昔話 月夜の二人
毎度お待たせして申し訳ありません。
あ、待ってないですか。それはそれですみません。
2014/3/23 ノマージの最後のセリフを少し変更しました。
2014/4/11 指摘のあった誤字脱字を修正しました。
ウェーナは小さな農村で生まれた。物心が付くころから父親は酒浸りで碌に働かず、母親が必死に働き、ウェーナも手伝う事でなんとか生活出来る状態だった。
ウェーナが成長し、畑仕事も一人前に出来るようになった頃、母親が家を出て行った。朝起きたら母親が居らず、朝から酒を飲む父親に聞けば「出て行った」と吐き捨てるように言っていた。自分を置いて出て行った事にショックを受けたが、母親の忍耐にも限界が来ていた事は十分知っていたので、悲しさを抑え込む事は何とか出来た。
(私もこの村を出よう。こんな男の世話なんて見たくない)
母親の出て行く原因、そして母親と自分がこれまで苦労した原因である父親をウェーナは父親とは見ていなかった。同じ血が通っていると思うだけでも嫌悪感を感じる。ウェーナは新たな目標を胸に仕事に勤しんだ。だが、ウェーナ1人では2人が食べて行くには厳しく、次第に生活も苦しくなる。父親は金があれば酒代にする自分の事を棚に上げ、ウェーナにきつく当たる。「絶対に出て行ってやる」と心の中で何度も言い、グッと堪えるウェーナ。ウェーナの目つきに気後れし、父親は舌打ちをして酒を煽った。
そんなある日、父親が珍しく朝から何処かへ出かけて行った。不思議に思ったが、それ程気にする事も無く、いつも通り農作業をする。生活費とは別に父親に隠れてコッソリと貯めていたお金もそれなりに貯まってきた。腰に下げた小さな袋を手で触れる。
(これだけあれば、街の宿で1,2泊出来るくらい出来るはず。その間に街で仕事を見つけられれば……)
間違いなく今の暮らしよりは良くなるはず。何より父親と別れられる。その希望も胸に仕事に取り組んだ。
次の日も父親は朝から出掛けていた。ウェーナは気にする事無く、いつも通り仕事に打ち込む。一日の仕事も終わり、畑から家に帰ると家の前に馬車が停まっていた。ウェーナが今まで見た事のある帆馬車と違い、荷台が木の板で箱状になっていた。ウェーナがその馬車の後ろを横切り、家に入ろうとした時だった。急に後ろから2人の男が現れ、ウェーナを捕まえる。
「っ!?」
ウェーナは声を上げようとしたが、1人が口元を抑え、もう1人が両手を捕まえ縄で縛りあげた。混乱するウェーナをひょいと担ぎ上げ、馬車の荷台へと運び込む。後方の扉を開け、放り投げるように荷台に乗せられたウェーナはそのまま倒れ込むがすぐに起き上がる。だが、それよりも早く男達は荷台の扉を閉めてしまった。ガチャリという音から鍵を掛けられたのだろう。ウェーナが必死に扉を押すが、全く動かない。扉に付いた小さな格子窓を見ると、家から出てきていた父親と遠巻きに村人が見ている。
「助けて! 誰か!」
ウェーナは叫ぶが村人達はオドオドとするだけで動こうとはしなかった。
「助けてっ! 父さんっ! 助け―――」
普段は呼ぶ事すらない父親に助けを求める。だがウェーナの眼に入ったのは下卑た笑みを浮かべる父親だった。
「父さ……ん?」
馬車は動きだし家が離れて行く。父親は何事も無かったかのように家へと戻って行った。
馬車はそのまま走り続け、すっかり夜になっていた。放心状態のウェーナは壁に寄りかかって座っていた。御者台に座る2人の男の会話から父親が自分を売った事が分かった。
「もう少しだったのに……もう少しで自由になれるはずだったのに」
絶望感に染まるウェーナを格子窓からの淡い明かりが照らした。ふと窓を見上げると綺麗な満月が輝いていた。
「綺麗……」
ウェーナは月を眺めるのが好きだった。毎晩の様に月を見上げ明日も頑張ろうと誓っていた事、そしてこれまでの努力を思い出す。
(このまま諦めるなんて嫌……あの男の思い通りになんてさせるもんか)
次第に目に生気が戻ってくる。ウェーナは立ち上がり周りを見渡す。荷台の中は何もなく。扉と御者台側に格子窓があるだけだった。
(考えなきゃ。ここから出るには……)
扉の格子窓から覗き込むと、木々に囲まれた道を走っていることが分かった。
(森の中?)
