戦う覚悟
メイと連れ立ってサマンサ様のいる医療室に戻り、私はもう1度、より強く後悔することになった。
ついさっきまで意識が戻っていなかったはずのサマンサ様は、目を開けて静かに天井を見つめていた。
じっと、その目から涙を流しながら。
「サマンサ様っ!」
駆け寄るメイに、私達を安心させようとしたのか、サマンサ様が緩く微笑む。
「迷惑かけて、ごめんなさい。皆と一緒にこれだけ学んできているのに、今更魔力暴走なんてさせてしまって恥ずかしいわ」
「サマンサ様……何があったか覚えているんですか?」
「ええ……メイが私の魔力を吸収して止めてくれたことも、ちゃんと覚えているわ。……私の体がどうなったかも分かってる。皆にケガさせずに済んで良かった。右腕だけで済んで、本当に良かった!」
サマンサ様は、笑顔のまま明るくそう言おうとして……失敗した。
笑おうとした表情のまま顔が歪み、堪えきれなかった涙がぽろりと溢れる。
「あれ、ごめんなさい、なんでだろう、全然大丈夫なのよ……全然、大丈夫なのにっ……」
「――サマンサ様」
ベッドの上でとめどなく涙を流すサマンサ様の側に寄り添う。
手を伸ばし、彼女の右肩に手を置くと彼女はびくりとその体を揺らした。
肘から先がない、その右腕。欠損部自体は治癒魔法で処置されているらしく、巻かれている包帯の状態も清潔だ。おそらくこの包帯は、サマンサ様の心を慮って、ただその先がなくなった腕を隠しているだけのものだろう。
私は、サマンサ様の目をじっと見つめた。
「サマンサ様、想像してみてください」
「え?」
「サマンサ様は学園を卒業後、きっと幸せな結婚をして、たくさん子供を授かります。男の子がいいですか?女の子がいいですか?……ああ、でもサマンサ様は魔法の才能も有るので、いっそリューファス様なんて捨てて、魔法師団に入って活躍するのもいいかもしれません。結婚はいつだってできます」
「エリアナ様……?」
リューファス様には、もう、と言いかけるサマンサ様に喋らせないように私は続ける。
「結婚でも、仕事でも、サマンサ様は好きに生きられます。なんなら、何か趣味を見つけてもいいですね。絵なんてどうですか?サマンサ様は手先も器用だし、きっとセンスもいい気がするんです」
手先、というワードに反応し、もう1度その体が揺れた。
「サマンサ様は、なんでも手に入れられます。何が欲しいですか?なんでもいいんです。あなたは、その両手にいくらでも幸せを抱えていける」
「エリアナ様、何を……私の右手は、もう、もう、戻っては来ないのに」
意味が分からないという顔で声を震わせるサマンサ様の目を、より一層強く見つめる。
ごめんなさい。たくさん辛い思いをさせてしまって、ごめんなさい。
「いいえ、戻ります。あなたは何も変わらない。あなたの幸せに影を落とすものは、私が全て取り払って見せる。あなたの全ては私が守ります。心も、命も、……未来も」
自分が無神経なことを言っている自覚もあった。けれど、本当に私は情けない人間で、こうして絶対に失敗が許されない状況にならないと、最後の勇気が出なかった。
私が、絶対にサマンサ様を治す。
ごめんなさい。ごめんなさい、サマンサ様。
私がもっと強ければ、もっと早く覚悟ができていれば、あなたをこんなにも傷つけ、悲しませることなんてなかったはずなのに。
私はいつも、遅すぎる。
何かが起こって、それから後悔する。
失敗して嘆くならばまだいい。失敗すらする前に全て奪われてしまう。
巻き込むのが怖いから、動かなかったんじゃない。本当は、守る自信がなかったからだ。守る覚悟が、できなかったからだ。
「エリアナ様……?」
不安そうな声を上げるメイに、微笑みかける。
「もちろん、メイのことも私が守るわ」
巻き込んで、ごめんなさい。
