254話、バッカスの暗雲
朝の団欒が終わり、昨日同様に馬車が屋敷にやってきた。ただ、馬車はヒヒ様のものじゃなく、王家の馬車という立派すぎる馬車だったのには驚いた……
朝っぱらから、賑やかだと思えば、こりゃ確かに騒ぎたくもなるな。
普段は忘れ去られた屋敷の周りに集まる人だかり、結果として、俺達の住んでいる屋敷だとばれてしまった。ため息も出てしまったが、まぁ仕方ない。
そんな王家の紋章入りの馬車に乗り込むフライちゃんをエスコートしつつ、俺達はコロシアムまで向かうことになり、馬車に揺られる僅かな時間だが、楽しそうにはしゃぐ娘2人を見て、微笑んでいる自分に気づく。
「きんざんさん、完全にパパさんの顔ですね」
フライちゃんにそう言われるまで、普段以上に顔がニヤけていることに気づかない俺がいたのも事実だった。
ちなみに用意された馬車は2台のみで、1位のフライちゃん用の馬車と3位の俺用の馬車になる。
当然、全員が乗車できないので、悩んだが、突然ミアが提案を口にした。
「オッサン達を迎えに来た馬車なんだからさ、2人で行きなよ。あ、ナズナとリーフは乗せてってあげろよな?」
その言葉に他の嫁ちゃん達は多少不満もありそうだったが、ベリーから「揉めるくらいなら、歩いて向かうわよ」と笑顔で言われ、結果、馬車一台で移動することになった。
ベリーは、既に今日の授与式で販売する屋台版『フライデー』の準備もあるらしく、他の嫁ちゃん達も大半がその手伝いになるようだ。
商売根性ここに極まれりなんてのは、ベリーみたいな性格に使うんだろうな。
馬車に揺られて到着したコロシアムには、既に大勢の人がごった返し、俺達の乗った馬車を見て、歓声があがり、本番前から熱気に溢れていた。
「大会そのものがお祭り騒ぎだったけど、授与式までこの賑わいとは、フライちゃん、超有名人じゃんか」
「何を言ってるのですか? きんざんさんも3位なんですから、もう少しだけ、自覚を持っていただきたいですね」
「手厳しいなぁ……さて、目的の優勝はしたけど、その前にルフレ殿下に会わないとな……胃が痛いなぁ」
「なぜです?」
「フライちゃん、俺が勝手に“癒しの滴”を使った話はこの前したと思うんだけどさ、あれ、ルフレ殿下に預けてたやつじゃないから、今頃……騒ぎになってる気がするんだよな」
そう、俺はナズナやリーフを助ける前にデジールとの約束でミトロ・ジーア大司教を助けるために“癒しの滴”を“買い物袋”から取り出して使った。
逆に言えば、新しい“癒しの滴”が生まれた際に古いものから輝きと効果を失うことも確認済みなので、その事実をヒヒ様からルフレ殿下に伝わってない場合、かなりの騒動になるだろう。
「とりあえず、ダメもとでメフィスに会えないか聞いてくるよ」
馬車が止まると同時にデジールが出迎えてくれた開かれた馬車の扉から先に降りると軽く挨拶を交わす。
「デジールじゃんか、どうしたんだ? ヒヒ様かミトロ大司教、もしくは、エトランジュからなんかあるのか?」
「違う。ただ、アンタら2人が授与式に出てる間、あの2人を預かるだけだ! 先に返された馬車から話は聞いた。まったく、何のために馬車を2台も送ったか考えてくれ……」
「ああ、そういうことか、悪い。なら、2人を頼むよ。もし、他の嫁ちゃん達に合流したら預けてくれて構わないからな」
「わかってる。ただ、先に来たアンタの嫁さん達も屋台だろ? 周りはまだ危ないから、それまで預かるだけだ」
「なら、ナズナ、リーフ、デジールお姉ちゃんの言うことをちゃんと聞くんだぞ! フライちゃんまた後でな」
「はーい! 行ってらっしゃい」
「はい……頑張って、パパ」
「きんざんさん、また後でですね」
嫁と娘達に見送られる感じ、なんか憧れてたが、叶うとこんなに嬉しいもんなんだな。
俺が急いでメフィスのいるであろう部屋に向かおうと通路を進む。
ただ、なぜか複数の鎧姿の兵士に不審者扱いで止められてしまった。
「話を聞いてくれないか? 俺はキンザン、フライデーのキンザンだって伝えてくれたら分かるはずだ」
俺を掴まえた男はニヤニヤしながら、俺を見てくる。目つきはゴロツキかチンピラのくせに、鎧は聖騎士のものを着ている。
よく見れば俺を取り囲んでる連中は王家の印が入っていない鎧ばかりだった。
「残念だが、お前さんが誰でもここは通せねぇんだ。むしろ、ツイてなかったって思って後悔しな!」
「おい、おいおい、嘘だろ……冗談にしては笑えないんだけど」
聖騎士の男はいきなり抜刀しやがった! ふざけんな、恨まれてるとしても、限度があるだろうが!
