3人で並んで眠る夜
メイがクルサナ村に着いたばかりの時に、村の人たちの話をしている途中で不自然に言葉に詰まったことを思い出す。きっとあの時メイの頭をよぎったのは、彼女を否定する、さっきのユウナやこのルッツのことだったのだろう。
ルッツと言うこの少年は、きっとメイを大切に思っているのだろう。
言葉の割に言い方は優しく、嬉しそうな目が印象的だ。
でも、これはない。これはダメだ。
「そもそも、俺がずっと守ってやるって言ってるのに、一人で王都なんか行っちゃってさ。俺は――」
「――ルッツ」
ルッツの連ねるメイを否定する言葉達に、さすがに口を挟んでもいいだろうかと思っていると、さっきまで顔を強張らせ緊張した様子だったメイが彼の言葉を遮る。その顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「ルッツ、私、もうルッツがいなくても大丈夫みたい!」
「……は?」
笑顔で自分を不要だというメイに、ルッツは口をあんぐりと開けて停止した。
「確かに、ルッツがいないと私はダメなんだ、1人じゃ何もできないんだって思ってた。いつまでもルッツに迷惑かけて嫌われたくないって思って王都に行くのを決心したところも実はあったの」
「え、は?い、いや、俺がお前を嫌うだなんて」
「でも、もう大丈夫みたい!ユウナちゃんももう怖くないし、ルッツが居なくても私はもう大丈夫!」
「いや、でもお前、さっきだってユウナに色々言われて何も言えないでいたじゃないか……」
「だって大事な友達の前で言い争いなんてしたくないじゃない」
顔を青くして声を震わすルッツに気付かないメイは、こちらに視線をやると照れたようにはにかんだ。
「ルッツ、今までごめんね、役立たずの私をずっと守ってくれて本当にありがとう!でももう大丈夫!エリアナ様、サマンサ様、行きましょう!そろそろお父さんとお母さんが夕飯の準備をしてくれてるはずですから!」
メイに促され踵を返しながらちらりとルッツの様子を見る。彼は顔を青くしたまま、信じられないというような面持ちで地面を見つめて固まっていた。
私はメイに声を掛けようとして、止めた。
メイは今この瞬間に、自分の中の『役立たずの自分』に決別したのだ。
自分を役立たずだと決めるのは周りの人間だけど、自分を役立たずと認めるのは自分自身だ。
役立たずではない自分を知ったメイは、きっともう身勝手にメイを否定しようとする人間に踏みにじられることはないだろう。
私が言うことは何もない。
******
「あまり上等な料理じゃなくて申し訳ないのですが……」
メイの両親が作ってくださった夕食は素朴で、でもものすごく新鮮で驚くほどおいしかった。
夜はメイの部屋に「この日のために隣町の宿屋のお古を借りてきました!」という簡易ベッドを並べて3人で並んで横になる。
今まで経験したことがないくらい狭くて、経験したことがないくらい温かかった。
「私、友人と並んで眠るなんて初めてですわ」
隣に横になっているサマンサ様がそう零す。
私を真ん中に、3人で身を寄せ合っているからお互いの肩や腕も少し触れている。
明かりも消して暗い部屋で、すぐ近くで声が聞こえるから子供の頃の内緒話のようでなんだか楽しい気分だ。
「ふふふ、私もよ」
「狭くてごめんなさい……」
メイは私達の様子に申し訳なさそうな声を出した。
「とんでもない!なんだかとっても幸せだわ……」
サマンサ様がうっとりとした声でそう返す。
確かに、とっても幸せだわ……。
「私、2人とこうして友達になれて本当に良かった。こんなこと言うのは不謹慎だと分かっているけど、こんなことにならなければ2人とは仲良くなれなかったかもと思うとゾッとするの。今の状況は不安で怖くて歪だと思っているのに、感謝している自分もいるの」
「エリアナ様……」
巻き込んでいる2人からしたら堪ったものじゃないかもしれない。だけど、温かくて少し眠いからか、つい本音を零してしまう。
言葉にしてすぐ、本当に不謹慎だ、言うべきじゃなかったかもと後悔しそうになったところで、サマンサ様とメイがまるで示し合わせたようなタイミングで、ぎゅっと2人で私を挟むように抱き着いてきた。
「エリアナ様、私もです。リューファス様のことを考えると悲しくて辛いけれど、こうしていると間違いなく幸せです。リューファス様は側にいてくれるけど、エリアナ様やメイとこうして過ごすことができなかった現実もあったのだと思うと、想像だけでもどちらが良かったかなんて選べません。私こそ不謹慎ですわ」
「不謹慎なら私がきっと1位ですよ!1人だけなんにも損なことなんてなくって、ラッキーなことばっかりでとっても喜んじゃってるんですから!」
「まあ、メイったら」
私の体の上でサマンサ様がメイの腕をポンと軽く叩く。
メイが小さく笑うのも振動ごと伝わってきた。
「でも、たまには不謹慎なこと言ってもいいじゃないですか……今ここには3人だけです。誰も聞いてません。みんな不謹慎だから、誰も責めませんし。この不謹慎な話は3人の秘密です」
「ふふふ、うん、そうよね……」
ベッドの中で、3人でくっついてとっても暖かくて、経緯はともかく今の時間が幸せで、悲しいことや辛いことが考えられなくなってくる。負の感情は全部一旦どこかに置いておいて、嬉しいことを思い、幸せだなというこの感じ、よかったなと心から思って……なんだか全てが上手くいくような、不思議な自信がみなぎってくる。
「あ、なんだか泣きそうだわ」
「え!?」
ぽつりと零すとメイが慌てた声を出した。
「なんだか幸せすぎて胸が苦しい……」
愛情をもって、愛情をもらうことは今までにだってあったけれど、友達に与えられる幸せや愛は2人に出会って初めて知った。今この瞬間、私の心は満たされていた。
2人は何も言わずにさらに私に身を寄せた。
心がぽかぽかして、その奥でゆらゆらと青い炎が揺らめいていく。
こういう感情でも、私のこの炎は輝きを強くするのね……。
他人事のようにそんなことを思っているうち、いつの間にか眠りに落ちていった。
久しぶりに、夢も見ない程ぐっすりと眠った夜だった。




