滑落する運命 第一話
オーヴィエからパリスまでの直行列車は険しい山道を行き交うことで有名である。その日もオーヴィエの駅には多くの旅行者が訪れていた。出張からパリスへ帰還する予定であったキリング氏も、その一人だった。プラットホームでは多くの人が電車を待って並んでいた。
やがて、午前十時五十分発のパリス行き列車が警笛を鳴らしながらホームに入ってくる。しかし、乗客の大多数は列を崩そうとせず、それに乗ろうともしない。キリング氏は不思議に思って前に並ぶ人々に尋ねてみた。「なぜ、もっとも早くパリスへ向かうはずのこの列車を利用しないのか」と。ところが、人々は顔を伏せたままで、その明確な質問に答えようとしない。少し笑っている者もいた。何か特別な事情があるのかもしれない。キリング氏は仕方なく駅のスタッフにそのことを尋ねてみる。そのスタッフは彼の問いかけを聞いて少し笑うと、今朝の朝刊(実は今朝のものではないのだが)を彼に手渡す。
よく眺めてみると、その新聞は体裁こそきちんとしていたが、今日付けのものではなく、明日付の朝刊であった。つまり、本日これから起こる出来事が記されているのである。それによると、オーヴィエ駅十時五十分発の列車はパリスへの途上の谷間で大規模な転落事故を起こすことが記されていた。このような一日ずれた情報を記してある新聞の存在について、疑問に思われる方もいるかもしれないが、あまりに仕事熱心な新聞記者は、それまでに培った多くの体験から、近い未来にどのような事件が起こるのかを事前に察することさえできるのだという。つまり、未来付けの記事を書くことなどは、彼らにとってはお手のものなのである。もちろん、毎日正確な予知を行うことは到底無理だが、このように未来の記事を書くこと自体は別段難しくはないのだと、駅員はそのように説明した。
「この新聞には今到着したこの列車が転落事故を起こすことが書かれています。それを知っている多くの方は、この列車に乗ることを拒否しているのです」
駅員のそんな説明を聞いても、キリング氏は半信半疑であった。いや、むしろ、そのような奇怪なストーリーを信じようとはしなかった。列車での死亡事故など滅多に起こるものではない。宝くじに当たるよりも確率は低いはずだ。自分の身にそんな変事が起こるはずはない。キリング氏はそうのたまうと、並んでいるのに乗り込もうとはしない他の乗客を尻目に、その運命の列車に悠々と乗り込んでいった。
列車の内部にはピーク時には及ばないが、そこそこの乗客があった。未来に起こることの事情をまるで知らない人もいたし、そんな不幸を知りながら、あえてこの列車に乗り込んでいる人も多くいた。すでに乗り込んでいる人々の多くは、むしろ列車が転落事故を起こすことを望んでいた。いわゆる、自殺志願者である。キリング氏は大事故に遭うつもりもなかったし、未来や予知を恐れてもいなかった。彼は一番先頭の車両へ乗り込んだ。
発車まであと十分と迫った頃、体調の悪くなった妊婦が駅のスタッフの手を借りて仕方なしに列車から降りた。彼女はプラットホームから恨めしそうな顔で列車の方を見やっていた。望まない出産であったのかもしれない。その直後、サラリーマンふうの若者がひとりこの列車に飛び乗って来た。彼はこれでパリスでの重要な会議に間に合うと、その顔は嬉々としていた。例の新聞を手にしていないようだ。その真意は分からない。発車まであと一分と迫った頃、誰かが大声でこう叫んだ。
「さあ、我らが運命の旅の始まりだ!」
列車は予定時刻にオーヴィエの駅を出発した。列車に乗ることを選択せずに、ホームに取り残された他の多くの人々は、その発車を冷静に見守っていた。彼らは未来に生きることを選択したのだ。
ここまで読んでくださりありがとうございます。二話で完結します。今後ともよろしくお願いします。




