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【書籍化】聖女の力で婚約者を奪われたけど、やり直すからには好きにはさせない  作者: 星見うさぎ
本編

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変わった日常

 

 あれから2か月以上たち、季節は夏だ。

 もうじき学園でサマーパーティーがあり、その後学園は夏休みになる。


 2か月前と今で、少しだけ変わったことがある。

 まず、日課のようになっていたジェイド殿下の朝のお迎えはなくなった。振り返ってみればたったの1か月ほどの日課だった。


 あの、デイジーとジェイド殿下が仲良く話しているのを見た数日後、王子妃教育で王宮に上がった際に殿下に呼ばれ、言われたのだ。


「デイジー・ナエラス男爵令嬢を知っているよね?彼女が聖女じゃないかという可能性が高まってきている。それに伴って、私が彼女のサポートに着くことになったんだ。君との時間が減ってしまうことを許してほしい」


 困ったように笑う殿下にそう言われ、私に何か言えることがあっただろうか。


 デイジーに微笑みかける殿下を見た瞬間から、なんとなくこうなる気はしていたから、今更ショックにも感じなかった。殿下は彼女のサポートをすること自体は仕事としてとらえているようで、特にそれに対しての申し訳なさも感じてはいないようだった。


 私との時間が減ることを謝り、それについては本当に残念そうに見えた。

 それから、殿下とデイジーがともに過ごす姿を幾度となく目にしている。



 1度目と違うのは、それから殿下が私を冷遇するようなことにはなっていないということ。

 学園ではデイジーにつきっきりと言っても過言ではないけれど、私が妃教育のために王宮にあがった時にはどんなに執務や教育が忙しくても必ず時間を作ってくださっている。


 この状況で、不満など言えない。寂しいなど言えない。不安などと言えるものか。

 私はこの虚しさと胸の痛みを、どこにぶつければいいのか分からず、ずっと持て余している。






 それから、テオドール殿下やお兄様、カイゼルと会う機会が増えた。

 理由はもちろん、お互いの周りの変化や、少しでも気づいたこと、得た情報がないかなどを共有するため。

 とはいえ、正直あまり進展はない。


 それでも、味方がいる。1人ではないと感じることができるこの時間が、私の心のよりどころのようになっていた。


 ドミニクも定期的にデイジーの市井での評判などを収集しては報告してくれている。







 そして、1番変わったのは魔法基礎の授業。


 その日は魔法基礎の生徒全員で競技場に来ていた。私が魔力測定を受けた会場だった場所。

 この場所は実は魔法が暴走しても外に被害が出ないよう、簡易的な結界が張られている。

 そこにオリヴァー先生が新たに別のタイプの結界を重ね掛けして、私たちが何をしているのか分からないようにして授業をする。


 内容は、自由な実技授業だ。



「じゃあ今日の魔法石をくばりまーす!皆さん順番に並んでください!」


 メイがそう声を上げると皆1列に並び次々と石を受け取る。

 見た目にはその辺にあるちょっと大きめの普通の石。メイはあれから目を見張るような努力を続け、ついに自在な効果付与、そしてその効果の強さをコントロールした反魔法効果付与の魔法石を作れるようになっていた。この場合は魔法無力化だ。


 おまけに完全に石に魔法効果を埋め込み、使用者を限定することで指定された使用者には反魔法が発動しないというオプション付き。さすがに使用は1回までで、1度魔法を受けると壊れる仕様だが、これが実践授業(もはや訓練)に大いに役立っている。


 問題点は、ただの石にしか付与できないこと。宝石などだとその物自体が何かしらの力を秘めていることが多く、それが強い反魔法に反発してしまい割れてしまうのだ。


 行き過ぎた力は争いも呼ぶので、これでいいとも私は思っている。



 人数分、それぞれに使用者を指定した石を作成、それを皆が1つずつ身に着けることで、互いを相手に本格的な魔法実践練習が可能になった。


 模擬戦闘である。




「ジミー!今日こそ勝たせてもらうわよ!」


「のぞむところです!僕だって負けませんよー!」


 ナターシャはジミーに負け越しているのが悔しいらしく、よく相手に彼を選んでいる。




「サマンサ様、連携戦闘の練習しませんか?」


「いいわよ!私とあなたの水魔法の合成技を試しましょう!」


「じゃあ相手には僕たちが!」


 キースはサマンサ様と魔法の相性がいいらしく、よくペアでの戦闘の練習をしている。

 彼は男爵家の次男だから、ここで実践に対応した戦いを学び、いい成績で魔法師団に入りたいらしい。




「ではメイさんとエリアナさんは今日も私と訓練をしましょう。怪我をしたものはマリンさんかエリアナさんに声を掛けるように。問題が起こった場合はすぐに私に知らせてください」


 ジミーやドミニクと同じクラスの子爵令嬢マリンは光属性適性者だ。光属性は治癒に特化していて重宝されるため、治癒魔法のみを磨く者が多い。ただ、マリンは向上心が高く、光魔法を使った攻撃魔法の訓練にも精を出していた。


 私とメイは、その能力の特異性からできるだけオリヴァー先生の監視下での訓練をしている。



 メイの反魔法が特異であることはともかく、オリヴァー先生は私の能力が少し普通じゃないことについてどう思っているのだろうか?気にはなるが、なんとなく聞けないでいる。




「メイ、魔法石は持っているわよね?私が火魔法で攻撃するから、反魔法の魔法波を飛ばして打ち消す練習をしましょう!その後は私にまた反魔法をかけてくれる?」


「分かりました!今日こそ目指せ100発100中!命中率アップしてみせます!」




 メイは3~5回に1回は狙い通りに魔法波を飛ばせるようになった。狙いを外すことや不発になることもまだ多い。


 私はメイに反魔法――魔力吸収をかけてもらうことで強制的に魔力を大量消費し、魔力量の底上げを図っている。通常は魔力枯渇までいかなければ魔力量が増えることはないのだが、これぞ聖女の力かな、一定のスピードで魔力を消費し続けることで、少しずつではあるが魔力量が増えることに気付いたのだ。





 魔法授業の普通クラス、上級クラスからの仕打ちに怒りを覚え、奮起し、私達はとてつもなく成長していた。



 ******



 放課後、帰りの馬車へ向かおうと1人で歩いているとき、最近聞きなれた声を耳にした。

 見なければいいのに、私は見てしまうのだ。

 楽しい笑い声の先には、見たくない光景しかないと分かっているのに。



「ジェイド様ぁ、今度はいつデートしてくださいますか?」


「デートって……1度、神殿に付き合っただけだろう?」


「そんなつれないこと言わないでくださいよぉ~。今街で流行りのカフェがあるんですけど、カップルで行くとサービスしてもらえるんですって!私ジェイド様と一緒に行きたいですっ」


「ははは……」




 そして、虚しさを無視して無理やり安心するのだ。まだ大丈夫。ジェイド殿下は少し迷惑そうな顔をしている。

 2人は仲睦まじいわけじゃない。デイジーに傾倒しているわけじゃない。

 殿下の心は、まだ彼女に奪われているわけじゃない。



 なんて虚しい行為だろうか。

 私は、婚約者なのに。愛し愛されて、望まれている婚約者のはずなのに。



 私は無意識に止めていた足を動かす。

 ――邸へ帰ろう。





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