魔法バカの休日
また夢を見た。先日見た夢と同じ夢だ。
どこかの茂みの奥の池のほとりに座り込む、あの誰だか分からない子供を慰める夢。
前回と全く同じ展開の夢を眺めながら、傍観者のように考えていた。
この池、どこだったかしら……。
前回この夢を見た時にも思っていたけれど、とても懐かしい場所なのは確か。
あの泣いていた子供が誰だったかは全く思い出せる気がしない。でも、この場所についてはもう少し何かきっかけがあれば思い出せそうなのだ。
考えている間にも、小さな私はその子と何かを話していく。
「え?私?もちろん!そんなの当たり前だよ!」
「うっううぅ……うわぁあーーーーーーーん!!」
そして、また大きな泣き声が響いた。
夢が、終わる。
******
今日は学園の休日だ。
朝から我が家には、メイとサマンサ様、そしてカイゼルが来ていた。
今日は天気もいいので、リッカにお願いして庭のテラスにお茶とお菓子を用意してもらう。
「じゃあカイゼル様、見ててくださいね!……はい!」
「うわっ本当だ!魔法基礎クラス、何してるんだ……もはや上級クラスの生徒でもほとんどこんなの出来ないぞ……」
テラスのテーブルを囲んで座っていると話の流れから先日の魔法基礎クラスの授業の話になった。すっかり仲良くなったカイゼルにメイが、授業で習得した体に帯びた放出魔力を体内に押し込めるところを披露する。
得意げなメイが可愛らしいけれど。
「そうなの?でもカイゼルはできるんでしょ?」
私は彼の言った、上級クラスの生徒でもほとんど出来ないという言葉に驚いていた。
1度目は普通系列の淑女科だった私は、他のクラスの平均能力が分からない。
いくらオリヴァー先生がどんどんと皆に技術を教え込んでいるとはいえ、さすがにそこは基礎クラス。目標は他のクラスの生徒を出し抜くことではあるけれど、1年も経っていない今の段階では上級クラスはおろか普通クラスにも及ばないものだとばかり思っていた。
「僕は…………出来ない」
「「「えっ!?」」」
衝撃の事実に私達女子3人の声が重なる。
カイゼルは悔しそうに、少し拗ねたような顔をした。
「なんだよ、3人して……大体、放出魔力をゼロにするって早々できることじゃないんだからな!」
魔法基礎クラスなのに全然基礎じゃない!とカイゼルがブツブツと言い募る。
「いえ、私もまだ出来ないのであまり人のことは言えませんが……カイゼル様程魔法の才能を持っている人でも出来ないのだと驚いてしまいました」
サマンサ様はあの後、土属性の放出魔力をゼロにすることはできるようになったものの、まだ水魔法については難しいようだった。
そんな彼女の正直な気持ちだったのだろう。
そして、私はふと思いつく。
「ねえカイゼル、ちょっとやってみてくれない?」
「なんだよ、自分ができるからってー!」
「いえ、そうじゃなくて、あなたが出来ない理由、私が躓いた理由と同じかもと思って」
私がそう言うと、訝し気な顔をしながらもカイゼルは渋々魔力操作を始める。
「わあ……」
カイゼルの丁寧な魔力操作に思わず感嘆の声が漏れる。
思えば魔力を感じ取れるようになって、初めてカイゼルが魔力を使うところを見たのだ。
彼の4種類の魔力は美しい流れを作りながらその体に収束されていく。こんな風に魔力を操るのだと、お手本のような魔力操作だ。これが、魔法の天才の力なのね……。
もちろんカイゼルがここまでになるまでの努力は計り知れない。それでもやはり、素晴らしい才能を感じずにはいられない。
魔力を感じ取れないメイとサマンサ様は、私が感激している様子を不思議そうに見ていた。
そして、私の予想は当たっていた。
「エリアナ、これが限界なんだ」
魔力操作をしながらも悔しい顔を浮かべるカイゼル。
私はオリヴァー先生にもらったアドバイスをカイゼルにも伝える。
「魔力量が多すぎると、体に収めきるには容量が足りなくなるんですって。魔力を圧縮するイメージで密度を濃くするようにとアドバイスをもらったわ」
「なるほど……!」
私の言葉を聞いて一瞬目を見開いたカイゼルは、すぐに魔力操作の動きを変えた。
「エリアナ!できた!」
そして、すぐにできるのがやはりカイゼルだ。4属性持ちのカイゼルは、私よりよほど難しいはずなのに。
******
「それにしても、基礎クラス担当のオリヴァー先生って何者なんだろうな」
やっと落ち着いてお茶を飲みながらカイゼルがそんな疑問を口にする。
「小さな頃から魔力を増幅させることばかり考えていて、圧縮して密度を濃くするなんて考えたこともなかった。1度知ってしまうとどうしてそんな簡単なことを思いつかなかったのかっていうくらい当然のことなのに」
出来上がった常識があると、それ以外のことは考えられなくなるのは世の常だ。
カイゼルは幼い頃から魔法の才能とセンスがあったが故に、魔法に対する『当たり前』が出来上がるのが早かったのだろう。
こういうことがあるから、どんなに才能や実力があっても学園に通うのだ。
「これで放出魔力をゼロに出来ないのは、私だけになってしまいましたわね……」
サマンサ様が複雑そうな顔をする。
元気の出たカイゼルはそんなサマンサ様に提案した。
「じゃあ今度は僕がサマンサ嬢の魔力操作を見てみるよ!多属性での難しさで躓いているならきっとアドバイスできると思う」
「いいんですか?」
カイゼルの提案に、サマンサ様は目を輝かせて喜んだ。
――そうして。
「やりました!私にもできましたわ!」
そんなサマンサ様の嬉しそうな声が響いたのは、カイゼルがアドバイスを始めてすぐのことだった。
******
「結局ほとんど魔力操作で盛り上がって終わっちゃったわね……」
夜、3人が帰った後、部屋で独り言ちる。
前回は殿下達も含めて今後の方針についての話だったから、今回は純粋にお茶を楽しもうとメイとサマンサ様を招き、思いのほかメイとカイゼルが意気投合していたからカイゼルも呼んだのだった。
「私達もすっかり魔法バカね」
カイゼルに披露し得意げだったメイ。悔しそうだった表情から一転、一気に元気を取り戻したカイゼル。自分もすっかり放出魔力をゼロに出来るようになり、嬉しそうな声を上げたサマンサ様。
昼間の光景を思い出し、思わず笑みが零れる。
そんな風にゆっくりと過ごしていると、部屋の扉がノックされた。
「エリアナ、今いいかい?」
聞こえてきたのはお兄様の声だ。
私は返事をしながら扉を開けた。
「お兄様、帰っていたのね!おかえりなさい」
お兄様は今日、テオドール殿下の執務の手伝いに王宮へ出仕していたのだ。
「ああ、ただいま」
「リッカにお茶を淹れてもらう?」
「いや、用件を伝えに来ただけだから今はいいよ」
「用件?」
「ああ……エリアナ、次の休日はカイゼルを連れて王宮へ向かうからそのつもりでいて。テオドールから、宝物庫へ入る算段がついたと言われた」
――ついに、王宮の宝物庫へ。
「分かりました」
そこに、聖女の力が込められた王家の至宝があるのだろうか。
デイジーの、私を嗤うような笑顔が頭の中に浮かんで消えた。




