魔力暴走の原因
サマンサ様の事故から2日経った。
討伐授業中に起こった事故ということで、一時はオリヴァー先生の立場も危ぶまれるかというところだったが、レベルに合わない場所で行っていたわけでないこと、魔物が原因の被害ではなかったこと、2次被害は回避できたこと、そして魔力操作ができるようになってからの魔力暴走は滅多に起きることではなく、事前に察知することは難しかったと判断されたことで、厳重注意に終わった。
他の生徒達や教師にはまだサマンサ様の意識が戻っていないことや怪我の程度は知らされていないこともあり、私もメイもいつも通り授業を受けている。
なんとか1日学園で努めて普通に過ごし、放課後はサマンサ様の元へ行く。
魔法基礎の他の生徒達も皆心から彼女を心配しているが、心苦しさを隠して誤魔化している。
「こんな時に気にするのもおかしいかもしれませんけど、私、許せません」
「大丈夫よ、私も同じ気持ちだから」
私とメイの医療室への入室は、オリヴァー先生の働きかけで特別に許可されている。
意識がないとはいえ、親しい者が側にいてくれた方が彼女のためにもいいだろうという医師の配慮でもあった。
私達が憤っている理由は1つ。
「いくらなんでも、お見舞いにすら来ないってありえません」
身体を震わせながらメイが呟く。それはリューファス様のことだ。
容態は伏せられているとはいえ、サマンサ様が事故に遭い、医療室で静養していることは当然耳に入っているはず。それなのに彼は、お見舞いどころかその様子を気にする素振りすらない。
デイジーの力の影響のせいかもしれない。
とはいえ、頭で分かっていても感情は理屈ではない。モヤモヤと湧き上がる鉛のように重い気持ちが抑えられない。
特に、そんな事情を知る由もないメイの怒りは大きかった。
目の前でデイジーにべたべたと侍り、能天気に甘い言葉を囁くリューファス様に、堪らず抗議しに行こうとするメイを何度止めたことか。
リューファス様だけではない。同じようにデイジーの側を片時も離れないジェイド様の姿を、今は見るだけで許せない気持ちになる。
しばらくサマンサ様の側にいて、今日は帰ろうと医療室を出る。
意外な人物が現れたのは医療室を出てすぐのことだった。
「サマンサ・ドーゼス様の容態はどうですか……?」
「え?」
突然の声にメイが驚く。
「……ソフィア様?」
ソフィア様は、こちらを窺うように立っていた。
「ドーゼス様は魔力暴走を起こしてしまったと聞き及びました」
「サマンサ様のことを心配していらしてくれたんですか?」
意外そうに聞く私に、彼女は憔悴した様子でぽつりと零した。
「彼女が魔力暴走を起こしてしまったのは、私のせいかもしれません」
「……どういうことですか?」
なぜソフィア様のせいでサマンサ様が魔力暴走を起こすことになるというのか。
訝しく思いその様子を見ていて、ふと気づく。ソフィア様は、かすかに体を震わせていた。
「……とりあえず、どこかでお話を聞かせていただけますか?」
黙って頷いたソフィア様と戸惑うメイを促して、場所を移すことにした。
医療棟の中にある応接室の1つを借りて中へ入る。
中は簡素で無駄なものがなく、清潔感が漂っている。ただ、その無機質さが私たちの緊張を増長させているような気がした。
「……あなた方は、ドーゼス様が事故に遭われた日の前日、今から3日前に学園で私や彼女と、リューファス・クライバー様の間で何があったか把握してらっしゃいますか?」
「……何も、知りません」
その日、午後は私もメイもサマンサ様とは別の授業で別行動だった。3日前、またリューファス様と衝突してしまったのだろうか?
「あの日、放課後の食堂でいつものようにクライバー様はあの男爵令嬢と婚約者のいる貴族令息にあるまじき距離で騒いでいて……あまりにも見苦しいと思い、苦言を呈したのです」
それは最近よくある出来事ではあった。彼らの非常識をソフィア様が非難し、リューファス様やエドウィン様、他のデイジーに侍っている令息たちが、屁理屈に近いようなことをまくしたてるのだ。
「彼らがあまりにも意味の分からないことばかり言い連ねるので、私もつい頭に血が上ってしまって……デイジー・ナエラスに言ってしまったんです。『あなたのせいで彼らはおかしくなってしまった。あなたは貴族社会にあってはならない異物のようだわ』って」
息をのむ。似たセリフに覚えがある。あれは、例の小説のセリフではなかったか?
そしてそこに、たまたまサマンサ様が通りかかったのだという。
「ドーゼス様は、私を止めました。自分の方が傷つき、憤っているはずなのに……『淑女であるあなたが、そんなことを言ってはいけない』と」
胸が苦しくなる。サマンサ様は、どんな気持ちでソフィア様を諫めたのだろう。
どんな気持ちで、リューファス様に寄り添うデイジーを、庇ったのだろう。
「サマンサ様……」
メイの呟きは涙声で震えていた。
「ですが、そんなドーゼス様に、クライバー様は吐き捨てるように言ったのです。お前だな、と、お前がデイジーを泣かせている元凶だな、と……っ」
声を詰まらせながら続けるソフィア様は、必死で泣くまいと堪えているようだった。
「そして、お前のような女との婚約は破棄する、と、そう言いました」
「あぁっ……!」
私は、声を上げて叫びだしてしまいたくなるのを堪えて、嗚咽を堪えきれなくなったメイの手を握った。
サマンサ様は、どんな気持ちで、心配する私達に「なんでもない」と微笑んでいたのだろう。
ソフィア様は、サマンサ様が魔力暴走を起こすほど追い詰められてしまった原因は、自分にあると言って泣いていた。自分が不用意に口を出したりしなければ、と震える声で繰り返しながら。
私は、
「悪いのはソフィア様ではありません」
とその背中をさすってあげることしかできなかった。
憤りを、もう隠せない。
1度目は、私を悪役に、忠実に小説をなぞる様に現実の時が過ぎた。
2度目の今、繰り返している影響か、全てが歪んで現実に影響を及ぼしているように思う。
私に与えられていたはずの悪役の役目が、今回はソフィア様とサマンサ様に押し付けられた形だ。
こんなことがまだ続くのか?いつだって、私は後手に回っている。
先回りして解決するには、デイジーが聖女の力を使っている証拠がない。
聖女の力を使っている証明ができない限り、現実として、裁きを受けるような罪があるわけではないのだ。
デイジーを、止められない。
それでも、私は覚悟を決めていた。
いや、覚悟を決めるのが遅すぎたのだ。
「メイ、私の話を聞いてもらえる?」
なんとか落ち着いたソフィア様を先に帰し、2人きりになった応接室で私は言った。
「大事な話を、聞いてほしいの。……とても大事な話を」
巻き込まれることが回避できないのなら、私が私の大事な人を守るしかない。
私の中の青い炎が、一段と大きく燃え上がるのを感じた。




