食堂での出来事
サマンサ様は学園医療棟の医療室から自宅に移り、念のためにと3日間程静養して学園に戻った。
どうやったのか、ご両親にはオリヴァー先生が手をまわしたらしく、一時的にでも右手を失ったことは知られていなかった。
けれど、ご両親にまで右手を失ったことを隠していたということは、オリヴァー先生には知られる前に治癒できるという確信があったのでは?とも思う。もしそうなら、私が聖女だということも、やはり気付いているのではないだろうか。
敵ではないことは分かる。だけど……オリヴァー先生もなかなか得体が知れない。
サマンサ様とメイと昼食を摂っていると、食堂でソフィア様が近づいてきた。
その表情は強張っていて、緊張を隠せないようだ。
「ドーゼス様……クライバー様とのこと、私が出すぎた真似をしたせいで大変なことになってしまい申し訳ありませんでした」
そういうと彼女は深く頭を下げた。揃えた手をぎゅっと握り、少し震えている。
他にも多くの生徒がいる食堂での出来事。周りの生徒が驚いてこちらを見ている。
そんなソフィア様の姿に、サマンサ様が慌てて声を掛けた。
「ラグリズ様、顔を上げてくださいませ。あなた様のせいだなんて……そんなこと何もありませんわ」
「ドーゼス様……いえ、でも」
恐る恐る顔を上げたものの俯きがちで、それでも言いつのろうとするソフィア様に、サマンサ様は微笑みかける。
「それに、ラグリズ様には感謝しているんです」
「……?」
「私、リューファス様のことで……傷ついて委縮するばかりで、諫めることもろくにできませんでした。ですが、ラグリズ様が私の分まであの方を諫め、怒ってくださって……嬉しかったんです。だから、ありがとうございます」
ソフィア様は目を見開いた後、瞳を潤ませて、もう一度頭を下げてその場を後にした。
サマンサ様が言うには、自宅で静養中にも彼女から花やお菓子などの見舞いの品が多く届けられたらしい。
ソフィア様のお心も心配だ。
そんなことを考えていると、食堂の入り口辺りがにわかに騒めくのを感じた。
何かしらと視線をやると、その中心にいたのはお兄様と、……テオドール殿下。
「エリアナ!ここにいたんだね、会えて嬉しいよ」
「お兄様?テオドール殿下も……ごきげんよう。どうして食堂に?いつもいらっしゃらないでしょう?」
2人はいつもテオドール殿下に用意された王族用の専用サロンで昼を過ごしているはずだ。ジェイド殿下のように。それぞれ別にサロンを準備されていて、棟も違うため昼に会うことは今までなかった。
尤も……今は私がジェイド殿下のサロンで過ごすことはないのだけれど。
私が不思議に思っているのを察したお兄様がそっと近寄り、耳元に顔を寄せた。
「テオドールがエリアナの様子を気にするから、お前を探して会いに来たんだよ。エリアナはもう大丈夫だって私が言っても納得しなくてね」
「まあ」
なんと、私が理由だった。
私の様子を見る為だけに、いつも来ることのない食堂にわざわざ?
ちらりと窺った先にいる、何食わぬ様子ですました顔をしているテオドール殿下がなんだかくすぐったい。
「君たちがエリアナの友達かな?」
お兄様が私から離れ、ぽかんと様子を見ていたメイとサマンサ様に笑顔を向ける。
「申し遅れました、サマンサ・ドーゼスと申します」
「あっ、あのっ私はメイと申しますっ!」
「私はランスロット・リンスタード。エリアナの兄だよ。君たちのことはいつもエリアナから聞いているよ。この子と仲良くなってくれてありがとう」
「お兄様ったら……」
なんだか少し照れくさくて口を尖らせて軽く抗議する。
そんな私の様子に皆が揶揄うように少し笑った。目が合ったテオドール殿下まで笑っている。
「今度、良かったらうちにも是非遊びにおいで」
お兄様が2人を誘うと、2人も嬉しそうに返事をする。
そんな3人を微笑ましく見つめていると、テオドール殿下がさりげなく私の側に来た。
「エリアナ嬢、元気そうで良かった。君も、彼女もね」
彼の視線の先には笑顔のサマンサ様がいる。
「はい、心配してくださりありがとうございます。2人に話すことも反対せずにいてくださって……頼もしくて、信頼できる友人です」
「そのようだね……彼女たちと一緒にいる時の君の表情を見ていれば分かるよ」
殿下はそう言ってにこりと笑った。
「近いうちに、彼女たちも交えて今後の話が出来たらと思っているから、そのつもりでいてほしい」
