91話、海の怪物、メフィスとキンザン
最後の仕上げだ。それはこのヤバい状況を終わらせるって意味で、俺はあのバカでかい球体の正体をすでに確認した。
【食材鑑定】の結果──あの球体は食料的には不向き、不可じゃなく“不向き”と表示された。
海の生物であり、この世界の魔物の特徴を考えたら、地球側にも生息しているだろう生物だ。
海の怪物の正体は間違いなく奴だ……
俺はナギに耳打ちをする。
「ナギ、悪いがあの足場の真上を思い切り高くジャンプしてくれ」
「わかった。しっかり掴まって」
身体を素早く動かし、尻尾にグッと力を入れたナギが一気に空中に飛び上がる。
「今だ、俺をもっと高く放り投げろ! その後は足場から離れてくれ」
「わかった、いく!」
ナギの返事が聞こえた瞬間、俺の身体が天高く放り投げられる。
俺はゴーグル越しにナギが無事に着地して移動したのを確認してから、すぐに【ストレージ】に手を伸ばし、取り出したのは入れたままにしていた飾り石だ。
落下の勢いに乗せて、飾り石を、全力で竜切り包丁を使い足場に向けて叩き込む。
【身体強化】と【リミットカット】を空中で同時に発動させる。
全身の力が竜切り包丁を握る手に集中した瞬間、その一撃は飾り石に亀裂が入るほどの力が加わる。
落下に加えて全身の力を加えられた飾り石は勢いを増して一気に加速していく。
海面にできた足場に飾り石が直撃した瞬間、“ドッゴォォォン!”という凄まじい衝撃音の後に“グオォォォンッ!”という巨大な声が空気を振動させる。
落下しながら、俺は目を閉じて小さく笑った。
石打漁なんて、知らないだろう……ざまぁ見やがれ……
落下速度が上がる最中、俺の身体が空中で抱き抱えられる。
ぐわんッ! と身体が停止した瞬間、俺は目を開く。
「いやはや……勝手なことばかりしたあげくに、勝手に人生を終わらせようとするだなんて……貴方は馬鹿なのですか?」
後先考えず、アドレナリンだけで行動していた事実に気づいた瞬間、全身の血の気が引いていくのを感じた。
「本当に貴方という存在は我輩の予定を狂わせますねぇ、これほど、思い通りにならない存在は珍しいですなぁ……まったく、頭が痛くなりますねぇ」
俺を掴まえてくれたのは、嫁ちゃん達でなくメフィスだった。
「あ、ありがとうな……」
「構いません。それよりも後でゆっくりと、あの魚どもが、なぜあんなにあっさりと息絶えているのか、ご説明願いますねぇ、拒否権は認めませんのでそのつもりで」
メフィスの視線の先には、大量のマグロ型の魔物と小さな島くらいはあるんじゃないかと疑いたくなるほど巨大なアンコウが浮かんでいた。
ただ、俺は速攻でアンコウの【食材鑑定】を行う。
本来、チョウチンアンコウなら、食べられないと表示されることだろう。
しかし、【食材鑑定】の結果は食べられない部分が確かに存在する。光の球体以外は普通のアンコウと同じで食用と表示される。
俺の中の常識で考えれば、チョウチンアンコウは深海魚の中でも食用とされない。
日本なんかで食べられるアンコウはキアンコウという種類であり、チョウチンアンコウとは別物だ。
だが、俺の目の前にいる巨大アンコウは、チョウチンアンコウの提灯があるにも関わらず、他の部分がキアンコウと類似している。
つまり、チョウチンアンコウの提灯を持った食用アンコウというハイブリッドな存在ということになる。
「マジか……」と素直につぶやく俺にメフィスが不思議そうに表情を変える。
「いきなり、なんなんですか、貴方は本当にわけが分からない人ですねぇ……なにを驚いているのか、説明しなさい!」
理解できないことが積み重なった結果なんだろうか、俺に対する口調が次第に強くなっていくように感じる。
「とりあえず、下に降りてから話すよ、空中は落ち着かないというか……」
「我輩をこんなに振り回す存在はいませんよ。本当になんでしょうかねぇ、この煮え切らない感覚は……はぁ……」
海面に作られた足場の一つへと、メフィスが運んでくれたおかげで俺は垂直落下を免れた。
メフィスに抱えられ、残った足場にふわりと着地する。命拾いした安堵と足が地に着いた事実に無事に戻ったんだと改めて感じた瞬間、じわじわと薄れた恐怖感が襲ってくる。
「……マジで死ぬとこだった」とつぶやく俺に向けて地上で待っていた嫁ちゃん達がナギに掴まりながら海面を進んでくる。
「キンザン〜! やったにゃ〜」
「オッサン! 大丈夫か!」
「マスター、大丈夫なの!」
勢いのままに飛び込んでくる嫁ちゃん達をメフィスがサッと一歩身を引き回避する。
海面を高速で移動してきたナギが止まれるはずもなく、俺に嫁ちゃん達がダイレクトアタックを直撃させる。
