88話、ドゥム子爵の本気。メフィスの舞台
メフィスの声にドゥム子爵の顔色が一気に青くなり、私兵に視線を向けるが、彼らは口をグッと閉じて、目を閉じている。
その様子にメフィスは顎に手をあてると、わざとらしく首を傾げる。
ニヤついた表情に俺は嫌な予感を抱かざるを得なかった。
「ドゥム子爵はご自身で戦われないのですか? 困りましたねぇ……代理人ですかぁ……うーん、つまらないですなぁ!」
ドゥム子爵にグッと顔を近づけながら距離を詰めていく。
「自ら始めた決闘に代理人を立てる……貴族としては有りえませんなぁ、我輩としては、国王陛下にすべてを報告する義務がありますからなぁ」
「──わかりました……メフィス様の言う通りです、貴族として、たしかにあり得ない判断をしていますな……決闘は、貴族の誇りを重んじるものですからな……」
俺を無視して完全に話が進んでいく。最初こそぶっ飛ばしてやろうと考えていたが、これが完全な命のやり取りになるというなら話が違ってくる。
嫌な汗が拳の中にじわりと溜まって、流れ出していく。
「素晴らしい、素晴らしいですよ! それでこそ、バッカス大陸の貴族であり、偉大なる国王陛下が統治を命じた存在、いやはや……一瞬でも愚かで救いようのないゴミ屑かと、処分を考えた自分自身を切り刻んでしまいたいくらいですよ!」
目を細めて優しそうに笑うその顔をみて、俺は心底ゾッとした。
その笑いは優しさや作り笑いではなく、捕食者側の余裕を絵に描いたようだったからに他ならない。
「さて、ドゥム子爵は決闘を覚悟しました……素晴らしい、実に貴族に相応しい振る舞いに感動さえ感じてしまいますなぁ……
まさか、貴族に決闘を申し込まれて逃げるような冒険者はいらっしゃいませんよねぇ?」
やっぱり、俺にはそういう感じでくるか、わかっちゃいたけど、完全にメフィスって奴の手のひらの上ってか……
この場のすべてを支配してやがる……畜生が。
「逃げないさ、ただ、言っとくが命の遣り取りをする気はないんでな」
「おやぁ〜──変ですねぇ……この雰囲気の中で、命の遣り取りはせず、曖昧にして、いい加減な形を決着として、終わらせようというのですかなぁ?」
「俺は食べ物以外の殺生が嫌いでな、人間が食材ってんなら、話は変わるが──生憎と人間を料理する気はないんですよ。貴族の誇りと同じで冒険者であり、料理人のプライドってヤツです」
必死な抵抗と相手からの反撃がしにくい言葉を選んだつもりだ。
引くべき時は引く、だけど、引いたらダメな奴は日本で嫌ってほど見てきた。
メフィスは引いたら、興が冷めるタイプだろう……俺の経験が警告を鳴らしながらもそう告げている。
「ほぅ……プライド? 冒険者として、料理人として、実に不愉快です……えぇ、不愉快ですとも! この場において、貴族の誇りを……プライドと天秤に賭けようとは……」
俺は選択を誤ったのか……くっ!
「ハァ、ですが……誇りとプライド、似て非なるものでありながら、実に面白い……いいでしょう、我輩に対して引かずに考えを口にした素晴らしき勇気に敬意を評して認めましょう」
足を直立させたまま、上半身を俺に向けてグッと近づけたメフィスは楽しそうに笑ってみせた。
「この場では、些か手狭ですなぁ……ですが、今は非常事態の真っ只中、決闘のために場所をわざわざ移動するのもナンセンス……ですので、我輩が特別にリングをお造りしましょう」
俺はその時、微かな違和感を感じたがその違和感の正体が何なのか分からなかった。
ただ、メフィスが指定した砂浜に向けて移動することにのみ集中していた。
砂浜に到着するとすぐにメフィスがニヤリと笑い、指をパチンッと鳴らす。
ただの荒れた砂浜が渦を巻き、吸い込まれた砂がブロックのような形状になり並んでいく。
一瞬の出来事であり、無詠唱のメフィスは指だけを動かしてあっという間に砂浜にリングを作り上げていく。
「さぁ、できました……ギャラリーも大勢いらしてますし、無様な勝敗は好まれませんな……いや、失敬、個人的な発言を決闘前に口にするのは無粋でしたなぁ」
メフィスはそう語ると視線をリングの外に向ける。浜辺を見渡すように作られた小高い丘に続く街道には騒ぎを知った民衆がこれでもかと集まり出していた。
遠目で見てもそのざわつきが理解できるのだから、偶然集まったわけじゃないのだろう……
騒ぎを聞きつけて、集まったのは民衆だけではなく、嫁ちゃん達も駆けつけてきてくれた。
しかし、リングの周囲には、メフィス本人とメフィスの部下が数名、ドゥム子爵とドゥム子爵の息子(ナンパ貴族)と護衛として、私兵が4人。
俺の方は、成り行きでレイラがセコンドのようについてくれている状況であり、他の存在を一切近づけないようにメフィスの部下達が砂浜を封鎖している。
