魔法基礎の生徒達
その日の魔法基礎の授業時間に、私は考えていた。
自分さえもっと力をつければ、デイジーの力の影響を解くことができる。そう思ったら、これまでパズルのピースのようなヒントが見つかるばかりで何も解決する方法が見えなかった中に、希望が見えて安心したのかもしれない。少し他のことも考える余裕ができたのだ。
デイジーの力の影響を受けている人と、影響を受けずに済んでいる人では何が違うのだろうか?
魔力基礎の生徒は……誰1人影響を受けていないようなのだ。
「今日は魔力の気配を完全に消す練習をしましょう」
オリヴァー先生が授業内容の説明を始める。
今日は久しぶりに競技場ではなく、教室での授業だ。
「魔法適性のある者は、適性属性の魔力を帯びています。魔力量によりその量も変わりますが、体に帯びた魔力は体内に留まらず少なからず放出されているのです」
オリヴァー先生は教室で席に座る生徒たちの間を歩きながら全員に語り掛けるように話している。
「しかし、魔力の強い者や才能がある者、魔力に対する感受性が高い者などはその魔力を感じることができるのです。これにより、例えば争いに巻き込まれた場合、身を潜めても魔力を感じ取られて居場所を突き止められてしまう可能性も考えられます」
カイゼルや私が魔力を感じることができる能力のことだ。
「ただ、訓練さえ積めばその体から放出される魔力を限りなくゼロにすることができます。そうすれば、魔力によって敵に居場所が分かることはありません。今日はその練習をしましょう」
身体に帯びる放出魔力で分かるのは居場所だけではない。
感情の波によって、魔力が揺れるのだ。そのため、強い感情はどれだけ上手く抑えていても魔力で伝わってしまうことがある。
尤も、他人の魔力を感じ取れる程の適性を持っている人は優れた魔法士の中でも少ないらしい。しかし、魔力を感じ取れることを公言しない人も多いらしく、誰がそうであるかは必ず分かるわけではないので、有事の際には警戒するに越したことはない。
そして、授業にこの内容を組み込めると言うことは恐らくオリヴァー先生は感じ取れるのだろう。
もしかして、それも私が聖女であることを先生に感づかせた一因かもしれない。
先生は1度も口に出さないので絶対ではないのだけれど、これまでの出来事を考えると私が聖女だと確信しているはずだった。
先生の解説通りに魔力を操作し、放出している魔力を体の中にぎゅっと押し込めるようなイメージを展開していく。
「先生―!これとっても難しいです!」
最初にそんな風に声を上げたのはマリンだった。
他の生徒も続々と悲鳴を上げ始める。
「上手くいってるのかどうかも分からない……」
「なんとなくこうかなってイメージはあるんだけどなあ」
「そもそも放出されてる魔力があることも今日初めて知ったわ」
確かに、傍から見ていても放出されている魔力が乱れているだけの人、体内に入ったり出たりしている人、全く動かない人……様々だが、どれも上手くいっていないのが分かる。
自分で認識することができない部分を操るのは確かに難しいだろうと思う。
実は、認識できている私も難しい。体内に入れ込むイメージはできるし、それなりにできているとは思うのだが、どうしても最後まで隠しきることができないのだ。
他のみんなは自分がどこまで出来ているかも判断できず、オリヴァー先生の評価を聞いて修正する。これは骨の折れる授業だ。
反対に、驚くほどすぐにこれを習得したのがメイだった。
「メイさん、本当に魔力操作が上手になりましたね。反魔法を操るための努力が実っているのを感じます」
「えへへ……」
普通の属性魔力よりも余程自分の意思でコントロールするのが難しい反魔法。
その反魔法をどんどん自在に操れるようになっていくメイは、今やこの授業を受ける生徒の誰よりも魔力操作に長けている。
そして、意外にも1番苦戦しているのがサマンサ様。
「こんなにも不甲斐ない思いになるのは久々ですわ……」
がっくり項垂れるサマンサ様にオリヴァー先生がアドバイスを送る。
「サマンサさんは2属性ですから、他の人よりもコントロールが難しくなっているのでしょう。焦ることはありませんから、まずはより自分の得意な属性に絞って操作してみてください」
「得意な属性……それなら土属性ですわね。やってみます!」
サマンサ様は元々土属性の勉強は学園入学前からずっとしてきていた。そういえば入学時の魔力測定の際に水属性も持っていることが分かったのだった。
2属性であること以外に、2つの適性のコントロールのしやすさに差があることも難しくしているのかもしれない。
「エリアナさんも、珍しく苦戦しているようですね」
そう先生に声をかけられてはっと我に返る。
そうだわ、人の分析をしている場合じゃなかった……私は魔力の流れをなんとなく見ることができるのに、どうしてうまくいかないのだろうか?