「教会に恥をかかせてくれた、あの女も、王国の英雄も今日で終わりだ!」
「おい、喋りすぎるなよ……」
「いいんだよ、死人に口なしって話だからな、じゃあな、ツイてない運命を呪いやがれ!」
男が俺に剣を向けた瞬間、俺も【ストレージ】から竜切り包丁を取り出し、【調理器具マスター】を発動していく。
「ふざけんなよ! いきなり、逆恨みでバッドエンド作ってんじゃねぇぞ!」
突然受け止められた刃に驚いたのか、男が剣を引いた瞬間、俺は無我夢中で竜切り包丁を振りながら、駆け出していく。
【身体強化】に【リミットカット】、すべてのスキルを使い走っていく。
背後から「バカ! 逃がすな!」「くそ、捕まえろ!」「話しすぎた結果これかよ、クソがッ!」「大丈夫さ! バレても誰にも止められねぇよ」幾つもの声が聞こえるが今は無視だ!
どうなってんだよ! なんで、聖騎士に追われないとならねぇんだ。
走る俺の視界の先、デジールと歩くナズナとリーフの姿が見えた、俺は咄嗟に叫んでいた。
「2人を連れて走れぇぇぇぇッ!」
俺の声にデジールは悩まずに従うと、2人を抱きかかえて走り出してくれた。
「何があった! なんで逃げないとならない!」
「悪いデジール! 理由はわかんねぇけど、アイツらおかしいんだよ!」
走る俺の背後へ、デジールが視線を向ける。
「なんで、武器なんか! 本当に何をしたんだよアンタ!」
「俺が聞きたいっての!」
走っている最中
『出入口』⬅
『会場階段入口』➡
と案内板が出てくる。
「会場で、あんな奴ら引き連れて走るのはまずいよな!」
「アンタ、何言ってんだよ! 会場なら警備の兵士がいるだろう!」
「奴らが、その警備してた兵士なんだよ!」
「兵士! どう見てもチンピラじゃないか!」
「言っとくが、アイツら聖騎士だからな! お前の仲間みたいなもんだろ!」
「ふざけるなよ! ミトロ・ジーア派はあんな真似はしないぞ!」
言い争いをしながらも、俺達は慌てて、コロシアムの外へと飛び出した瞬間だった。
それは突然に、そして一瞬で膨らんでいた。
俺達が飛び出したコロシアムから、真っ赤な光が溢れ出した瞬間、俺は目を疑った。
コロシアム全体が真っ赤な球体に包まれ、入口付近にいた人達が慌てたように球体の外と内側から球体を叩いている。
「なんだこれ、おい大丈夫か!」
「わかんないけど、出れねぇぞ!」
「何がおきたの……」
閉じ込められた側からは不安の声が叫ばれ、中に向けて叫ぶ声も不安そのものだった。
ナズナとリーフが俺にしがみつく。
「パパ……なにあれ……」
「うぅ……何があったの?」
いきなりのことに怯える2人を宥めながら、俺はデジールに視線を向ける。
「何が起こったかわかるか……」
「分かるわけないでしょ、ただ、ヤバい気はする……はっ! 中にミトロ・ジーア様が、行かないと!」
デジールは入口で声を上げている男達を退かすと、その拳を叩きつけるが、球体となった透き通る真っ赤な壁はまるでダメージを分散させるように振動するのみで砕ける様子がなかった。
そんな時、王都[ウトピア]全体に響くような大音量の声が耳に響いてきた。
『よく聞けッ! 王政は今より終わりを迎える! 民の目にも見えるであろう、“真実の宝珠”が!』
「なんだ、何が始まったんだ」
「キンザン、アンタは静かにして!」
デジールの声に俺は口を閉じて響いた声を聞いていく。
『コロシアムで偽りの権力を手にし、横暴なる愚王とそれに足並みを揃えし愚者共はこの日の日没に審判が下されるだろう! 新たなる王である我、アルノ・マーレに従う者には生きる道を、逆らう者には神罰をくれてやろう! 日没までに選ぶやがいい!』
そう告げられた次の瞬間、王都全体を覆うように青い膜が展開し、王都を覆い隠すように広がっていく。
「マジに、冗談キツすぎだろ……」
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