73話、グリド商会。無茶な契約
大通りの先に開けた広場が現れる。
広場には無数の倉庫が並んでおり、その一つに目立つサイズの看板を入り口横に立てかけた倉庫があった。
看板を確認すると『ミトの解体屋』とはっきりと書いてあったので、この倉庫が服屋の爺さんが言っていたオススメの店だと思う。
予想していた店という雰囲気はなく、工場のような雰囲気なのが少し引っかかるが、とりあえず確かめるように近づいていく。
見た目だけを説明するなら『冒険者ギルド』の解体場にスライド式の扉を取り付けたような印象を受ける。
看板の置かれた倉庫のような建物の中に入ろうとすると、扉越しに分かるくらいの凄まじい女性の怒鳴り声が響いてくる。
「ざけんなよ! ウチの解体屋はもう竜切りがいねぇからロックドラゴンを持ち込まれても解体なんざ、できねぇぞ!」
「頼みますよ……ミトさんがダメなら[ガルド・ゼデール]じゃ誰も捌けないって話になっちまうんだよ。この通りだから」
「あ!? 元はアンタんところがッ! いい加減な仕事をしたから解体証明を剥奪されたんだろうが! ウチを巻き込むんじゃねェ!」
「これが最後だから、この解体ができないと、ウチが潰れちまうんだ。頼む! これが済んだら、二度と竜種の話には乗らないから、頼む!」
話が続いているが、単純に竜切り包丁を扱える職人が不在なんだろうな……ややこしくなりそうだから、日を改めるかな。
「頼むミト! 見捨てないでくれぇーーーー!」
「はぁ! しつこいんだよッ! うらァァ!」
ガダンッ! 「え? ぐあ!」と凄まじい怒鳴り声と共に、俺の立っていた目の前のスライド式の扉が吹き飛んでくる。
開こうとしていた扉の前にいた俺に、その扉が直撃する。
後ろ向きに倒れる俺の横を、髭を蓄えたオヤジが吹き飛んでいくのが僅かだが見えた。
「二度とつまらない話を持ってくんなよ! バカ野郎がッ!」というドスのきいた女性の声。
「ああぁ、キンザンさん大丈夫?」
「ありゃ、完全にドアにやられてるにゃ」
「ベリー様。落ち着いてくださいご主人様は【自己再生】が発動するでしょうから」
そんな慌ただしい声が耳に入ってくる最中、ドーナとナギの怒りに満ちた声も聞こえてくる。
「よくもマスターをやったなの!」
「ドーナ協力する……シャアァァァッ!」
意識はあるが、身体が動かないのはまずいな、早く止めないと……
「「私達も主様の仇取りです!」」
待て、待て、待て! なんでペコとグーまで参戦してんだよ……フライちゃんも止めに入ってないし、まずいぞ、動け身体!
そんな最中、残念なことに怒鳴り声の主が解体場から出てくる。
横目で確認した姿は、ギザギザの歯に薄紫色の肌をしたサメのような雰囲気を持った女性だった。
半袖に短パン姿で馬鹿ほど長くデカイ柄の玄能を肩に載せて出てきたのが見えた。
「あぁ? なんだテメェら! 何、人の店の前に集まってやがんだよ! 砂ザメのミト様の店ってわかってんのか、ゴラァ!」
そう語る、ミトに会話をすることなく、ナギとドーナ、ペコとグーが襲いかかる。
「な、なんだテメェ! いきなり、来やがって! なんなら、頭ぶち砕いてやんよッ!」
荒々しい言葉を聞いた瞬間、【自己再生】で動けるようになった俺が間に入る!
「ストッ──」言い終わる前に、ミトの巨大な玄能とナギの拳が俺の身体にめり込み、本当に意識が吹き飛んでいく。
どれくらい意識がなかったのか、目覚めると見知らぬ部屋のベッドの上だった。
微かに覚えている凄まじい激痛と衝撃に身体中を見渡し、自身の手足や肉体がしっかりあるかを確認していく。
「ちゃんとあるな、流石に内蔵ぶちまけたかと思って焦ったな。はぁ、よかった……」
俺は大きく安堵のため息を吐くと周囲を見渡していく。
「なんか、殺風景な部屋だな……」
「意味わからないけど、褒め言葉って感じじゃないよなァ、起きて早々、文句みたいなもんかぁ?」
背筋がゾクッとするような低い声に俺はゆっくりと首を後ろ側に捻る。
そこにはボロボロで包帯姿のミトさんがギザギザの歯を剥き出しにしたまま立っていた。
「よう、優男……目覚めたみたいだなァ……いきなり邪魔しやがって、本当にムカつく野郎だなぁ!」
俺は唾を飲み込んでから立ち上がり、しっかりとミトを見る。
「なんだい、優男? そんな情熱的な視線向けても簡単にこのミト様は落とせねぇぞ? まぁそんなつもりないだろうがねぇ、説明してやるよ!」
「そいつは残念だ。説明よりも、嫁ちゃん達はどうした!」
「あ? 下で飯食べて休んでるに決まってんだろうが優男……説明も、話を聞く耳もねぇのか、バカ野郎がァッ!」
その瞬間、俺はただ、凄まじい敗北感を感じてしまった。てか、みんな無事ってことじゃんか!