「エリアナさん、あなたは魔力量が多すぎるのです。ただ体の中へ入れていくだけではなく、魔力の密度を高くするんです。ぎゅっと圧縮するイメージを心がけてみてください」
オリヴァー先生が小声でそう教えてくれる。
圧縮して、密度を高める……。
先生の言葉を意識しながら、もう1度魔力の操作をする。
圧縮する、密度を高める。そして、それを丁寧に体の中にしまっていく。
「出来たわ……!!」
今度は拍子抜けするほど簡単に放出魔力が全て体内に消えていった。
「え!エリアナ様できたんですか!?」
私の呟きを拾ったサマンサ様が驚きの声を上げる。
嬉しくて思わずオリヴァー先生の顔を見ると、先生は微笑みながら頷いてくれた。
「完璧ですね、エリアナさん。皆さんは魔力が見えないかもしれませんが、コツを掴めばあっという間です。そして、上手くいった時には恐らくすぐに分かりますよ。頑張りましょう」
そこからはまた皆の悲鳴と唸り声が響き始めた。
******
授業が終わり、教室を出る前に疑問に思っていたことをメイとサマンサ様に零す。
「魔法基礎の皆は誰もデイジーの力の影響を受けていないようだわ。影響を受ける人と受けない人の差はなんだと思う?」
1度目の時は、学園のおそらく全員が影響を受けていたのではないかと思う。
学園以外でも、少なくとも神殿の者、王宮の者はデイジーの力に支配されていたはずだ。
それが今回はこうして影響が出ていない人が多く存在している。1度目を繰り返している歪みがあるにしても、何か明確な差があるのではないだろうかと思うのだけど……。
「まず、デイジー・ナエラスとの物理的な距離かしら?」
サマンサ様が頬に手を添えながら唸る。
「それは1つありそうですね。でも、カイゼル様のようにすぐ近くにいても大丈夫な人もいますよね?」
メイの言葉にふと思い至る。
「そういえばカイゼルは、巻き戻る際に私の魔力を浴びたから正気に戻ったのだと言っていたわ」
「では、エリアナ様の魔力を受けたことがある者はデイジーの力では操れない?」
サマンサ様の言う通りならば、魔法基礎の生徒が全員影響を受けていないのも説明がつく。
だけど……。
「でも、それだとジェイド殿下が影響下にあることに説明がつかないの」
婚約してすぐの頃、剣術の訓練を始めたばかりの殿下の怪我を治癒したことがある。
治すほどの怪我ではなかったけれど、だからこそ私の基礎魔力でも治せる程度で、婚約者の戯れとしての治癒だった。
カイゼルの無事を思えば、例えジェイド殿下が1番近くで誰よりも強くデイジーの力を受けていると考えても、さすがに辻褄が合わないように思う。
「うーん、後は何が考えられますかね……?」
メイが首を傾げる。
私達は話を続けながら次の授業のために教室を出た。
その時、私達の進もうとした廊下の先にジェイド殿下の姿が見えた。
こちらに気付いて、すぐに苦々しい表情で睨みつけてくる。
ふうっと1つ、息をつく。
今日も、辛い時間が始まる。
心配そうなメイとサマンサ様に大丈夫だと笑いかけ、震える体を隠すように、気持ちを強く持ち足を進めたのだった。