「ま、待て! スト、ストップ! うわぁぁぁぁ!」
俺が嫁ちゃん達に押し倒される姿に頭を軽く抱えた仕草でメフィスが首を左右に振り、残念な存在を見るような視線を向ける。
「本当に貴方という男は調子が狂いますねぇ、先程まであんなに無茶をしたと思えば、今は情けなく女性の尻にひかれているのですから、いやはや……」
言われるがままに俺も心配する嫁ちゃん達を宥めながら、苦笑いを浮かべる。
「さて、緩やかな会話はここまでと致しましょう。貴方は冒険者であり、魔物の討伐者ですからなぁ……」
呆れていた表情から一変して、真面目な表情になったメフィス。
「魔物の所有権は冒険者である貴方にありますからなぁ。もし、運ぶのであれば、人材をお貸ししましょう。協力は惜しみませんが、いかがなさいますか?」
俺はその言葉に我にかえり、すぐに巨大アンコウに向き合う。
「急がないと、こいつはまだ生きてる……気絶してるだけだからな」
俺が真剣な表情で放った一言にメフィスが一瞬、疑ったような視線を向けてくる。
「ナギ、悪い。アイツの頭側まで連れてってくれるか?」
俺がそう言い終える前に、突如、身体がふわっと持ち上げられる。
「我輩が連れて行きましょう。なにをするか興味が湧きましたからねぇ」
一瞬の事に嫁ちゃん達が慌てる表情が見えたが、俺はメフィスに抱えられて巨大アンコウの頭へと移動する。
立派な家が三軒は建てられるんじゃないかと思うほど巨大な図体を見てから、俺は脊髄の場所を確認していく。
提灯の後ろ側から全体の大きさを見渡し、だいたいの位置を確かめてから【食材鑑定】を行い、ポイントを定める。
あまりの巨体に俺の操る竜切り包丁が小さなナイフに見えてしまうほどだったが、逆に丁度いいとも言えた。
しっかりと力を込めて、脊髄に向けて迷いなく竜切り包丁を突き立てて切断する。
その瞬間、凄まじい勢いで巨大アンコウが暴れだしたが、すぐに動きを停止する。
メフィスも予想外の巨大アンコウの暴れように身構えていたが、「大丈夫だ」と声をかけてから、切断部分をさらに開き、脊髄を顕にさせる。
「なんと、魔物の解体は何回も見ていますが……素晴らしい技術ですなぁ、王都にもこれほどに洗練された職人は数名いる、本当に不思議ですなぁ」
メフィスが感心しながら饒舌になったところで、俺は頼みごとを口にする。
「メフィス、悪いんだが、この骨に真っ直ぐ風魔法を撃つことはできるか?」
「風魔法をですかぁ? 意味がわかりませんなぁ、既に死んだ魔物をいたぶる趣味はないのですがねぇ」
「勘違いしないでくれ、これは“活締め”って大切な下処理の1つなんだ。もし無理なら、1度持ち帰るだけだから、まぁ問題はないんだが」
「いえ、協力すると約束しましたからねぇ、貴方の言葉を信じましょう!」
「助かる。ただ、繊細な作業でもあるから、脊髄の外を傷つけないようにしてくれよ」
「注文が多いですなぁ、我輩にここまで色々と指図したのは国王陛下以外は貴方が初めてですよ」
軽くそう語ると、メフィスが意識を両手に集中させるように前へと伸ばしていく。
真剣な表情で作業を開始しようとするメフィスに俺は慌てて待ったをかけた。
「待った! メフィス、浮いたままで頼む!」
「な? 浮遊したまま作業をしろと言うのですかぁ!」
「ああ、俺はコックシューズのおかげで巨大アンコウが暴れてもなんとかなる。でも仮に暴れてメフィスが魔法の操作を誤ると台無しになっちまう」
「あ、貴方は! 我輩がミスをすると言いたいのですかぁぁ!」
「魚は神経を締める時に、凄い勢いで動くんだよ! 考えてる何倍もすげぇ力でな!」
メフィスがドン引きするくらいの勢いで真剣に語る俺に呆れたように従うメフィス。
「分かりました……不本意ですが、従いましょう! ただ、我輩が思う以上に暴れなかった際には、覚悟してくださいねぇ! 貴方にも同じように踊り狂っていただきますからなぁ!」
恐ろしい言葉を向けられながらも、メフィスが浮遊してから作業が再開する。
メフィスの風魔法が神経を駆け抜けた途端、凄まじい勢いで海面が振動し、尾びれが宙を舞う。
その光景にメフィスが目を奪われたのを見て、慌てて声を出す。
「集中しろ! 最後までいけ!」
「わ、わかっています! 我輩に指図をするんじゃない!」
数分だったが、緊張感の絶えない活締めが終わり、俺は動かなくなった巨大アンコウの上で安堵した。
空から降りてきたメフィスの視線がかなりおっかなかったが、血抜きまで終わらせたことで無事に作業が終了したのだ。
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