「おい、早とちり野郎! 目覚めたなら、早く起きやがれ、先ずは飯食って体力取り戻せや!」
言われるまま、起き上がり、案内された下の食堂スペースへと向かっていく。
食堂では嫁ちゃん達が座っており、俺の顔を見るなり安堵の表情を浮かべていた。
「目が覚めたみたいね。キンザンさん」
「オッサン大丈夫かよ?」
「良かったにゃ」
そんなミア達の明るい出迎えとは真逆に申し訳なさそうにシュンとしているナギの姿があった。
「マイマスター……ごめんなさい……」
普段からは想像できないような小さくて、か細い声に俺もなぜか罪悪感を感じてしまう。
「いや、不可抗力だから、気にすんなよ。それより気絶してる間に何があったか教えてもらえたら助かるんだが」
そんな言葉に後ろ側にいたミトが説明を開始する。
「いいか、話してやるからよく聞け勘違い野郎! お前はこの砂鮫のミト様とそこの蛇女に殴られて気絶したんだ!」
気絶した後、やる気満々だったミトが止まらなかったため、ミアが本気でミトをぶっ飛ばしたそうだ。
ミアに吹き飛ばされた後、慌てる嫁達の姿があり、ミトも怒りが吹き飛んだのか、冷静になり、俺をとりあえず、解体場の二階にある部屋に運んで寝かしてくれていたらしい。
話を聞くため、ミトが飯を手早く作り、嫁達は素直に従い、今に至るそうだ。
嫁ちゃん達が無事でホッとした反面、飯まで振る舞うとは、ミトって奴は変わり者なのかもしれないな。
「な、なに見つめてやがる、この色ボケタラシ野郎が!」
随分と嫌われてるのかな……あはは。
「とにかく、いきなり来てなんかあれだが、介抱については、本当にありがとうな」
「素直に謝んな! 調子狂うだろうがヘコヘコ野郎が!」
すごい口が悪いことを再確認しながら、とりあえず話を進めていく。
「あ? なんだよ。服屋の爺さんと『星降る砂漠亭』女将の紹介なら先に言えよな!」
「いや、話す前に吹き飛ばされたと言うか……」
「言い訳すんなよ! 吹き飛ばされ野郎が、また吹き飛ばすぞ!」
「いい加減にしろよ! 話しづらいったらありゃしないな! 気になって見に来たが、無駄足だったみたいだな」
さすがに俺も我慢の限界で言い返してしまう。
「誰も頼んでねぇし! 勝手にきて、失望しやがって、こっちは本来それどころじゃない中で話してやってんだよ!」
ミトの言葉に俺はあることを思い出して質問をする。
「そういや、ロックドラゴンがどうの言ってたな?」
俺の言葉に、苛立ちを隠さずに睨みつけてくるミト。
「アンタにゃ関係ねぇだろうが」
少し勢いが落ちた気がするな、冷静になり始めたのかな?
「なぁ、少しでいいから話してくれないか?」
「なんで部外者に話さねぇとならねぇんだよ!」
俺は少し悩んだが、納得してもらう方法として竜切り包丁を【ストレージ】から取り出して見せることにした。
さすがのミトも、目の前に出された巨大な竜切り包丁に驚き、重さなどをたしかめている。
正直、俺の方が驚いたと言いべきか、今まで竜切り包丁を持ち上げたやつなんて見たことがないし、ましてや、それを両手でしっかり握る姿に俺は感心していた。
「すごいなぁ、竜切り包丁を握れる奴を初めてみたぞ」
「あ、あた、当たり前だ! 解体屋、砂鮫のミト様をなめんな!」
少し辛そうにしているので、竜切り包丁を片手で受け取り、【ストレージ】へと収納していく。
「お、おい、マジかよ! なんで片手なんだよ!」
「いや、それよりも、ロックドラゴンの話をしないか?」
そう切り出すとミトは渋々と言った様子で席に一度座る。
俺はロックドラゴンが、なぜミトの元に回されたのかを聞いていく。
実際にミトは契約書を交わしていて、契約書の内容は酷いものだった。
・持ち込まれた素材は絶対に解体しなければならない。
・解体に失敗した場合は全額損失を負担しなければならない。
・解体の際には道具は自身で用意すること。
・持ち込まれた素材は三日以内に解体すること。
こんな内容が記されており、解体対処に対する一覧や、持ち込み期日に関する記載はなく、一方的な契約内容になっていた。
「なんで、こんな無茶な契約をしたんだ?」
「仕方なかったんだよ……親父が残した解体場を失うわけにいかなかったからな」
詳しく話を聞いていけば、親父さんの借金があり、解体場を手放すか、契約をするかの二択を迫られていたらしい。
この広場を中心に存在している倉庫の全てが解体場であり、各得意分野の解体を行う解体場所として知られているらしい。
ただ、俺達がこの広場に来てから開いていた倉庫は2つのみで、あとは全て扉が閉められていたように見えた。
「みんな、『グリド商会』に借金して、解体が難しいもんを捌いて失敗して、解体場を奪われちまった。残すはウチとバルガスの所だけだけど、さすがに今回は無理だな」
バルガスは最初に吹き飛ばされたヒゲモジャのオッサンでコカトリスの卵を解体するように言われたらしい。
よく分からないが、コカトリスの卵は弾力が強く、殻を上手く外して膜を破かないようにして数日放置すると珍味になるらしい。
そして、ミトに任された食材はロックドラゴンという岩亀のような姿の生き物でドラゴンではない。
ただ、龍の皮膚にも匹敵するとされる硬い甲羅に覆われていて、無理に甲羅を割ると中の食材である柔らかい肉が裂けてしまうという厄介な食材だった。
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