サマンサ様の変調
魔法授業では、実習として魔物の討伐訓練が始まっていた。
もちろん、1年生での魔獣討伐は本当に初級の、小さく弱い個体しか出ない場所でしか行われない。2年生、3年生と学年が上がり、実力をつける毎に討伐対象のレベルも上がっていく。
そして討伐授業も魔法授業のクラスごとに行われていて、そのクラスの能力に合わせた場所が担当教師によって選ばれる。さらに言えば、もしも危険な状況に陥った場合、担当教師の能力で余裕を持って対処できる場所に限定される。
その日もオリヴァー先生の指導の下、学園からそう遠くは離れていない、例年魔法基礎クラスが最初に討伐訓練を行う初級の森へ赴いていた。
「氷の矢!」
キースが水属性の中級魔法で無数の氷の矢を飛ばし、下級の魔物の体を貫く。
彼は攻撃系魔法の形成が得意で、あっという間に中級魔法を使えるようになった。
このまま着実に実力を伸ばしていけば難なく魔法師団に入ることができるだろうと思う。
「やった!前回より推定20%威力アップ!」
「炎の盾!キース!魔物を倒した後に油断する癖、治しなって!」
「うわ!あっ、あちちっ!ナターシャごめん!ありがとう!」
キースをサポートするように、横から飛び出してきた魔物に向けて火属性の下級魔法を展開したナターシャは、攻撃重視と言われる火属性の中、繊細な魔力操作で攻守バランスよく才能を伸ばしている。
「近くにいる魔物は今ので最後ですね……もう少し包囲を伸ばします!索敵!」
ジミーは風魔法を細く細く伸ばし人や魔物の魔力を感知することで位置や状況の確認を行っている。目には見えず、糸のように張り巡らせた風魔法を、どんどん遠くまで飛ばせるようになっていた。「自分に攻撃はあまり向いていないようです」と初回の討伐訓練で落ち込んでいた姿が嘘のように、補助役として抜群の存在感を示している。
その他の生徒も皆、苦手分野を嘆くことなく自分の得意分野を伸ばし、仲の良さも相まって私達魔法基礎クラスは素晴らしい連携を見せていた。
今日も全員が絶好調、オリヴァー先生の指導もいつも丁寧かつ的確で、程よく緊張感を持ち、程よく肩の力を抜いて全員がその力を発揮していた。
そんな中。
「エリアナ様……サマンサ様、大丈夫でしょうか?」
メイがそっと私に近づき心配そうな声を出す。
全員が生き生きと魔法を繰り出す中、サマンサ様だけがどこか精彩を欠いていた。
今日は、授業前に教室で顔を合わせた瞬間からどうも様子がおかしかった。
「どうかなさったんですか?」と聞いても「なんでもないですわ」と微笑むばかり。明らかに憔悴したような笑顔が痛々しく、何かあったのは明白だった。しかしすぐに討伐へ出発してしまったため、詳しく話を聞くことができなかった。
「そうね、この授業が終わったらお昼だし、後で一緒に話を聞いてみましょう」
「はい。休み明けからずっと元気がないし、心配です」
元気がないのも無理はない。あれからリューファス様は相変わらずデイジーにべったりで、サマンサ様が声を掛けても邪険にしている姿を何度か見かけていた。
メイも、もちろん私も、励ますことすらうまくできずにもどかしく思っていた。
せめて、話を聞きその気持ちに寄り添ってあげたい。
だけど思えば、この時に『後で』なんて思ったことが間違いだったのだ。
「次、東の方角から2体の下級魔物です!」
ジミーが声を上げる。
その言葉通りに、小さな魔物が視界の中に飛び出してきた。
その時。
「え!!?サマンサ様っ!!!!」
「きゃあああぁ!!!!!」
キースが大声を出すのと、サマンサ様の悲鳴が響くのはほぼ同時だった。
「まずい!」
オリヴァー先生がそう叫び走り出す。
魔物はすぐに他の生徒の魔法で倒された。その牙は誰にも届いてはいない。
