魔力操作の授業2
オリヴァー先生の両手を握った私は、先生に促されるまま魔力を流していく。
流し始めるとすぐに、先生の肩がびくりと震えた。
「これは……確かに、ものすごく気持ちがいいですね……」
他に言葉が出ないといった様子の先生の言葉に、見守っていた生徒達も盛り上がる。
なぜかメイが得意げな顔をしていた。
「エリアナ様!できれば次は私に魔力を流してほしいですわ!」
興奮気味なサマンサ様が私に詰め寄ってきた。
勢いに負けて次はサマンサ様の手を握る。
「は~っ、気持ちいいってこういうことですのね……」
魔力を流し始めてすぐにサマンサ様の顔がうっとりしてきた。
さっきまでサマンサ様のペアをしていた男爵令息キースが、すぐ近くでそんなサマンサ様の顔を見てしまい、頬を染めている。
「あ、あの……僕たち2人とも魔力操作が上手くいかなくて……できれば僕たちにもエリアナ様の魔力を受けさせてもらえないでしょうか」
恐る恐ると言ったように手を挙げたのは特待生のジミー。
彼は先日の新入生歓迎パーティーでメイのエスコートをしていた生徒だ。
ジミーのペアで商家の息子のドミニクも窺うようにこちらを見ている。
「ご期待に添えるかは分かりませんが、それでもよろしければ……」
気持ちいいってどういうこと?とさっぱり分からない私は期待の眼差しに怯みながらも了承した。
すると、他の生徒からも「ずるい、自分もしてほしい!」と声が上がり始める。
ちらりと横目で見るも、オリヴァー先生は余韻に浸るばかりで何も言わない。
こちらを見る生徒の皆に段々と開き直ってきた私は、こうなったらやってやるわ!と妙にやる気が出てきてしまった。なんとなく自然に順番待ちの列ができている。結局その日の授業の残りの時間は私の魔力操作を受ける時間となったのだった。
全員に魔力を流し終えた頃には、この授業の参加生徒全員が随分と仲良くなっていた。
1つのことを共有し一緒に盛り上がると心理的な距離が近づくと聞いたことがあるけれど、これもそういうことだろうか。1度目に友達の1人もいなかった身としては、その中心が自分であることは少しむず痒いけれど。
「魔力を受けて気持ちいいってあるんだな……俺、この授業の参加者でよかった~!特別扱い自慢してた奴にムカついてたけど、逆にざまあみろって感じだ」
皆で話していると、しみじみとキースがそんなことを言った。
その言葉にメイが反応する。
「特別扱いを自慢してたってなんですか?」
「あ~魔力測定で目立ってた強い光属性適性者の女子生徒がいただろ?俺、同じクラスなんだけどさ……聖女じゃないかって有名になったことで神殿と懇意になったらしくて、魔力操作なんかの基礎的なことは神殿の偉いさんが直々に特別指導してくれるんだってさ。それをクラスででかい声で自慢するもんだから、結構周りの顰蹙買ってるんだよ。身分もそんなに高くないから余計に」
「私も同じクラスなんだけど、本当にひどいのよ。元々彼女と仲が良かった子たちの中にも距離を置き始めた子がいるわ。結構夢見がちな子らしいから、突然自分をとりまく空気が変わって舞い上がっているのかもね」
子爵令嬢のナターシャがキースに同調すると、次々とデイジーと同じクラスだという生徒達から不満の声があがった。
その様子に驚いてしまった。
1度目の行いはともかく、2度目に何度か話した感じではそんな風には見えなかったのに。
そう考えて、ふと1度目によく聞いていたことを思い出す。
噂が聞こえ始めた最初の頃は、『高位貴族の前でだけいい子ちゃん』と言われていた。
それが、ジェイド殿下達が彼女に侍るようになってからは『高位貴族の見目の良い男子生徒の前でだけいい子ちゃん』に変化していった。
今、私の前で見せる姿は所謂『いい子ちゃん』の姿だということだろうか。
もしそうであるならば、随分と振る舞いが上手い。
体感してみてわかることがある。悪い噂を耳にしていても、あれだけ純粋無垢な顔でまっすぐに助けを求められたら信じてしまうのも無理はない。
事実、1度目に処刑にまで追い込まれたはずの私は、デイジーにも何か事情があったのでは、今の彼女が本来の姿で、その後彼女の身に何か起きたのでは、なんて思うくらいには彼女の善良性を感じてしまっていた。
確かに何かの力を使っていたかもしれないが、それを増長させる能力もあったように思う。
盛り上がる他の生徒をよそにそんなことを思っていると、そっとドミニクが近づいてきた。
「エリアナ様、こちらを……」
皆に聞こえない声でそう言い、何かを私の手に持たせる。
それは手紙のようだった。
「これは……?」
ドミニクは商家の息子らしい、人好きのする笑顔を浮かべて
「テオドール第一王子殿下からです」
と言った。
「え……?」
「ご安心ください。私の家は王宮への出入りも許された商家です。テオドール殿下から依頼されました。何か事情がおありなのでしょう?詮索するつもりはありませんし、何より商人は信用が第一です。決して秘密はもらさず、お2人の役に立つとお約束します」
「そう……」
今まで直接の接点がなかった私たちが急に手紙のやり取りをするのはどう考えても不自然だ。その上での配慮だろう。
テオドール殿下が依頼したと言うことは、ドミニクは信頼に値する人物だと殿下に認められていると言うことだ。ならば私が疑うべくもない。
「では、私もあなたを信用します。よろしくお願いしますね」
私の言葉に、ドミニクは破顔した。
「ありがとうございます!エリアナ様にそう言っていただけて嬉しいです!僕、商人として父の仕事を手伝う傍ら、こういう便利屋業みたいなこともしているんです。情報屋のようなこともできます!きっとお役に立ちますので、是非なんでもお申し付けください!」
突然の勢いに思わず少し怯む。
この売込み具合は、さすが商人と言うべきか、もしくは……
「あ、もちろんエリアナ様から代金はとりません!僕を頼っていただけるだけで至上の喜びですので!」
どうやら、恐れ多いことに彼は私の信望者のようになってしまったらしい。
「仕事に見合った分のお代は受け取ってください……」
なんとかそう答えると、「なんて慈悲深い!」と商人らしからぬ感想を零していた。
「あ!ドミニクずるいぞ!僕もエリアナ様とお話ししたいのに!」
そうジミーが大声を上げたのを皮切りに、また話題の中心が私に戻ってしまう。
皆が笑顔で私を囲む。オリヴァー先生も会話に加わり、少しして授業が終わるまでそうしていた。
1度目、学園の誰もが私を軽視し、嘲笑した。
その狭い世界の中で私に味方はいなかった。
それなのに、今私はこんなにも温かい皆に囲まれている。
私が今、あまりにも嬉しくて、涙が出そうになるのを必死に堪えているなんて、きっと誰も気づかないだろう。




