小説の作者の話2
「聖女の力を生み出すのに悪しき魔の力を借りたことは分かりました。では、その力を誰かに授ける為にはどのような方法がとられたのだろうか?」
ミシェル夫人はテーブルに置かれた紅茶を少し飲む。
「媒体として、王家の至宝が使われたと聞いています」
「王家の至宝?」
殿下が怪訝そうな顔をした。
「その至宝が具体的にどんな物かは私も知りません。ただ、その至宝に生み出された聖女の力を込め、聖女に選ばれた者が自分の魔力を循環させることで自分の力として扱えたのだと聞いています」
「その至宝が今どこにあるのかは知っていますか?」
「いえ……さすがにそこまでは。ただ、至宝は王家が厳重に管理し、聖女の力を作り出すのに協力したとされる大魔女は、その後現れた本物の聖女様によってどこかに封印されたとだけ聞いています」
王家には至宝とされる宝石や財宝が多く管理されている。
聖女の力を宿した至宝も、その中に隠されているのだろうか?
通常、悪しき魔は聖女によって浄化され消滅するとされている。しかしミシェル夫人が言うには、その大魔女は作られた聖女が邪に落ちたところを喰らい、その後に現れた聖女の力でも浄化しきれない程の力を得てしまったらしい。封印するのが精いっぱいだったのだそうだ。
どこかに大魔女が封印されている。その封印が万が一にでも解かれたとき、どうなるのだろうか?
「今も、作られた聖女の力を使うことはできるのですか?」
「理論上は力の込められた至宝に、それを扱えるだけの魔力を持った者が力を注げば可能だと思います。ただ……」
「ただ?」
「至宝に込められた力は、封印されている大魔女の力と連動しています。その力を使えるとしたら恐らく……大魔女の封印も、いずれ解けることになるのではないかと」
指先の血の気が引いていくのを感じた。
殿下も同じ思いだったのだろう、思わずと言った風にその手が私の手に重ねられる。
私達は、デイジーがその力を手にしているのではと考えている。
もしもその考えが当たっている場合……大魔女の封印が、解かれる可能性があるということ。
当時の聖女が浄化できなかった程の力を持ってしまった大魔女。今対抗できるとしたら、聖女である私だけということになる。その時は私に……対抗出来るのだろうか?
「ミシェル夫人、貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました」
馬車に乗り込む私たちを見送りに出てきてくれたミシェル夫人に頭を下げる。
「いえ、私も聖女様のお力になれるのであればこれ以上の幸せはありませんから」
私は、穏やかに微笑む夫人を見ながらどうしても気になっていたことを口にした。
「貴女ほど大神官の地位に相応しい方もいないように思います。重大な事実を多く知らされていたことからも、当時の神殿としても同じ認識だったのではないですか?結婚を決められたのは神殿を出た後だと伺いましたが、どうして神殿を離れられたのですか?」
遠慮のない不躾な質問だとは分かっていた。それでもミシェル夫人は依然として微笑みを崩さない。
「私は、神殿から追放されたのです」
「追放ですか?なぜ?」
予想外に穏やかではない答えに思わず動揺する。
けれどミシェル夫人は何でもないことのように笑った。
「その小説を書いたせいです。最初に言った通り、私はこの聖女の力を作り出したという過ちを広く広めようとしました。二度とこんなことを考える者が出ないようにと。ただ、それは神殿としては都合の悪い事実です。それで、追放です。結婚を機にこの国に来たのではなく、マクガーランド王国にいられなくなりこのスヴァン王国に渡った後、旦那様に出会ったのです」
なんて、酷い。ミシェル夫人はおかげで今の幸せを手にできたと気にしていないように笑うが、神殿がそのようなことをするなんてと私は絶句してしまった。
女神アネロ様に仕え、清廉に見える神殿の者たちの中にも闇は存在しているということか。
確かに、聖女の力を生み出すために倒すべき悪しき魔を頼ってしまっていたり、3代目には貴族の欲と思惑に乗り資質が確かでない者を聖女としてしまったり、その行いは決して清いとは言えない。
ミシェル夫人は最後にそっと教えてくれた。
「実は追放される際、その小説に呪いをかけたんです。本当に真実を知る必要がある者がこの小説を読んだ時、私のもとを訪ねてくれるように」
思わずテオドール殿下と顔を見合わせた。最初に躊躇う様子もなく私を聖女ではないかと確認してきたことにも納得がいった。今日こうして大事な事実を知ることができたのも、全てミシェル夫人の導きだったのだ。
尤も夫人は、その相手は神官としての本物の資質を備えた神殿の者になると思っていたらしく、まさか聖女様と王子殿下がいらしてくださるとは思わなかったと言って笑っていた。
そもそも、小説自体が神殿に取り上げられるように保管され、出版されることすら思いもしなかったのだと言っていた。誰がその原稿を持ち出し、出版までこぎつけたのかも気になるところだ。
そうして話を聞きに来た私達に、何か異常な事態が起こっていることは察したはずだが、彼女は最後までそれを私達に問いただすことはなかった。
「次回は是非、夫がいる時に遊びにいらしてください」
全てが解決した後にでも。そう言ってミシェル夫人は頭を下げた。
彼女の夫であるダッドリー辺境伯は、数日前から国境の魔物討伐に出ているらしい。やはり、この辺りでも魔物の活性化をとても感じると言っていた。この異変も、ひょっとしたら大魔女の封印が緩んでいることが原因かもしれないと思うとぞっとする。
私達はもう1度彼女に心からの感謝を伝え、ダッドリー辺境伯領を後にした。
******
馬車で王都に戻りながら、テオドール殿下と相談する。
「国に戻り次第、私は聖女の力が込められた至宝がどこにあるか探そうと思う」
「そうですね……大魔女が封印されている場所は調べられないでしょうか?」
「それを調べるには今はまだヒントが少なすぎる。ミシェル夫人が通っていたという、辺境近くの古神殿に行く必要があるかもしれないな」
ミシェル夫人に数々のことを伝えたかつての大神官様は、今もその神殿にいるはずだと彼女は言っていた。その神官様に会えば、ミシェル夫人が知る以上の何かを聞くことができるかもしれない。
「戻り次第、すぐに赴きますか?」
「いや、すぐに学園が始まる。……気が焦るだろうが、学園に通い着実に力を伸ばすことも必要だ。君は特にね。デイジー・ナエラスの動向や周囲への影響も気になる。まずは王都で出来ることをこなしていくことを優先しよう」
確かに。デイジーが本当に聖女の力を使っているのか確かめる意味でも、王家の至宝の在処を調べることが最優先かもしれない。そして、そうである場合、何よりも大事になるのは私が対抗しうる力をつけておくことだ。
無暗に学園生活をおろそかにし大々的に動くことで、デイジーに警戒されることも避けたい。そうも言っていられない事態になるまでは、着実に1つずつこなしていくしかないということか……。
「スヴァン王城に戻り次第、ランスロットとカイゼルを交えて今後の方針を決めよう」
テオドール殿下の言葉に、私は静かに頷いた。