後には生徒の悲鳴と動揺だけが広がる。
「どうして!何が起こっているの!?」
「とにかく魔力を抑えてください!メイさん!サマンサさんの魔力を吸収するんです!」
「っ!はい!!」
他の生徒に被害が及ばないよう、オリヴァー先生がサマンサ様の周囲に結界を張る。
先生に促されたメイが慌ててサマンサ様に駆け寄っていく。
情けないことに、私は呆然とその様子を見ていた。
サマンサ様は、ものすごい強さで魔力暴走を起こしていた。
******
学園の別棟内に作られた医療室から、王宮の回復魔法士とオリヴァー先生が出てくる。
回復魔法士は、先生に対し秘密の保持を宣言すると、自分にできることはもうないと言ってすぐにその場を去っていった。
回復魔法士には守秘義務があり、こうして魔力を以て秘密保持を宣言すると、患者に不利益になる範囲では治療内容を話せないことになっている。
「先生!サマンサ様はどうなったんですか!?」
あの後、メイがサマンサ様の魔力を吸収し、魔力が枯渇することで暴走が収まった頃、先生は自分が纏っていたローブをサマンサ様の頭からかぶせ、その姿が見えないようにした上で抱きかかえて彼女を運んだ。
暴走中は魔力の渦に呑まれ様子が見えなかったため、私達はサマンサ様が怪我をしていないかどうかも把握できていなかった。
「サマンサさんは、まだ意識が戻っていません」
「そんな……ケガは!?ケガはしているんですか!?」
詰め寄る様に問いかけるメイに、オリヴァー先生は目を逸らす。
嫌な予感がする。心臓がどくどくと大きな音を立て始めた。
「先生、教えてください。サマンサ様は大丈夫なんですか?」
私の震える声に、オリヴァー先生は悲痛な顔を隠さなかった。
いや、隠せなかったのだ。
「サマンサさんは、右手から暴走した魔力を放出していました。そのまま暴走が収まらなければ、自分の魔力に飲み込まれ、命も危なかったでしょう。……意識は戻っていないものの、命に別状はありません」
「よかった……」
メイの安堵にも、オリヴァー先生の顔は晴れない。
「ただ……彼女は魔力量が多く適性も強い。土と水の2属性でさらにその威力が増していました。容体は安定していますが……右腕の肘から下が、欠損しています」
その言葉に、血の気が引いた。
右腕の、欠損?
「他の生徒には黙っているように。回復魔法士にも口止めしています。私は欠損を修復できる光魔法の使い手を探しますが……恐らくどんなに強い使い手でも、限りなく望みは薄いです」
メイはあまりのことに絶句している。
光魔法は万能ではない。死んだ者を生き返らせることはできないし、なくなった体の一部を取り戻すことも、できないのだ。
でも……そしたらサマンサ様はどうなるの?
命に別条がないとはいえ、サマンサ様は貴族令嬢だ。未婚の令嬢は、傷跡1つでも将来を左右する。それなのに、体の一部が欠損してしまった彼女の将来は?
頭が、真っ白になっていく。
立ち去る際に、オリヴァー先生は私にだけ聞こえる声で言った。
「体の欠損を癒すことができるのは……おそらく聖女様だけでしょう」
はっとして振り返る。
オリヴァー先生は意味ありげにこちらを一瞥すると、立ち去って行った。
「そんなっ……サマンサ様っ」
メイの泣き声だけがその場に響いている。
オリヴァー先生は最初の魔法基礎の授業の時、『あらゆる国を旅していたことがある』と言っていた。色違いの魔法の秘密は知らなくても、あらゆる国に伝わる聖女のヒントを知っているのかもしれない。
だから、感づいているのかもしれない。去り際の先生の目が、私に訴えかけているようだった。
『あなたなら、治せるのではないですか?』
私なら、治せるかもしれない。
私だけが、治せるかもしれない。




