41話、ドラゴンの肉を切ってみた
この日、朝から俺は一人、自由行動をしている。
どうして一人なのかと言えば、今日は『調理師ギルド』に砂糖を売りに行く日だからだ。
流石に交渉なども考えると嫁ちゃん達をむやみに連れていくのは良くないと考え、嫁ちゃん達には申し訳ないが一人行動をさせてもらっている。
『調理師ギルド』に到着すると挨拶も早々にギルドマスターのルンダさんに奥の部屋へと引っ張られていく。
「いいタイミングで来てくれた! 女神の慈悲に感謝するよ」
腕を掴んだまま、なぜか安堵の表情を浮かべ、興奮する姿に頭の中に『?』が無数に浮かぶ。
「とりあえず、説明を頼めるか……マジに意味が分からないんだが?」
「済まなかった。アタシとしたことが、まずはこの奥にある食料保管庫を見てもらえば、キンザン殿が来て女神に感謝した理由が分かるはずだよ」
言われるままに、案内された先にある鍵付きの扉が開かれていく。
その先には、黒く濁った巨大な肉であろう塊が地面に置かれた石の板にただ置かれていた。
室内には棚があるが、そこには食材はなくただ冷えきった室内には酷い腐敗臭と嗚咽を吐きたくなるようなエグ味のある臭いだけがすべてを支配していた。
「いや、無理ですって、腐ってるじゃないですか、これ!」
室内から退室しようとした瞬間、腕を全力で掴まれた。
「ま、待て、話を聞いてくれ! アレはまだ、ギリギリでも、食材なんだ!」
「なんなんですか! ギリギリって、食材じゃないでしょ、アレは!」
指さした黒い塊から、液体が吹き出し悪臭を放っている。
「無理、無理、無理だっ! あんなん絶対に食材なんかじゃねぇだろ!」
「アレはドラゴンの肉なんだーーー! アレの中心にはまだ食べれる部分があるんだぁぁぁ! 見捨てないで話を聞いてくれぇぇぇぇぇキンザン殿っ!」
「わかったから、一旦、はなしてくれ、外で聞くから!」
「約束だからね! 絶対に聞いてくれよ!」
食材保管庫から出て、新鮮な空気を全力で肺に送り込む。
煙草すら吸う気が失せるような臭いに再度閉められた扉に嫌悪の視線を向ける。
「訳を早く話してくれ……」
「あれは、未熟な職人が竜切り包丁を誤って使った結果なんだ。ウチら『調理師ギルド』は珍しい食材を仕入れるのは知っているだろう?」
話を聞けば、小竜を討伐したという報告を受けて、すぐに買い付けたが、未熟な職人が解体した結果、竜の毒素を完全に消滅させることができておらず、『転送陣』から送られてきて、数日で腐敗が始まってしまったとのことだ。
本来は処理を完璧に行った後、肉を熟成させて柔らかくさせるはずが、腐敗した肉を処分出来なくなってしまい、今の状態に追い込まれてしまっているようだ。
「それと俺とどう関係があるんだよ?」
「むしろ、知り合いで竜切り包丁を持って使いこなしてるのはキンザン殿だけなんだよ」
知り合いって、たしかに竜切り包丁はもらったが……
「まったく話が分からないんだが……竜切り包丁が必要なら、貸すぞ? 返せってんなら修理代をもらえるなら、構わないしな?」
少し悩んだが、本当に必要なら、それくらいは構わない。
まぁ、理由としては、竜切り包丁は既に買った扱いになっているからだ。
高い買い物になるだろうが、“買い物袋”で自分の分は何とかなるだろうしな。
「違うんだ。勘違いさせたなら申し訳ないのだが、今の『調理師ギルド』に竜切り包丁を扱える人材がいないと話しただろう、だから職人に頼んだ結果がこれなんだ」
下を向き、悔しそうに俯くルンダさんの姿はブラック企業時代に実力不足を感じていた頃の自分を見ているような気持ちになる。
悔しくて、辛くて、でも誰になんて言えばいいか分からない。痛みに耐えながら叫ぶことすら許されなかった。
足掻きたいよな……僅かな希望すら起死回生の一手に見えるんだ……
「俺は出来る事しか出来ないぞ?」
「その言葉に感謝するよ……情けない話だがね」
「はぁ、食材を触る前は吸わない主義なんだが、今日は許して貰うぞ」
俺はポケットから煙草を取り出す。悩まずにライターを“カチっ”と鳴らし、肺に煙を流し込み、気合いを入れると、弱音と共に煙を吐き出していく。
「あんまり柄じゃないんたがな、まぁ、任せてくれよ、ギルマス。俺も『調理師ギルド』の一員だからな」
「本当に済まない……キンザン殿」
「だから、謝るなって。それより、竜なんて捌いたことないんだ、しっかり教えてくれ」
吸殻を“リサイクル袋”に放り込むと俺は【ストレージ】から作業用ゴーグルを取り出し、装着すると口に適当な布をしっかりと巻き付ける。
【ストレージ】から竜切り包丁を取り出して、しっかりと握りしめていく。
「頼むぜ相棒。まぁ、さっき売ろうとしたから、調子のいい話だけどな」
素直な言葉を片手に向けつつ、第2ラウンドを開始していく。
開かれた扉からは最初程じゃないが、凄まじい腐敗臭が全身を包み込むように流れ出してくる。
全身に嫌悪感が駆け抜け、覚悟が揺らぎそうになる。
覚悟って言葉を簡単に曲げんなや! 一歩踏み出せ、ビビってんな!