カイゼルがいつだったか言っていた。デイジーの1番の目的はジェイド殿下だったと思うと。ならば本当は、傷つき不幸になるのは私だけでよかったはず。それこそ、1度目の時のように。
でも。
「どうか、私を信じてください。そして、出来れば……これからも2人に、私を助けてほしい。私は、弱い人間だから」
サマンサ様が何かを答える前に、その右腕に手を添える。
目を閉じ、意識を集中させていく。
神殿で、ミハエルの傷を癒した時とはわけが違う。
上手くいく保証はない、大きな力を使うのに、失敗は許されない。初めてのことで、正直怖い。それでも絶対に治してみせる。
私は今まで、カイゼルやお兄様、テオドール殿下に甘えていたんだと思う。
時を巻き戻ってからは、1度も私自身が頑張ることなんてなかった。人に頼り、支えられてばかりだった。悲しい時も、辛い時も、誰かが側にいてくれた。
きっとこれからも、弱い私は1人では頑張れない。1人では何にも立ち向かえない。
大事な人が増えてしまったから。大事な人に寄り掛かることの安心感を、自分の弱さを知ってしまったから。
誰かの為ならこんな自分でも頑張れると、知ってしまったから。
集中力が高まったところで、ゆっくり目を開き、感覚と視覚の両方でイメージする。
私の青い炎が、サマンサ様の右腕の部分をかたどる様に覆い隠していく。
日が落ち始め、少し薄暗くなった室内がぼうっと青白い炎の光を受け、なんだか少し幻想的だ。
「綺麗……」
思わず零れたメイの呟きを聞きながら、さらに込める魔力を強くしていく。
腕だけじゃなく、サマンサ様の心まで癒えますように。その右手がこれからも、たくさんの幸せを掴めますように……。
「嘘でしょう……?」
サマンサ様のそんな声を聞きながら、もう少し癒しのイメージを加える。
そうして私が青い炎を収める頃には、サマンサ様の右腕はすっかり元通りになっていた。
「こんな、ことって……」
「右手は問題なく動きますか?違和感などもないですか?」
「はい……」
私が治癒のためにかざしていた手を離すと、サマンサ様は右手を握ったり開いたりしながらじっと見つめていた。
「す、すごい……腕が生えた……腕が生えました!」
メイはその右腕に飛びつくように縋りついて、そのまま声を上げて号泣した。
サマンサ様は、しばらくずっと呆然としていた。
******
我に返ったサマンサ様は何度も私に向かって頭を下げ、声を詰まらせながらお礼の言葉を呟き続けていた。
癒えたとはいえ、一時的にでも体の一部を失った精神的負担は計り知れない。
ゆっくり休んでもらうようにお願いし、私とメイは医療室を後にした。
最後に、私は2人にお願いした。
「明日、大事な話を聞いてほしいの」
私の破格の癒しを目の当たりにした後の2人は、何も言わずに承諾してくれた。
邸に帰ると、お兄様が出迎えてくれた。
「お帰り、エリアナ。今日は遅かったね」
「お兄様……」
労わるようなその声についに堪えきれなくなって、私はお兄様に抱き着いて泣いた。
そこから私が落ち着くまで待って、お兄様は私の話を聞いてくれた。
サマンサ様が魔力暴走を起こしてしまったことなどは知っていたので、随分心配も掛けてしまっていたらしい。
そして、2人に全部話そうと思うと言った私に、優しく微笑みながら頭を撫でてくれた。
「お前がそうしたいと思ったなら、それでいいんだ。誰もそれを反対なんてしないよ」
「お兄様……ありがとうございます」
「それに、テオドールも心配していたよ」
「テオドール殿下が?」
「ああ。まさに今日、伝言を頼まれた。……『何があっても君を守るから、君のやりたいようにやってほしい』だってさ。……あいつ、かっこつけてるよな?」
拗ねたような顔をするお兄様がおかしくて、赤い目のまま思わず笑ってしまう。
胸がぎゅうっと締め付けられるようだった。
ほら、今日も、私は大事な人達に守られている。