それを確認して少し考える。そしてウェーナは意を決した後、思い切り御者台側の壁に体当たりをしてそのまま倒れこむ。
「なんだっ!?」
「っ!! おい、静かにしろっ!!」
男達は驚いて怒鳴りあげる。そして格子窓から荷台を覗き込むとウェーナが倒れていた。しばらく見ていても動く気配が無い。
「……おい、動かないぞ」
「あ?」
もう一人の男も覗き込むがウェーナはピクリとも動いていない。
「本当だ。……ってまずくないか?」
「死んでたら金にならねぇぞ」
「いや、気を失ってるってだけかもしれねぇ」
「確認しておいた方がいいな」
手綱を持っていた男が馬車を止める。
「よし、俺が見てくる。お前は周りを警戒してろよ」
「ああ、何が出てくるかわからねぇ。早くしてくれよ」
そんな会話を聞いてウェーナは「ヨシ!」と心の中で叫んだ。しばらくすると扉の方でガチャガチャと音がする。それを確認するとウェーナはゆっくりと起き上がる。そして扉が開きかけた瞬間、扉に向かって思い切り突っ込んでいった。
「っ!? うおっ!!」
扉を開けた瞬間、ウェーナの渾身の体当たりをまともに受けてしまい男はそのまま後方へと吹き飛んだ。ウェーナも男と一緒に外へと飛び出すが、すぐに起き上がり森の中へと走り出す。飛び出した際に体中をぶつけ、ジンジンと痛みが襲ってくるがそんな事には目もくれず必死に走った。
「おい、どうした!?」
体当たりを食らった男の声に御者台にいた男が叫ぶ。
「くそっ!! 逃げやがった!!」
頭を振りながら起き上がった男は怒声を上げながらウェーナの逃げた森を見る。
「おい、女を追うぞ!」
「馬車はどうする?」
「置いておけ、アレに逃げられたら全部パァになっちまう」
男達は腰に差した剣を抜いて森の中へと入って行った。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
ウェーナはなりふり構わず必死に走った。両手を縄で縛られた状態で支障はあったが足を縛られてなくてよかったと心の底から思った。
「男の方が走るのは早いし、このままじゃ追いつかれる。何処かに隠れた方が―――」
どうするか考えていると、前方が月明かりで明るくなっている事に気付く。ウェーナは「まさか」と思ったが、勢いは止められずそのまま突っ切ってしまった。ウェーナが森だと思っていた場所は林で、ウェーナは反対側から林を抜けてきてしまっていた。隠れる場所の無い平野に出てしまったウェーナは慌てて後ろを振り返るも踏み止まる。
「戻って行けば男達と鉢合わせになるかも。でもこんな何もない場所走って行っても……」
「ん、人か?」
どうするべきか悩んでいると、後ろから声がした。体をビクリとさせ、振り返ると一人の男がこちらに歩いてきていた。銀色の槍の様な物を肩に乗せ、見た事もない服を着た若い男は、ウェーナに近づくと片手を上げて笑顔で話し掛ける。
「よっ、こんな所で何してんだ? 女が1人で出歩くのは危ないと思うけどな。あ、もしかして人じゃないとか? 幽霊とかそっち系か?」
「え、えっと……あの……」
軽いノリで話し掛ける男にウェーナはどう答えていいか分からずオドオドしていると、林の中から怒声が聞こえる。
「何処行きやがった!!」
「出て来やがれっ!」
ウェーナはビクリと体を硬直させ、林を見る。若い男も林から聞こえる声を聞き、ウェーナの両手を縛る縄と所々にある擦り傷を見て「あ~」と納得する声を上げた。
「もしかして追われてる?」
若い男が笑顔のままウェーナに聞く。
(どうしよう。武器を持ってるから戦える人……よね。でもいい人かどうか……。いえ、まずはあっちの男達をどうにかしないと)
ウェーナは迷った末に若い男に駆け寄る。
「すみません、助けてください」
「ああ、いいよ」
「え?」
悩んだ末の願いに即答され呆気に取られるウェーナ。すると後ろから2人の男が現れた。
「見つけたぞっ!」
その声に驚き、思わず若い男の後ろに隠れる。若い男は特に気にする事も無く、男2人を見ていた。
「おい、その女をこっちに渡しな。痛い目見たくないだろ?」
