94話、キンザンの秘策、マグロもどきを漬けていけ
バタバタと慌ただしい[カエルム]での時間を過ごした俺達。
当然ながら、全てのマグロもどきをわさび醤油漬けにする涙の滲むような作業が終わった。
そうして、俺は、仮眠ではなく、しっかりとした睡眠を取ることができた。
眠る際に指定された場所は元ドゥム子爵の邸宅であり、寝る前に話を聞いた結果、ドゥム子爵は既に王都へ転送陣を使い連行されて行ったらしい。
今回の件で、あのナンパ貴族共々、処分を受けるそうだ。
メフィスから聞かされたのは、最悪は爵位剥奪、もしくは降格処分になるだろうとのことだ。
貴族としてあるまじき行為であり、凡人の俺には貴族の感覚や規則は分からないが、妥当なのだろう。
幸いだったのは、ドゥム子爵は既に離婚しており、あのナンパ貴族の息子以外は被害者がいないことだろうか?
ただ、[カエルム]は短い期間で二人も統治する貴族が代わることになると考えると本当に申し訳ないという気持ちになる。
結果だけ見れば、俺が来た事によって、二人の統治者を失わせてしまった事は紛れもない事実だからだ。
これから先、どうなるんだろうか、俺が考えても仕方ない事は重々承知してるが、それでも知らんぷりできる状況じゃないよな……
そんな思いを胸に俺は嫁ちゃん達とまったりと眠る事にした。
早朝、廊下から聞こえてくる足音で目を覚ます。
部屋の前で立ち止まり、数回のノックがされる。
しかし、俺が返事をする前に起きていたポワゾンが口を開いた。
「どうぞ」
返事を聞いてからメフィスの部下が部屋に入ってくる。
「失礼致します!」と言う若い女性の声、ゆっくりとドアノブが回されて扉が開いた瞬間、俺は咄嗟に嫁ちゃん達に掛け布団を被せる。
「あ、あの……す、すみません……」と慌ててメフィスの部下が後ろを向く。
特にやましいことをした訳じゃない。むしろ、ニアやナギなんかは、寝る際に服を着ないため、慌てて隠した形だ。
「いや、すまないな。種族的に寝る際、服を着ないやつもいてな、本当にすまん」
因みに俺はしっかりパジャマを着ている。他人様の家だからな、流石にトランクス一枚で寝るわけにはいかないからだ。
若い部下のお姉ちゃんには申し訳ないが許してくれ。紛れもなくこれは完全な事故だ。
そんな俺の反応を横目に楽しそうに見ているポワゾンは、久しぶりに親指をグッと立てて何故か嬉しそうに笑みを浮かべている。
「朝から……素敵な時間になりましたね。ご主人様。ふふっ」
「いや、違うだろ……久々にやってくれたな、ポワゾン」
「たまには、こんな朝も素敵かと?」
少し悪い笑みを浮かべるポワゾンに軽く溜め息を吐きながら、メフィスの部下のお姉ちゃんに話し掛ける。
「悪かったな、それでなんの用だったんだ?」
「あ、はい。メフィス様がお呼びでして、用意が出来次第、お連れするようにと仰せつかりました」
頭を下げる部下のお姉ちゃんに俺も頭を下げてから、寝てる嫁ちゃん達をポワゾンに任せ、直ぐに支度をしてからメフィスの元に向かう。
案内された部屋はドゥム子爵が使っていた書斎のようで、室内に通されると全ての棚が空になっており、床には書類が散らばっていた。
「お、来たみたいですねぇ……昨日は無様な姿を見せてしまい申し訳ありませんなぁ」
メフィスはテーブルに置いていた両手を胸の前で、ぐっと組むと怒りを顕にしているのが明らかに分かった。
「こちらこそ、フライちゃんがすまなかったな、まさか、あんな事になるなんてな……」
互いの温度差を感じながらも、呼ばれた目的を聞いていく。
「それで、要件をききたいんだが?」
「決まってるでしょうに、国王陛下への謁見の件です、早ければ数日以内に可能との事です」
やっぱり、有耶無耶になってなかったか……謁見とか、本当に苦手とか依然にそんな身分じゃないんだよな……
「はぁ、分かった。ただ、俺にもやる事が幾つかあるんだ。それに関してはやらせて欲しいんだが?」
「ふむ、本来なら、王城で監(禁)──国賓待遇でゆっくりして頂きたいのですがねぇ……」
いま、絶対に監禁って言ったよな!
