272話、風呂の温度にご用心?
夜空に舞い上がる湯気、普段なら人が近寄らない一角に作った入浴スペースには、人が大量に押し寄せている真っ最中だ。
まぁ、忘れてたんだが、普段から水浴びが基本のこちらの世界を考えれば、風呂は高級品、つまりは、普段から簡単には入れないって事実だな……
そんな風呂が待てば無料で入れるとなれば、諦める人はいないだろう。
さらに言うなら、単管パイプの熱で夜なのに仄かに周囲は暖かい空気になっていれば、それだけで待つ価値があると判断してくれたらしい。
そうなれば、歌い出す人や、朝の作業について、喋り出す者と賑やかな雰囲気になっていく。
待つ人がこれなんだから湯船に浸かる側からも次第に声が漏れ出していく。
気づけば、女湯側からは華やかな、男湯側からは心からの、互いに違った感想が聞こえ、笑顔と喜びが溢れ出しているようだった。
ただ、今回の風呂で一番苦労したのは、火魔法が“苦手な人材”を見つけることだった。
単純に火魔法の得意な存在は沸点を軽々超えてくる。つまりは、100度をあっさり超えて、パイプを通しても湯が煮えたぎってしまったからな。
結果的に火魔法が苦手な人は100度まで炎の温度が上げられない事実を聞いていたから、その欠点を逆に活かしてもらい、結果は大逆転ってな感じだ。
そうして、風呂は上手くいっている。
1つ、問題があるとすれば、女湯のお湯を“リサイクル袋”に入れる際に、若いお姉さん方がわざと立ち上がり、からかってくることくらいだ。
本当に俺なんかをからかうのは、やめて欲しいなぁ……
「困ったもんだなぁ、こんな場面を嫁ちゃん達と娘達に見られたら、大目玉だからな」
「そう思うなら、目隠しでもしたらどうなのさ?」
声の主は女湯を任せているデジールだ。
片手を腰にあて、もう片方の手を動かして、複数のシンクから、使い終わった湯を空中に浮かして、“リサイクル袋”に流し込む作業を手伝ってくれている。
「そういうなよ……目隠しなんかしたら、仕事にならないからな。ほい、デジール、水を頼むよ」
「わかったわよ。しかし、よく考えるって呆れちゃうよ。どんな頭の中してたら、こんなのを考えつくのさ」
「何となくだよ。それに災害なんかの時は寒さとか孤独感が一番の敵になるもんだからな、暖かい気持ちがあれば、何とかなるだろ」
俺がそう言い、笑いかけるとデジールが軽く苦笑した。
「アンタって、やっぱり……お人好しすぎるわね」
「だから、気楽ってのが一番大切なんだよ」
そんな会話が終わる頃には、湯船から湯気が舞い上がり、新しくためた水がお湯へと変わっていく。
男湯側から「お兄ちゃん〜! こっちも入れ替えだよ!」とロゼ君からの声がする。
「わかった! 向かうから待っててくれ」
俺は急ぎ女湯のスペースから移動していく。
「やっと来てくれた! もう、お兄ちゃんがいないと、お湯の入れ替え大変なんだよ!」
「悪りい、早速入れ替えるよ」
作業を開始すれば、頭領達がこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
「お、旦那! ありがてぇ湯を感謝だ。あっしらみたいな、他所もんにも使わせてもらえるなんてなぁ」
「なにいってるんすか、むしろ、こんなに働いてくれてる頭領や皆さんには感謝しかないですよ」
「若えのに、よくできてんなぁ。明日も頑張らせてもらうぞ! ありがとうな」
それからも数回、湯を入れ替え、時間が過ぎていくが、王都中から集まる人の渦は止まることはないらしい。
ただ、このシンク風呂にも、どうしようもない問題ってのが存在する。
「キ、キンザン殿……すみません、魔力切れです……もう、魔力ポーションも、うぷっ、飲めません……」
そう、火魔法を使えるが苦手な人材にしか風呂を沸かせないことだ。
魔石を使うにしても、時間が掛かるし、個別に使うとしても、温度管理が難しくなる。
