希望を前に力が足りない
「お待たせ!」
メイに連れて来られた空き教室に2人で待っていると、男子生徒を引きずって現れたカイゼル。
男子生徒はどうやら眠っているらしい。なかなか手荒に連れて来られているようなのに目が覚めないところを見るに、カイゼルの魔法で眠らされているのだろうか。
「えっと……これは?」
困惑する私とは対照的に、メイはにこにこしている。
「大丈夫です!ちょっと協力してもらうだけで、この方を痛めつけたりするわけではありません!」
「そうそう、相手はちゃんと選んでるから、自分が何をされたのかどころか、何かされたことにすら気づかないと思うから大丈夫!」
カイゼルもにこにこと同調するけれど、何か不穏なことを口にしているような気がする。
「全然大丈夫そうに聞こえないんだけど、何をするつもりなの……?」
「エリアナ様、検証しましょう!」
メイはカイゼルと目を見合わせた後、満面の笑みでそう言った。
検証って……なんの?
困惑が深まる私に、2人はこれまでの経緯について説明してくれた。
デイジーの力が作られた聖女の力だとして、それをどうにか解く方法はないのか2人なりに考えていたらしい。そして、驚くことにすでに行動に移していた。
まず、カイゼルがデイジーの側で、彼女の力の影響を感じられる生徒の中から適任を選び、今回のように気づかれないように眠らせて連れてくる。
そして、眠ったままの相手にメイが反魔法をかけるのだ。
その後、またカイゼルが対象を観察し、デイジーの力の影響に変化がないか観察する。
カイゼルはデイジーの力を、その正体が何かまでは分からなかったものの、はっきり他と違うことを感じ取れるから。
どの方法が効果があるか、もしも効果があるとしたらどの程度干渉することができるのか、もしくは解くことができるのか?2人はすでに数回の『検証』を行っていた。
1人目には魔法拒絶を試し。
2人目には魔力反射を試し。
3人目には魔力吸収を試し。
4人目には魔法解除を試した。
魔法拒絶はデイジーの力を拒絶することは叶わなかった。
魔力反射も対象者本人の魔力を弾くばかり。
魔力吸収で魔力枯渇まで行けば力の影響ごと取り払えるのでは?という目論見も失敗に終わり。
やっと試すことができるレベルにまでなった魔法解除でもその力への干渉は無理だった。
つまり、全て失敗に終わったのだ。
今日で5人目。反魔法では無理だと判断した2人は、私の本物の聖女の力でならば対抗できるのでは?と今日の検証に私を呼んだのだった。
「魔法解除は数回に1回成功するくらいで、発動できたとしてもまだ力も弱いんです。だから一応、もっともっと能力を鍛えてもう1度試してみようとは思っているんですけど」
そう話すメイの声には悔しさが滲んでいた。
私は……驚きでいっぱいだった。
2人はいつの間にそんなことを考え、実行していたのだろうか。
今日で5回目。4回も繰り返すのはきっと大変だっただろう。
「僕じゃデイジーの力に干渉できないのは身をもって分かってるから……これくらいしか出来なくて悔しいけど」
そう言って申し訳なさそうにするカイゼル。だが、1番危険を冒しているのは彼なのだ。
力の影響を受けていないにも関わらず、そうであるかのように振る舞ってデイジーの側にいることもそう。今回のことだって、カイゼルのことだから抜かりないとは思うものの、万が一生徒を眠らせ何かをしているということが知られればカイゼルの立場は危うい。
それに、私は2人の心遣いにも気づいていた。
「エリアナ様は大変な時なのに、結局こうしてお呼び立てすることになってごめんなさい」
そう、2人は私にこれ以上の負担をかけないよう、出来れば2人だけで解決策が見つかればいいと思っていたのだ。
私は今、ジェイド殿下に睨まれているから、こうして行動していることがあの人の目に触れてしまうと非常にまずいと考えてくれたのだろう。
「2人とも……本当にありがとう」
大変な思いをさせてしまって申し訳ない。
だけどそれ以上に、2人の気持ちと行動がありがたくて……嬉しかった。