「分かりました。ありがとうございます」
そんな風に和やかに時間が過ぎていた、その時だった。
「私達、いつもジェイド様のサロンだから、たまには食堂でお昼を食べるのも新鮮で楽しいですよお!」
きゃははと楽しそうな笑い声が耳に届く。仮にも貴族令嬢らしからぬ大きな声だ。
食堂に入ってきたのはデイジーと、彼女を取り巻くように囲むジェイド殿下やリューファス様、エドウィン様達だった。
その後ろに1歩遅れて着いてきたカイゼルと目が合うと、しまったというような顔をした後その表情を歪めた。げんなりしているのだ。
カイゼルはずっとジェイド殿下達の側にいるが、いつか言っていたように本当にもうデイジーに惑わされることはないらしい。
それでも側にいて、彼女の動向を注視している。
カイゼルがげんなりするのも無理はない。
サマンサ様が大変な目にあい静養する前、リューファス様は鉢合わせする度にわざわざ寄ってきてはつっかかるように彼女を詰っていた。
数日空いた上、さすがにサマンサ様が事故にあったことは耳に入っているはずなので、どう出るのか……。不本意ながら婚約破棄まで叫んだわけなので、放っておいてくれるといいのだけど。
大体、夏休みが終わってからはずっと、デイジーを交えたこの集団はずっとジェイド殿下のサロンで過ごしていたはずなのに、どうして今になって食堂を使おうだなんて思ったのか。
来るはずがないと思っていたからこそ、いつもメイとサマンサ様とここで過ごしていたのに、少し油断し過ぎたわね……。
とは言え、今はお兄様やテオドール殿下もこの場にいるのだから、きっと大丈夫だろう。
そんな風に思っていると、予想外の方向から攻撃はやってきた。
「エリアナ、最近デイジーが酷い嫌がらせを受けている。まさかとは思うが君の仕業じゃないだろうな?」
先頭を切って厳しい声を浴びせかけてきたのは、まさかのジェイド殿下だった。
その剣幕に、思わずちょっと驚いてしまう。
ジェイド殿下はこれまではどちらかというと、サマンサ様を攻撃しようとするリューファス様や、こちらをまとめて悪者と糾弾しようとするエドウィン様や他の子息達を宥め、叱っていたのだけれど。
「ちょっと、ジェイド様ぁ、そんな怖い顔しないで?向こうに行きましょう?」
デイジーの力の影響が強まった結果、彼女の希望通りに人のいる前で私を貶めようとしているのかと思ったが、不思議なことに当のデイジーがジェイド殿下の態度に焦った様子を見せ止めようとしていた。
「デイジー、君は黙っていて」
「……っ!」
おまけにジェイド殿下はデイジーにまで冷たい目と厳しい声を向ける。
周りを見ると、リューファス様達ですら驚いたような顔をしていた。
これはどう解釈するべきなのかしら?
「エリアナ、君は私の婚約者なのだから、立場をわきまえた行動をするんだ」
暗に低俗な嫌がらせを止めろと言っているようだけど、残念ながら1度目と同様身に覚えはない。どう返したものかと思っていると、私を庇うようにテオドール殿下が1歩前に進み出た。
「随分な言い方じゃないかジェイド。お前こそ、婚約者にその態度はどうなんだい?」
「兄上は口を出さないでくれ!それに兄上がそうやって無暗に甘やかすから彼女がつけあがるんだ」
驚くことに、ジェイド殿下は穏やかに諭そうとしたテオドール殿下にまで噛みつくように声を荒げた。
あまりにもピリピリとした空気に、カイゼルが慌ててジェイド殿下を遮る様に前に出る。
「ほら、ジェイド殿下、デイジーが怖がっています。やはり食堂で昼食を摂るのはまた今度にして、今日はサロンに戻りましょう」
「だが」
「ね、もう行きましょう。早くしないと午後の授業に間に合わなくなりますし」
半ば強引に促すカイゼルの言葉に、ジェイド殿下はいかにも不満そうな顔をしていたが、デイジーがジェイド殿下の腕に絡みついてぐいぐいと引っ張って行った。
彼らがいなくなった後の食堂には、何とも言えない空気が広がっていた。
いつも読んでくださってありがとうございます!
感想や評価ポイントやブクマ本当にありがとうございます。めちゃくちゃ励みになっています。
それから……何度も書かせてもらってますが、誤字報告もいつも本当にお世話になっています><
誤字ばかりですが見捨てずにいつも付き合ってくださり感謝しかないです><




