デイジーの評判
「確かにデイジーは今、随分優遇されているみたいだ」
「やっぱりそうなの……今のデイジーは、カイゼルから見てどんな感じなの?」
その日の殿下を交えた昼食後、教室に戻る前にカイゼルを掴まえて話をしていた。
やっぱり魔力操作の授業中に聞いたデイジーの話が気になったのだ。
カイゼルは1度目のデイジーも覚えている。彼女に関しては私よりよほど詳しいと言っていいだろう。そんな彼は今の彼女に対してどんな印象を受けているのか。
「どんな感じって言うと難しいけど……1度目の時と同じだなとも思うし、違うとも思う」
「何それ?」
「1度目、僕が接していた彼女、つまり光魔法適性を覚醒した後は確かにあんな感じだった。ただ、多分1度目の時も最初はそうじゃなかったはずなんだ。評判は良かったはず。だから、彼女と接するようになったばかりの頃は、随分印象が違うんだなって思ってた」
「もう少し詳しく話してちょうだい」
カイゼルは「参ったな」と言いながら困った顔をした。
彼の言うところの『正気ではなかった頃』の話は気まずいらしいのだ。
「入学したての頃、可愛くて明るい子がいるって評判だったんだ。ちょっと夢見がちだけど、誰とでも分け隔てなく接して、高位貴族にも物怖じしないって」
高位貴族に物怖じしないのは一歩間違えば『いい子』とは言えない場合もあるが、私と接していた時のようだったのかと思えば納得だ。
「だけど、僕が接し始めた頃には、もう今みたいな感じだった。人によって態度を変えて、自分の力と、それに連なる特別扱いを殊更自慢して不遜な態度をとる。今も相変わらず一部の男子生徒からの評判は絶大だよ」
「そんなにひどいの?」
「正直僕の前ではいい子のままだ。ただ、1度目を知っているから注意深く見ていると、特にそれを隠そうともしていないのが分かる。……そういう子なんだと知らないと、自分の信じる姿が全てだと思い込んで、都合の悪い部分は見えなくなるんだろうな」
僕に言えたことじゃないけど、と言いながらカイゼルはそう評した。
1度目、評判と違うなと感じたのは最初の頃に少しだけで、その後すぐになんていい子なんだと感じるようになったのだとか。むしろ最初に不信感を抱いたことは正気に戻るまでさっぱり忘れていたらしい。
その頃にはもう、何かがおかしかったのだろうか?
「今のデイジーも、あなたの言う『特別な力』を使っていると思う?」
1番の問題はそこだった。もう『始まっているのか』、『まだ始まっていないのか』。
神殿の異変を聞いた時点で、2度目は何事もなく平和に過ごせるのでは、なんて夢のような期待は出来ないと悟っている。
とはいえまだはっきりと何かが起こっているわけではない今、日常生活を全て投げ打って解決のために動くなんてこともできない。デイジーの力の正体が分からないうちは、どう頑張っても先手を打つのは難しいだろう。せめて大きく後れを取らないよう、現状を少しでも把握できるようにしたい。
「それは……断言できない。ただ、神殿のことを思うと、あれが全く関係ないとは言えないと思う。使っていると思って心構えをしていた方が安全かもしれない。エリアナも彼女がどんなに普通に見えても警戒するのを忘れないで」
「そうよね……」
「それから1度目、彼女の振る舞いを嫌悪していたような女子生徒や低位貴族達も気が付けば彼女を賞賛するようになっていた。今の空気が急激に変わるようなら危険かもしれない」
なるほどと思った。昼間にわずかに抱いた違和感が解消された。
デイジーの話を皆から聞いたとき、1度目に彼女が『高位貴族の見目の良い男子生徒の前でだけいい子ちゃん』と囁かれていたことを思いだした。だが、そういえばいつからかそんな声も聞こえなくなったなとも思ったのだ。
そして、私が自分に向けられる嘲笑に気を取られている間に、デイジーは誰もが愛する少女へと変貌していた。
今思えば、あれは異常だ。1度囁かれた不評は、例えば根も葉もないことであってもなかなか消えはしない。それなのに、彼女を嫌悪していたはずの人間が、1人残らず好意的になるなんて、どんなに相手が魅力的でも絶対にありえないのだ。
それが、デイジーが自らの力をもって作り出したものだったとしたら、それはなんと強い力だろうか……。
それだけの力の正体とは、なんだろうか。デイジーが聖女ではない以上、他にどんな可能性があるだろうか。
そう考えて、思わずぶるりと身震いした。私は、とんでもないものに立ち向かおうとしているのではないだろうか?
カイゼルやジェイド殿下など、魔法に強く、そう言った類のものに対抗する手段も持っていた。それでもダメだったのだ。
今回は、防げるだろうか。今の時点で、何の糸口も見つかってはいないのに。
ふと、弱気な自分に気付いて心の中で叱咤する。
防げるだろうかじゃなくて、なんとしてでも防ぐのよ。
私はきっと、そのためにやり直しているんだから。
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午後の授業も全て終わり、邸に帰る。
自室に入り1人になると、カバンの中にしまっていたテオドール殿下からの手紙を取り出した。
テオドール殿下の端正な文字が並んでいる。その様に、どことなく違和感のようなものを抱く。
ただ、それが何なのかは分からない。仕方ないので、それ以上はひとまず気にしないことにした。
手紙は、簡潔に書かれていた。
『聖女の力について、気になる伝承を見つけた。近いうちに1度会って話したい。』
私はすぐに返事を書くべく、ペンをとった。




