。
子供たちが今日も明るい顔をしているのが見えてほっと息をつく。
この笑顔を曇らせるわけにはいかない。
大魔女に、好きにさせるわけにはいかない。
メイがこちらを向き、首を傾げた。
「学園の側を通らない方がいいですよね?」
神殿から王宮へ真っ直ぐに向かうと、学園の前を通ることになる。
入学式準備で生徒が学園に集まっている中、その役割を投げ出してこうして封印地を探す時間にあてているのだ。メイの言う通り、学園の側を通り、誰かに見られるのは避けた方がいいだろう。
そう思っていると、サマンサ様が提案してくれた。
「学園の裏手にあまり使わない細道があったと思います。そちらを通っていきましょう」
その裏道は遠い昔に通った記憶がある。
今ではほとんど人の通らない、手入れのされていない道。けれど確かにそこを通れば、少なくとも学園の生徒には気づかれないだろう。
私達は王宮へ向かうために歩き始めた。
もはや虱潰しのように封印地を探しているため、道中でも少しでも何かヒントを得られればと最近はあまり馬車を使わないようにしていた。
「――あら?」
思わず声を上げたのは学園の裏を通り過ぎ、もうすぐ王宮というところだった。
……こんな道、あったかしら?
王宮へ真っ直ぐ向かう道の横に、ぼうぼうと伸びた草に隠れて分かりにくいが、確かに別れ道になっている場所がある。遠い記憶の中ではこの裏道は1本道だったような気がするのだけど……。
なんの変哲もないただの背の高い雑草にまみれた道だ。
それなのに、なぜか吸い寄せられるような気持ちになった。
「エリアナ様?どうされましたか?」
「ごめんなさい……こっちへ行ってみてもいいかしら」
真っ直ぐその道を見つめて、どうしようか考える前に思わず口にしていた。
そんな私の様子に、メイもサマンサ様もすぐに頷いてくれる。
生い茂った草をかき分けて、脇道に入る。
街に出ていてもおかしくないよう、シンプルなものを選んでいるとはいえ着ているのはワンピースだ。
それでも、汚れるのも気にならないくらい私は夢中だった。
よく分からないけれど、言いようのない胸騒ぎが止まらない。
嫌な予感がする。
どんどん先へ進んでいく。
そのうち、急に少し開けた場所へ辿り着いた。
「ここは……?」
「王宮の敷地内のようですわね」
すぐ側に王宮が見え、2人が不思議そうに辺りを見渡す。
そんな中、私は1人呆然としていた。
「この場所に繋がっているなんて……」
そこは、夢で何度も見ていた場所。
宝物庫の帰りに覚えがあると足を踏み入れた、あの池の畔だった。
あの時はそれこそ草に道が隠されて分からなかった。
王宮の渡り廊下とは反対側が、まさに今通ってきた脇道に繋がっていたのだ。
耳の奥で、耳鳴りのように、甲高い泣き声が響いている。
あの子の後ろ姿が浮かんでくるようだ。
唐突に、夢では聞こえなかった言葉が1つだけ耳鳴りの中で聞こえた。
『君は?君も、僕のことを嫌いじゃない?』
そうだ。あの時泣いていたあの子は、男の子だった。
耳鳴りが、どんどん大きくなっていく。
比例するように周りの音が消えていって、世界に1人だけ取り残されたような感覚に陥っていた。
「エリアナ様?」
「エリアナ様、どうしたんですか?」
ふと、池の向こうにもさらに草に覆われた空間があることに気が付く。
ガンガンと音が鳴り響くまま、私はそちらへ近づいた。
草をかき分け、足を踏み入れる。
耳鳴りは、ますます大きくなる。頭が割れそうだ。
早く、早く、その先を確認しなくては。
焦る気持ちのままどんどん進み、やっとその先が見えてくる。
ぽっかりと草がなくなり、木が上から庇うように影を落とした薄暗い空間が現れた。
大きな石が不自然に立てられている。
それを目にした途端、激しい動悸が止まらなくなった。
石は、大きく欠けている。
震える足でそれに近づき、そっと手を伸ばす。
後ろの方で私に追いついたメイとサマンサ様の声が聞こえる気がするけれど、それどころではなかった。
「そんな、まさか……」
まさか。だけど、間違いない。
――ここが、大魔女の封印地。
いえ、大魔女が封印されていた場所。
ぞわっと全身に鳥肌が立つ。
私は勢いよく2人に向かって振り返った。
意味のない言葉を絶叫してしまいそうになるのをなんとか飲み込んで、それでも叫ぶのを止められない。
「――遅かった!!!!!」
大魔女の封印は、すでに解けた後だった。