若い男はウェーナと同じ10代と思われる外見をしており、倍以上は年上である男達は他愛もない相手と判断して剣をちらつかせて脅す。
「いや、実はコイツ生き別れたオレの妹なんだ」
「「「は?」」」
男二人はおろかウェーナまで声を上げる。「何言ってるんだ?」と。
「テメェ、ふざけてんのか?」
「いや、本当だって。良く似てるだろ?」
若い男はウェーナの横に立ち、顔を並べてみせる。当然ながら二人は兄妹などではなく、顔付きもまったく似ていない。
「全然似てねぇだろうがっ!」
「いや、目が2つ、鼻が1つ、口が1つ。おまけに耳まで2つあるし、そっくりじゃないか」
「…………テメェ舐めてるな。そんなもん誰だってそうだろうがっ!」
「じゃあ、皆兄弟ってわけで、仲良くしようよ。兄さん」
「…………」
この状況でそんな事を言う若い男をポカンと見つめるウェーナ。男達の顔は真っ赤になってる。
「このガキがっ!」
男の一人が持っていた剣を振り上げる。
「あぶなっ―――」
ウェーナが声を上げると同時に若い男の側面から銀色の物体が男の手に突き刺さる。
「ぐあっ!」
男が剣を振り下ろすよりも早く、若い男の持っていた銀色の槍の切っ先が剣を持つ腕に刺さっていた。男は思わず剣を落とす。若い男が槍を抜くと、男は腕を抑えて屈みこむ。
「ぐ……ぐぁぁ……」
「お、おい!」
「兄弟で喧嘩は付き物だっていうし、仕様がないな。まぁ年下舐めてるとこうなるわけだ」
「テ、テメェ……うっ」
もう一人の男が前に出ようとした瞬間、血の付いた槍の切っ先が男の眼の前に突出される。柄の端を片手で持っている若い男は全くぶれる事無くその状態を維持していた。
「真面目な話をするとだ。このあたりじゃ人身売買はとっくに禁止されてるわけで、それ見つけた良識ある冒険者としては見過ごす訳にはいかないんだよ」
ニッと笑いながら若い男は言う。ウェーナはその横顔をじっと見つめるだけだった。
「と言っても面倒くさいし、今回は未遂って事で見逃すけど。次同じ様な事してたら」
若い男は数歩前に出て男二人を睨みつける。ウェーナからはその顔を見る事は出来ない。
「殺すからな」
「ひぃっ!」
声色は軽い調子のままだが、その顔と殺気をまともに浴びた男達は逃げる様に林の中へと走って行った。
「さぁ、これで安心だ」
振り返った若い男はウェーナに笑顔を見せる。
「あ、ありがとうございました」
「ああ、そんな敬語使わなくていい。歳も近いようだし」
槍の切っ先の血を拭いた若い男はウェーナに近づくと、腰から短剣を取り出す。
「っ!?」
警戒するウェーナを余所にウェーナの両手を掴むと、縛りあげていた縄を切った。
「これで良し」
「ありがとうご……ありがとう」
「おうよ。っと、自己紹介まだだったな。オレはノマージ、冒険者だ。といってもまだ新人だけどな」
「わ、私はウェーナ」
「ウェーナね。ウェーナはこれからどうする? 元の場所に戻る……って事は無いだろ?」
「え、ええ」
自分を売った父親の元へなんか戻る気はない。ノマージも奴隷として売られる大体の経緯は想像出来たのでその答えは分かっていた。
「それじゃ、とりあえず街に向かうか。オレ丁度近くの街に行く予定だったしな」
「一緒に行っていいの?」
「こんな所で女一人置いて行く訳ないだろ。あの世にいる師匠にぶっ殺されちまう。あとこれ」
当然とばかりに応え、手にした短剣をウェーナに渡す。所々刃こぼれしているが、良く手入れのされた短剣だった。
「?」
受け取ったウェーナはどういう意味か首を傾げる。
「まぁ、古い物だから質は悪いけど無いよりはいいだろ。護身用って事でやるよ」
「いいの?」
「切れ味悪いし、武器として使えるか怪しいが……。生憎それしかなくてな」
「ううん、ありがとう」
ウェーナは手にした短剣をギュッと握る。月明かりに照らされ輝いて見えた。
それから2日後、街に着いたウェーナは冒険者として、そしてノマージの相棒として生きて行く事になる。
ノマージが凄く主人公っぽくなってきた気がしないでもない今日この頃。
次回は蟻の巣脱出後半戦です。
次回もよろしくお願いします。