「私は大丈夫だから、一緒に頑張りましょう!私も2人には負けないわ!」
私がそう言って両手を胸の前で握り戦うポーズをとると、メイはほっとしたような顔をした。
「じゃあ、申し訳ないけどさっそく検証してみよう。あまり長くこの生徒を隔離しておくのも良くないしね」
カイゼルはそう言って眠ったままの男子生徒を見やる。
彼は今、椅子の背に持たれるように座らされている。
検証を試みる相手はカイゼルが選んでいるらしい。
まず男子生徒であること。カイゼルが接触し、魔法で眠らせ連れてきて、その後様子を観察するのだ。いくらバレないように慎重に行っているとはいえ、さすがに女子生徒が相手では問題がある。もちろん男子生徒なら問題がないというわけでもないのだけど。
そして、私達と直接的に繋がりがないこと。
同じ学園の生徒である以上全く繋がりがないことはないのだが、少なくとも付き合いがある生徒は除外しているらしい。
最後に、程よくデイジーの力の影響を受けていること。
影響が小さすぎる相手は検証の効果が分かりにくいし、強すぎると相手が暴走する可能性がある。デイジーの力の影響は絶大だから。
「やってみるわ」
そう答えてふうっと1度大きく息を吐きだす。
「私やカイゼル様は不測の事態に備えているので、安心してくださいね!」
メイはそう言いながら、頑張れ!と応援するように胸の前で小さくガッツポーズを作った。
椅子に座り眠る男子生徒の肩にそっと手を添える。ずっと感じてはいたものの、体に触れるとより強くデイジーの力だと思われるものを感じた。
「これはやっぱり……聖女の力と同等のものだと思うわ」
感じ取っていてあまり違和感がない。最終的には全く別物であることも強く感じるが、聖女の力を模して作った力だと思うとしっくりくる。聖女の力を持つ私と、波長の合う力だと言うことだろう。
「いきます」
そう口に出してからそっと目を閉じる。
いずれは普通にしていて聖女の力を奮えるようになるといいのだけど、今の私はまだ、そうして集中しなければ強い力は使えなかった。
男子生徒の体の中で、本人の魔力に纏わりつくように蠢く作られた聖女の力を浮かび上がらせるイメージでキャッチしていく。
そして、感覚的に浮かび上がったその力に向けて……聖女の力での消滅を試みた。
驚くことに私の力から逃げようとするような動きを感じる。
徐々にじわじわと消していくイメージでいたけれど、それでは体の中で追いかけっこのように逃げられて捕まえられない。
「すごい、力の動きが見える。逃げまどっているのか?」
普段は感じられるだけのカイゼルに視認できるほど強く私とデイジーの力が浮かび上がっているらしい。
「エリアナ様、頑張って!」
邪魔にならないように小さく呟くメイの声が聞こえる。
手応えを感じる!
だけど……それから少し続けて私は魔力を注ぐのを止めた。
これ以上は、この男子生徒の体に負担がかかりすぎる恐れがある。
私の魔力はともかく、デイジーの力の源は悪しき魔の力なのだ。いくら聖女の力に似ているとはいえその事実は変わらない。そんな力が体の中で暴れるように逃げまどって、負担がない確証がなかった。
「エリアナ……お疲れ様。賢明な判断だったと思う」
カイゼルが私の肩をぽんと叩き、メイも労わる様にこちらに頷きかけてくれる。
だけど……悔しい。
手応えはあった。間違いなく効果がある。
それが分かるのに、私の力が足りないせいで取り払うことができない。
力が、及ばなかった。
自分の不甲斐なさに項垂れる私にメイが励ますように声を掛けてくれる。
「エリアナ様……一緒に、一緒に頑張りましょうね!私も反魔法をもっともっと磨いて、エリアナ様のサポートができるように頑張ります!効果はあったんです!解決の希望が見えました!」
メイの言葉に、これ以上落ち込むのは止めて、私も前向きに力を得る方法を考えようと切り替えた。
落ち込むのは後でもできる。
ターニングポイントと思われる1年生の終わり、2年生の始まりまであと少し。
鍵はやはり、私の聖女の力が握っている。




