王家の至宝1
次の休日はあっという間にやってきた。いつもの2倍くらいの速さで時が進んだように感じる。
今日私達はついに、王家の宝物庫へ入る。
今は、テオドール殿下の手引きを受けるため、一先ず殿下の執務室に入り到着を待っている。
今日も私達は殿下の執務の手伝いとの名目で集まっていた。
最近ではジェイド殿下の婚約者である私がテオドール殿下の手伝いをすることに誰も疑問を抱かなくなっていた。それほど当たり前のことと認識されているのだ。
ジェイド殿下はデイジーに構うことに忙しくて、執務さえ疎かになされるようになっているようだった。その分を婚約者たる私が尻ぬぐいするのは当然と思われているのかもしれない。
もしくは、デイジーの力が疑問に思うことをさせないのかもしれないけれど。
これから宝物庫へ入ることは、もちろん誰にもバレてはいけない内密の行動だ。
そう考えるとそわそわしてしまい、いつものように大人しくソファに座っていられずに執務室の窓から意味もなく外を眺めていた。
「エリアナ、緊張している?」
「していないと言ったら嘘になるわ」
側に寄ってきた心配そうなカイゼルにそう返事をして、思わず笑ってしまった。
「どうしたの?」
「ねえ、気付いてる?今の私たちの会話、魔力測定が始まる前と全く一緒だわ」
そうだったか?と首を傾げるカイゼルを見ていると、少しだけ気持ちが落ち着くようだった。
テオドール殿下は、それからすぐにやってきた。
宝物庫は王宮の中でも端の方に位置しているらしい。
「時間は限られている。申し訳ないけど急ぐので着いてきてくれ」
そう言ってすぐに執務室を出たテオドール殿下の後について歩いていくと、面白いほどに誰ともすれ違わなかった。王宮には護衛や文官、侍女などたくさんの職務中の方たちがあちこち動いているので、普段はこれほど誰にも会わないなどありえない。
テオドール殿下が色んな人に緻密に計算して仕事を振ることで、この道を一時的に全く人と会わないように調整したらしかった。
歩く廊下が少しだけ狭く、そして薄暗く感じるようになってきたところを進んでいくと、宝物庫の扉は現れた。
テオドール殿下がその重厚な扉にいくつもついた鍵を素早く開けていき、最後の鍵を開けたところで扉を開きながら私達を促す。
「入ってくれ」
促されるまま1歩足を踏み入れて、思わず言葉を失ってしまった。
中は、圧巻の一言だった。
広い室内に整然とたくさんの宝物が並ぶ。
殿下でさえもなかなか簡単には入れないと言っていたから、恐らく使用人は誰もこの中には入れないのだろう。
それなのに室内も並んだ宝物も埃一つ受けていないのはこの部屋にそういう魔法がかかっているからだろうか?
「すまないがあまり時間がない。急いで気になるものがないか見てくれ」
テオドール殿下のその言葉に、我に返りぐるりと周りを見渡す。
ふと視界に入ったカイゼルも視線を忙しく動かし、急いで宝物の数々を確認しているのが見えた。
お兄様は扉の前で待機している。
クリスタルのような物で作られた天使像、たくさんの宝石に彩られ、戦うことが目的ではないと一目でわかる煌びやかな剣、明らかに異国の物と分かる飾りや置物は他国からの贈り物だろうか。その中で、やはり多いのは宝飾品だ。
ティアラだけでもたくさんある。どれほどのダイヤがあしらわれているのだろうかと言うものや、逆にシンプルではあるがとても繊細な細工を施された金づくりのティアラなど様々。
さらに目立つのはネックレスの数だった。
いくつか見覚えがある物もある。あれは、王妃様が建国記念の式典の際に身に着けていた物かしら……。
そして、その中で、ある宝飾品たちに目が留まった。
繊細な物が多く並べられた一角に、それらは並んでいた。
他の物に比べ派手さが多少控えめで、宝石の大きさも抑えられている。
なるほど、これならば知らぬ者から見れば「王子が贈った一等品」と思えば納得される、程よい塩梅なのだろう。
小粒ではあるが希少と言われるピンクダイアモンドが多数使われているブレスレット、揃いで作られたのであろうエメラルドのネックレスとイヤリング、涙のような形をした大きな一粒石のペンダントはルビーだろうか?少し暗い色をしていて妖艶な雰囲気が美しい。
「デイジーが着けていたのを、見たことがある」
いつの間にか隣に並んでいたカイゼルが茫然とそれらを見ていた。
「ええ……」
他にもいくつか、彼女を飾っているのを見たことがある宝石が多数ある。
ジェイド殿下は、やはり宝物庫の宝飾品さえもデイジーに与えていたのだ。もちろん、陛下方の許可を得た物ではないだろう。
デイジーの力は、人の心を操っている。
けれど、その程度はよく分かっていない。食堂で、ジェイド殿下の行動にデイジーが焦った様子を見せたことを思う。
カイゼルの話を聞く限りでも、行動そのものを全てコントロールできるわけではないようだ。
そうなると……ジェイド殿下がここの宝飾品たちをここから持ち出しデイジーに与えたこと自体が、自らの意思で行われたことにされてしまう可能性があった。なんということだろうか。行動に至る動機が植え付けられたデイジーへの愛だったとしても、これは由々しき事態であると言えた。
予想はしていたが、いざその事実が現実として突き付けられると血の気が引く思いだ。
同じことを思っているのか、カイゼルの表情も引きつっていた。
「その辺りの物を、1度目にジェイドがあの令嬢に贈ったのだな……前回私が確認したときには全て揃っていたが、それから無くなっている物があるようだ。今回ももう宝物庫に手を出しているのかもしれない」
そう、整然と並べられている宝石たちの間に、不自然にスペースが空いている部分が2、3ヵ所ある。
恐らく、ここに元々あった宝飾品は、テオドール殿下の言葉通り既にデイジーに渡っているのだろう。
部屋を清潔に保つための魔法はかけられても、盗難を防止するような魔法を宝物にはかけられない。魔法石ならいざ知らず、繊細な宝物には負担になるのだ。だからこそ、扉にいくつも鍵をかけるような対策をとるのである。
やるせない思いでそのスペースを見つめていると、ふとその隣に飾られているネックレスに視線が奪われた。
エメラルドの、ネックレスとイヤリング。
この2つは……あの断罪劇が繰り広げられた卒業パーティーでデイジーが身に着けていた物ではないだろうか?
なぜか視線が逸らせなくて、ゆっくりその場所へ近づく。
カイゼルが私の視線の先に気付いた。
「あれは……最後の卒業パーティーの時にデイジーが身に着けていました」
何も言わずにじっとエメラルドの輝きを見つめる私にかわり、カイゼルがテオドール殿下に説明する。
2つ揃いで作られた、その片割れであるネックレス。
なぜと言われると、分からない。だけど、不思議な確信があった。きっと間違いない。
「恐らく……これですわ」
聖女の力を込めるのに使われた、王家の至宝。




