お兄様たちの卒業
本日更新2話目です。前話未読の方は是非そちらからお読みください。
冬はどんどん終わりに向かっている。
今日は朝からお兄様やテオドール殿下の、学園の卒業式が行われていた。
そして夜になりこれから卒業パーティーが行われる。
「お兄様、ご卒業おめでとうございます」
邸のホールで、正装に着替えたお兄様にお祝いを言う。
「ありがとう、エリー。学園での最後のパーティーでお前に私の贈ったドレスを着てもらえて嬉しいよ」
にこにこと微笑むお兄様が私の頭を撫でてくださった。
リッカに綺麗に結い上げてもらっているから、それを崩さないようにそっと撫でるその手がなんだかくすぐったい。
「行こうか」
馬車に乗り学園に向かう。
お兄様たちの卒業パーティーではあるが、王族であるジェイド殿下は参加となる。
一応こちらからジェイド殿下に手紙は送ったものの、案の定返事はなかった。
恐らく、今日はデイジーを伴うのではないだろうか。
普通に考えて婚約者の私ではなく彼女をエスコートするのは非常識だが、今のデイジーは力の影響もあり聖女として優遇され特別視されている。
彼女が本当に聖女であれば、そのサポートの一環で王子がエスコートするのはあり得ないことではない。体面としてはそういうことになっているのだろう。
卒業生もパートナーとの参加が基本になるため、ジェイド殿下のパートナーでなくとも、私はお兄様のお相手として今回のパーティーにも参加する。私のように家族のパートナーか、もしくは婚約者のパートナーとしてであれば、自身が卒業生でなくともパーティーに参加することになるのだ。
当たり前ではあるが殿下から今回はドレスも頂いていないので、お兄様が今日のために贈ってくれた濃いブルーのドレスを纏っていた。
1度目の今頃は、まだデイジーのことを知らなかった。まだ彼女が光属性適性を覚醒する前だったからだ。そのため、この卒業パーティーにも問題なく参加したはずなのだけれど……不思議なことに、このパーティーでの記憶も一切ないのだ。
時期的にはデイジーが力を手にする前のはずなのに……なぜだろうか。
お兄様のエスコートで会場に入る。
今日は残念ながらサマンサ様やメイはもちろん参加していない。
同学年の令嬢が数人、婚約者と一緒か、私のように兄のパートナーとして参加しているようだった。
今のところ、ジェイド殿下やデイジーの姿は見ていない。
「エリアナ、踊ってくれる?」
「もちろん!お兄様の学生としての最後のファーストダンスの権利がもらえて光栄だわ」
楽団の演奏に合わせて、お兄様の手を取る。
お兄様が本当に嬉しそうに私をリードして踊っているから、私の心は救われる思いがした。
私がジェイド殿下ではなくお兄様のエスコートを受けていることに、少なからず冷たい視線も感じていたから。
ファーストダンスが終わると、令嬢がそわそわとお兄様に近づいて来ているのが分かった。
こういう時にいつも私を気にかけ側にいてくれるから忘れてしまいそうになるけれど、お兄様も実は令嬢方にとても人気があるのだ。
侯爵家嫡男で、すでに第一王子の側近として公務も手伝い、卒業後も引き続き城に仕官することが確定している。優しく穏やかで、甘く整った相貌と、私と揃いの蜂蜜色の髪に紫の瞳。
おまけに、まだ婚約者がいない。
「お兄様、私は大丈夫だからご令嬢方のお相手をしていらしたら?」
そんな人気者のお兄様を妹の私が独占しているのは申し訳なくてそう勧める。
私の言葉が聞こえていただろう令嬢達は期待に目を輝かせた。
「でも、エリアナを1人にするなんて」
「――では、エリアナ嬢には私のお相手をしてもらえるかな?」
渋るお兄様の言葉を遮る様に聞こえてきたのは、いつの間にか近くに寄ってきていたテオドール殿下の声だった。
「テオドール、またお前か」
苦々しいお兄様に対して、テオドール殿下の表情は涼しいものだ。
「私の右腕として、あまり社交をおろそかにするのもいただけないな。お前は婚約者もいないのだし、こういう時に麗しいご令嬢方を楽しませることくらいできなくてどうする」