やって来たベリーから「キンザンさん。今日はここまでみたいね?」と言われて俺は力なく頷く。
「そうだな、残念だけど、これ以上は無理だな」
俺とベリーの会話にデジールが不思議そうに首を傾げると質問をしてくる。
「なんでだよ? 料理の時みたいに、火魔法使える奴に全部温めてもらえば済むだろ!」
「いや、デジール……これは料理じゃなくて、風呂だから、逆にできないんだよ」
「いや、だって、お湯にできたら入れるじゃないか」
「違うんだよ。普通の火魔法って奴は100度を超えるんだ」
「なら、早く湧くんじゃないのかよ?」
「いや、むしろ、得意な人なら120度は軽く超えるだろう、そんな温度で湯を沸かせば火傷するだろ」
「はぁ、キンザンさん。説明が下手ね。デジールさんもそれじゃ分からないわよ」
ベリーは、シンク風呂の仕組みについて説明をしてくれた。
「キンザンさんの作ったお風呂は単管パイプを温めて、お湯を沸かすのよ。しかも、熱伝導率がいい素材を使ってるから、高い熱が簡単に冷めないのよ」
「ごめん、ベリーさん、訳分からないや」
結局、デジールにわかる説明していく。
「煮立った湯に水を入れても、人は入れないだろ?」と話して何とか納得してもらった。
集まった人達は次の日に入れるように優先券を配り、名前を書いてもらう形で何とかなったので良かった。
俺達は屋敷に帰り、食事を作ると次の日に備えて、就寝した。
ちなみに夕食はフライちゃんのリクエストで麻婆豆腐とラビカラの甘酢がけというメニューになり、しっかりと味わった。
娘達も初めての麻婆豆腐にハマったのか、好きなメニューランキングのトップが麻婆豆腐になったことは言うまでもない。
そうして、夜が明けて朝になる。
昨日は慌てて風呂を作ったため、色々とややこしくなってしまったので、最後の掃除が完全に出来なかった。なので朝から風呂掃除をすることにした。
風呂掃除をするというと、朝食の際にポワゾンが俺に向けて、声を掛けてきた。
「ならば、ワタシ達がやらせていただきます」
「「はい。主様、任せてください」」
そう言うと、ポワゾンは、ペコとグーを連れて行ってしまった。
俺達が到着した時には、既にシンクは泡で包まれてピカピカに磨かれ、輝きを放っていた。
それと同時に、見慣れない青年達がシンク風呂の周りに集まっていたので、声を掛けてみる。
「あの? まだ、風呂は始まらないけど……」
青年達に視線を向けながら、俺がそう言うと、その人達はコソコソと話をした後、1人の少女が前に出てきた。
俺の前に立った少女、見た目は16歳くらいだろう。日本なら高校生くらいの身長なので、そう感じる。
「あ、あの私たち、魔法学園の生徒で、その……半人前なんですが、役に立ちたくて来たんですが」
どうやら王都にある学校らしい。魔法学園とは、本当にファンタジーだが、魔法がある世界なら、使い方を学ぶための機関があるのも納得だな。
「えっと、気持ちはありがたいけど……」
俺が言葉に迷いながら、そう口にすると、代表の女の子は下を向いてしまった。
「そ、そうですよね……でも、火魔法とか、得意じゃないですが、多少は使えるんです……なにか、手伝えませんか」
「火魔法が苦手なのか?」
「え、あ、はい……私たちのクラスは水魔法と風魔法がメインで、火魔法は苦手な人ばかりです……」
聞き方が悪かったのか、さらに下を向かれてしまった。
そこにポワゾンがやって来ると会話に入ってくる。
「ご主人様、話は聞きました。若い方々に手とり足とり教えるのも、良いのではないですか?」
「言い方が生々しいんだよ……ただ、それが事実なら、逆に助け船だ」
俺はシンク風呂の仕組みと熱伝導率について説明をしていく。
水魔法が得意という事実もあり、俺達からすれば、間違いなく欲しい人材だったので、ありがたく力を貸してもらうことにした。
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