視線の先にある絶望を塗りたくった肉の塊に竜切り包丁を向けて進んでいく。
「竜の本能か……さっきより臭いが酷くなった気がするな」
「実際に酷くなってるよ……済まないが急ごうキンザン殿」
時間が無いらしいな……
「まずは何をすればいい!」
「最初に肉の周りに切れ目を入れて、円を描くように意識して、切り離してくれ」
言われるままに、皮と肉を切断するように竜切り包丁を突き立てる。
オークなんて比じゃない硬さを両手に感じながら、【身体強化】と【調理器具マスター】を発動して、さらに力を加える。
僅かに刺さった先端が次第に肉と皮の間に飲み込まれていく。
「すごい……こんなにあっさり、刃を通すなんて……」
「感心してんなよ、次の指示を頼む。円を描くにしても、これ以上動かせないんだ」
「いや、大丈夫さ。すぐに分かるはずだから、そのまま刃を押し出されないように気をつけて」
たしかに、なんか押し返されるような感覚が腕に伝わるな、本当に死んだやつの肉なのかよ……
「ヤバいかもしれん、凄い力で押し出そうとしやがる! ちくしょうがァァァ! 【リミットカット】!」
戦闘以外で使うことになるなんてな、だけどな、ブラック企業出身なんだよ!
「理不尽上等、ド腐れがッ! ブラック企業出身のオッサンを舐めんなやァァァッ!」
八つ当たりの馬鹿力で再度、刃を押し込んでいく。
数分の力比べに腕から悲鳴があがる。
【自己再生】を発動してこれなんだから、本当に強敵過ぎるだろ。
俺の限界が近づき、焦りが表情に出始めた時、押し返す力が弱まった事実が両手を通して全身に伝わる。
それと同時に、脳裏に嫁ちゃん達全員の笑顔がよぎる。
「根比べなら、負けねぇぞ!」
「キンザン殿! もう少しだぁぁぁ!」
「分かってる、早く諦めろォォォォやぁぁぁぁ!」
刃がスッと、肉の中に吸い込まれた瞬間、真横から声が叫ばれた。
「キンザン殿、今だ! 刃を皮と肉の間を滑らせるように流してくれ!」
「流すって、クソ! 失敗しても知らねぇからな!」
言われるままに、力を込めずに、ゆっくりと刃の通り道を探す。
スッと再度、刃が流れる感覚をみつけ、悩まずに滑らせる。
円を描くようにして、皮から剥がされた肉、その肉はまるで生命力を取り戻したかのように腐敗が止まり、細胞が脈打つように活性化していく。
「な、なんだこれ……」
「キンザン殿、やったぞ! 竜切り包丁は基本、竜を斬るために竜の素材を使うんだ。そして、調理用の竜切り包丁には『リトルホーリードラゴン』の骨が粉末として使われているんだ」
「知らない情報なんだが……」
「はは、渋い顔をしないでくれ、あまり話すべき話でもないからな、だが、竜切り包丁を使いこなせば、『リトルホーリードラゴン』の力を使うことが出来る」
早い話が、食材を再生させるってことなのか?
ホーリードラゴンって初めて聞いたワードだけど、調べる価値がありそうだな。
とにかく目の前にある素材をなんとかしないとな。
「皮を剥いだらどうすんだ!」
「そこからは、簡単だよ。筋にそって、肉を切断するんだ。ただ、細胞組織が復活してるから、無理に力を入れたら跳ね返されるからね」
「跳ね返されたらどうなるんだ!」
「跳ね返されたら、最初からやり直しさ、ただ、皮じゃなくて、肉を剥がさなくちゃいけなくなるから、難易度が一気に跳ね上がるよ!」
「ふざけんな! 絶対にミスれないじゃねぇか!」
「だったら、気合いを入れるしかないな、キンザン殿!」
ちくしょうッ! 俺はただ砂糖を届けに来ただけなんだぞォォォォォォォッ!
絶対に負けてやらねぇからな!
長い戦いになったが、細胞に逆らわずにやっと次のカットが終わり、次に中心へと一気に刃を伸ばしていく。
頬を伝う汗すら神経を逆撫でしていくような感覚、両手を濡らす汗がどれだけの時間をこの場に留まっているのかを物語る。
「やっとかよ、二度とやらないからな!」
「あはは、キンザン殿、最高だな、アタシはこんな楽しくてゾクゾクした肉の解体は初めて見たぞ」
当たり前だ、俺は【解体】に【調理器具マスター】【身体強化】に【リミットカット】【自己再生】と使えるスキルは【食材鑑定】も含めて全て使ったんだからな。
「キンザン殿、見てくれドラゴンの肉が生命力を取り戻して、輝いてるだろう、勝利の輝きに見えないか?」
「勝利の輝きよりも、筋肉痛がやばくなりそうだ……」
視線の先には腐敗していた筈のドラゴン肉が輝き、まるで仕留めた直後かと疑いたくなるくらいには、美味そうな肉に姿を変えていた。
俺は砂糖の代金とドラゴン肉のカットに対する報酬をルンダさんから貰い、屋敷へと戻ることになった。
ただ、1ついい知らせがある。熟成が終わった際にドラゴン肉を分けて貰えることになった。
苦労に見合うだけの味なのかも気になるが、何より本当に食えるのかが気になって仕方ないんだよな……
ちなみに屋敷に入る前にニア達に見つかり、素晴らしく厳しい表情で水浴びをするように言われ、その後に「お風呂に入るニャ!」っと、めちゃくちゃ怒られてしまった。
聞きたいことや、気になることは山積みだが、たしかに風呂に入りたい……ある意味、散々な一日になってしまった。
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