「オッサァァーーーァァンッ!」と、ミアの全力の声が響き、それに続く形でナギに掴まったドーナとペコ、グー、ミトが強行突破をしようと動き出す。
そんな嫁達に軽く視線を向けたメフィスがニヤリッと笑った。
「いけません、いけません! いけませんなぁッ! 我輩がせっかく整えた舞台を……本当にいただけませんねぇッ!」
即、動き出そうとするメフィスに対して、俺は恐怖よりも嫁達を守りたいという気持ちが勝り、声を張り上げる。
「アレは俺の嫁だァァァッ! 俺の戦いを見に来ただけだ!」
軽く遊ぶつもりだったのか、不服そうな表情を浮かべるメフィスが俺の前に一瞬で距離を詰めてくる。
「そうでしたか……貴方の奥様でしたか……御美しく、チャーミング、じつに素晴らしい奥様方ですなぁ……」
「それはどうも、俺の大切な家族なんだ、頼む傍にいさせてくれないか……」
なるべく、メフィスを刺激しないように慎重に話していくと、あっさりとメフィスは許可を出した。
「素晴らしい奥様方だ。夫を傍で支えたいという気持ちは本当に美しいですなぁ……まぁ、仮にアナタが敗北したなら、奥様方はドゥム子爵の所有物になるのですが……そうならないことを願うばかりですなぁ、おっと、贔屓はいけませんなぁ……」
軽い謝罪をわざとらしくする仕草は絶対の余裕からくるものなのだろう……
「ご心配どうも、やるだけやりますし、嫁を誰一人として、手放す気はありませんから」
「おぉ〜強気ですねぇ。それでこそ、決闘に意味が生まれる……まぁ、自身の愛する存在を前に手を抜く様な真似をするとは考えてませんが……仮に、貴方が手を抜いて、足をすくわれるようなことがあれば、一大事ですからねぇ」
そう言うと、メフィスは部下達に合図を出す。嫁ちゃん達を止めようと動いていた兵士達が即座に道を開けて、嫁ちゃん達が俺の元に通される。
「マスター!」「オッサン!」「キンザン〜」「「主様!」」と嫁ちゃん達が抱きついてくる。
よく見れば、ベリーとポワゾンが姿がなく、不思議に思い質問をする。
「二人はフライの傍にいるよ。二人のためにもボク達が急いで来たんだ」
「おい、お騒がせ野郎! 説明しろよ。これはどうなってんだよ。それにその女は誰なんだよ浮気野郎!」
ミトが初めて会うレイラに対して全力の威嚇を始めると先程までの緊張感が嘘のように吹き飛んでいく。
決闘を前に俺は自分の装備品を確認しながら、靴などを履き替えていく。
「悪いなミト、説明はみんなから聞いてくれ、俺は俺がやるべきことを全力でやってくるとするよ」
煙草をポケットから取り出して、火をつけると肺に煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出していく。
本来なら勝利の一服にしたかったが、緊張感が和らいだ今、リラックスってのも変な話だが、自分のペースを取り戻さないとな。
メフィスは俺の一服が終わるまで開始しないと言わんばかりに静かにリング中央で立っており、既にドゥム子爵は苛立ちながら俺がリングに足を踏み入れるのを待っていた。
煙草を数口吸ってから、“リサイクル袋”に消した吸殻を入れ、優しく嫁ちゃん達に笑いかける。
「行ってくるよ」
嫁ちゃん達は無言で笑みを浮かべて、ゆっくりと頷いてくれた。
俺は対人戦は本当に苦手だ……できるなら、避けたかったな。
そんな憂鬱な表情を見たドゥム子爵は俺に向けて指を伸ばし声を上げる。
「貴族を待たせおって、貴様のような愚か者は一生後悔させてやるからな!」
メフィスの手前、言葉を選んであれなのだろうから、負けるわけにはいかないな。
「待たすも何も、アンタが始めたんだろ、ドーム伯爵? 男爵だっけ、どっちでもいいけどさ」
「なぁ! ドゥム子爵だ……ふざけおって!」
俺とドゥム子爵の会話が終わると同時にメフィスが涼やかに声を出す。
拡張の魔法なのか、魔導具かわからなかったが、メフィスの声が巨大になり、見物に現れた民衆全員に聞こえるように叫ばれる。
「今より、ドゥム子爵が決闘を申し込み、それを受け入れた冒険者による決闘を開始といたしましょう。賭けるものは、互いの誇りとプライド……即ち、互いのすべて、さぁ、試合開始です!」
語るだけ語り、メフィスが突如として姿を消した瞬間、ドゥム子爵が詠唱を始める。
「我が手に集まりし大気の怒り、憤怒と成りて燃やし尽くせ【フレアボム】ッ!」
凄まじい勢いで放たれる巨大な火球。咄嗟に回避する俺の横すれすれを猛スピードで通過する。
「生意気な、今のスピードを回避するか!」
「な、魔法、マジかよ……」
ギリギリで回避したが、当たればタダじゃすまないだろう、灼熱の火球。
回避したはずなのに服の袖が微かに焦げている事実に、改めてドゥム子爵が本気で俺を殺しにきているのだと、改めて気付かされた。
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