「悪いんだけど、本当にやる事があるんだ。用事があれば[バリオン]いや、多分、数日は[ガルド・ゼデール]に居るはずだから」
「[ガルド・ゼデール]ですか、砂漠の街でしたかねぇ? 本当に話を聞けば聞く程、貴方は不思議な方ですねぇ、まあ、分かりました」
納得してくれたようで一安心したのも束の間、メフィスはそのまま喋り続けていた。
「──ただし、条件があります。我輩も砂漠の街である[ガルド・ゼデール]に向かうので、宿を教えて頂けますかな、勿論、拒否などされませんよねぇ?」
ニヤリと笑うメフィスの言葉に俺は仕方なく、解体広場にあるミトの解体屋の存在を話す事になった。
事実、俺は砂漠のオアシス都市[ガルド・ゼデール]で、ずっと過ごしている拠点であり、俺が買い占めているので問題はない。
話を聞いて直ぐにメフィスは、部下の一人に地図を持ってこさせ、街の位置と解体広場を確認していく。
「ふむふむ……宿屋じゃなさそうですが? 間違いや、偽りはありませんか?」
「ないない、疑うなよ。そこが俺の仮宿なんだよ」
顎に手を当て、メフィスが軽く思考を巡らせると直ぐに地図を持ってきた部下に耳打ちをする。
「はい、かしこまりました。直ぐに……失礼致します」
メフィスの部下が部屋を退室して行く。
何となく察しはついたが一応、メフィスに確認する。
「まさか、確認に向かわせたのか?」
「何を渋い顔をしているのですか、当然でしょうに、この場に貴方が居て、本当に仮宿になっているかの確認が取れれば、我輩も安心ですからなぁ」
まぁ、そうなるよな。とりあえず、メフィスの部下が戻るまでの間に俺は俺でやるべき事をやろうと決めた。
「悪いが、そろそろ、嫁ちゃん達が起きちまうから、話はまたにしてもいいかな?」
「おやおや、それは申し訳ありませんなぁ。しかし、奥方が起きるとしても、問題はないでしょう? 何を急いでいるのです?」
俺の雰囲気を察したのか、質問をされた為、悩まずに即答する。
「決まってるだろ、朝食の支度だよ?」
予想外の返答だったのか、メフィスが驚いた様子で口を開いた。
「な、貴方は主の立場でしょうに、それが食事の用意? そんな物はメイドや使用人に任せるなり、コックを雇えば済むでしょうに?」
「わかってないなぁ、普通にメイドや使用人、ましてやコックって言うがな、俺が食べたいし作りたい物は俺にしかできないだろ?」
本来は生きる為の食だが、更に言えば食とは、こだわりである。
俺の持論でしかないが、人は食べたいと思った物を食べて幸せを感じるものだ。
そして何より、食べてくれる人がいて「美味い」の一言があれば、幸せは何倍にも膨らむと思う。
メフィスは俺の説明に飽きたのか「はぁ、分かりました」っと言ってくれた。
そこから大急ぎで厨房の場所を聞き、俺は駆け出していく。
到着した厨房は広く立派であり、調理器具等もしっかりと揃っていた。
立派過ぎる厨房に俺は軽く感動してしまった。
そして、安定の炊きたてご飯を【ストレージ】から取り出して、酢飯を作っていく。
酢飯を丼に次々に入れてから、刻み海苔を“買い物袋”から取り出して丼の中へと振りかける。
メフィスも部下も俺が【ストレージ】から出した海苔を見て、嫌そうな表情を向けて来た。
「なんですか、その訳の分からない黒い物は……」
メフィスからの質問に“海藻”だと悩まずに伝えていく。
答えを聞いたメフィスはつまらなそうに海苔を見つめ、指で掴み取ると感触を確かめてから2つに割く。
「このパリパリと言う音の正体が海藻とは……不思議ですなぁ、しかし、なんでこんなにベタつくのです」
メフィスは指についたベタつきを気にしながら質問してきた為、俺は笑いながら答えた。
「こいつは味のりって言ってな、甘いタレが塗られてるって言えば分かりやすいかな、味見してみればわかるさ」
そう言い俺は手に持っていた味のりを美味そうに食べて見せる。
実際に味のりは美味いからやめられないよな。
「うぅ、コレをですか……ふぅ、試さねば分からないという事ですかなぁ……」
メフィスは摘んだ海苔を口に運ぶ。
「なぁ! まさか、本当にこんな……!」
動揺するメフィスを心配して部下さん達が駆け寄るもメフィスはそれを手を伸ばして止めた。
「大丈夫です、少し驚いただけですからねぇ……すみませんが、部下達にも、その食べさせて構いませんか?」
「構わないよ。本来は部下さん達が味見というか、毒味してからメフィスが食べないとダメなんだろうしな」
「そうですなぁ、我輩としたことが貴方といると本当に色々と普段の振る舞いが狂ってしまいます」
そんな会話をしながら、味のりの試食が行われていき、部下さん達もメフィスと同じように感動してくれた。
味のりは偉大なり……ただ、急がないとな。
俺はついでとばかりに、更に丼を増やして酢飯と海苔を入れていく。
そして、マグロもどきのわさび醤油漬けを【ストレージ】から取り出して、味見をしていく。
軽く鼻を突き抜けるワサビの香りと醤油の美味さ、マグロもどきからは臭みが消えており、マグロ本来の味わいを更にマイルドにしたような味がする。
「こいつは美味いな、ただ、何人かは洗ってやらないとダメかもな」
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