その言葉を合図のように、お兄様は反論する暇もなくあっという間に令嬢たちに囲まれてしまった。私は自然とその輪からはじき出され、テオドール殿下と並ぶ形になる。
「ふふふ、テオドール殿下も普段はあまりダンスなどなさらないのに」
自分のことは棚に上げるようなお兄様への言葉に思わず笑ってしまう。
「私は自分が踊りたいと思う相手とだけ踊るからいいんだよ。嫌でも必要になる時にはしっかりやるさ」
そう言いながら、殿下は私に手を差し出し、ダンスに誘ってくださった。
殿下はいつも誰とも踊らないことがほとんどだ。それこそ他国の王女などが訪問された時くらいで、他には前回のサマーパーティーで私と踊ったくらい。これではまるで、私は特別だと言われているみたいだ。
そんな風に考えてしまい、慌ててその考えを打ち消す。
これ以上考えてはいけない気がして、私はそのまま殿下の手を取った。
テオドール殿下と踊っていると、視界の端にジェイド殿下の姿が見えた。
彼は、デイジーと寄り添うように踊っている。
……やはり、ジェイド殿下は彼女を伴っていたのだわ。
そんなことを思いながらなんとなく視線を向けると、不意にジェイド殿下もこちらを見た。視線が交わり、ぎくりとする。ジェイド殿下はいつものようにこちらを強く睨みつけるでもなく、心の内の読めない暗い目で私を見ていた。
私の緊張に気付いたテオドール殿下が、労わる様に優しく重なった手に力を込める。
「エリアナ嬢……大丈夫かい?」
テオドール殿下に視線を戻すと、その目は私への心配で溢れていた。
強張った体から、すっと力が抜けるのを感じる。
「はい、大丈夫ですわ。殿下がいてくださったおかげです」
そして、ダンスが終わった。
少し休もうと、そのまま殿下にエスコートされ壁際に移動する。
飲み物を取り他愛のない話をしていると、突然殿下の顔に緊張が走った。
「テオドール殿下?」
「――兄上」
どうされたのですか、と言おうとした言葉を咄嗟に飲み込む。
聞こえてきた声に反射的に振り向いた。
そこにはデイジーを伴ったジェイド殿下が、満面の笑みで立っていた。
「兄上、ご卒業おめでとうございます」
「……ああ、ありがとう」
テオドール殿下はさりげなく私の前に出る。
「兄上とエリアナがあまりにも絵になっていたから、思わず妬いてしまうところでした」
にこにこと笑顔のまま放たれた予想外の言葉に目を瞠る。テオドール殿下も驚いているようだった。
デイジーをエスコートし、今も彼女を隣に伴っていながら、何を言っているの……?
彼の隣に立つデイジーは、余裕たっぷりの表情でこちらを嘲笑うように見ていた。
――なるほど、そう言うことか……。
最近はストレートな攻撃ばかりだからついそのまま受け取りそうになったけれど、これはただデイジーと自分の仲を見せつけに来たというところだろうか。
幸いなのは、さすがに上級生の卒業パーティーを台無しにする気はないようだということ。
「お前も、可愛らしい令嬢を連れているね。邪魔をしては悪いから私に気を遣う必要はないよ」
その言葉にデイジーは頬を染め嬉しそうにしていた。
だが、言外に「私達に構わずもう立ち去れ」と言われていることに気付いたジェイド殿下はすっと表情を消した。
しかしそれも一瞬のことで、ぱっともう1度朗らかな笑顔を浮かべると、「兄上も、パーティーを楽しんで」とだけ言い残し、ジェイド殿下はデイジーと共にその場から去っていった。
無意識に詰めていた息をふっと吐きだす。
テオドール殿下は、2人の後ろ姿を見ながら慰めてくれるかのように私の背中に手を添えた。
「休みになればやっとリタフールの神殿へ行ける。そこへ行けばきっと有益なヒントが得られるはずだ。……もうすぐきっと、全てを解決できるさ」
「……はい」
そうなることを、願っている。
その後は、無理やりにでも気持ちを切り替えた。
お兄様やテオドール殿下の大事なこの日を、楽しめなくしてはいけない。
数人のご令嬢とダンスをしたお兄様も間もなく戻ってきて、そこからは楽しく談笑したり、並べられた豪華な料理に舌鼓を打った。
卒業パーティーの夜は、あっという間に過ぎていった。




