240話、デジールの秘策。フライへの一撃
両者は諦めることなく、互いの拳を握り、その一撃に魂を込めていく。
打ち出した拳が触れることはなく、風圧が風を巻き起こし、リングに吹き荒れる。
デジールは反動を利用してフライちゃんから距離を取ろうと後退する。
ただ、それを許さないと言わんばかりのフライちゃんからの猛攻が開始されていく。
誰の目から見ても一方的に映る試合展開だった。
だが、デジールは闘志を燃やすようにフライちゃんを睨みつける。
フライちゃんがデジールと視線を合わせると、手を開き、指を動かすと、“かかって来い”と言わんばかりに挑発していく。
安い挑発にも見えるが、今はそんな些細な挑発一つで、試合の流れが大きく変わってしまう状況だと誰もが固唾を呑んでリングを見つめている。
リングの上をゆっくりと歩き出したフライちゃんはどこか楽しそうに見える。
初撃から感じていたことだが、いまだにフライちゃんは錫杖を使っていない。
普段から肉弾戦を好む傾向にあることは俺を含め、嫁ちゃん達も理解している。
理解しているからこそ、錫杖を握らない戦闘は単なる遊びなんじゃないかと感じてしまう。
失礼な話だが、フライちゃんがこんな生易しい戦い方をするなんて普段から一緒にいる俺達は思っていない。むしろ、あり得ないと断言できる。
どんな考えからこのような選択をフライちゃんがしたのかは分からない。
ただ、エトランジュの眷属であるデジールと女神であるフライちゃんが互いに睨みながらも休むことなく激しいぶつかり合いが再度、開始される。
一つ分かるのは、試合すべてを支配しているのは間違いなくフライちゃんだという事実だった。
激しい殴り合いでありながら、次第に隅に追い込まれるデジール、普通に考えれば、次の一撃でデジールは場外に吹き飛ばされることになるはずだ。
リングの端で足を前に出し、拳を握るデジールに起死回生の一手があれば話は別だろう。ただ、あったとしてもフライちゃん相手に通用するかは、疑問でしかないな。
「本当に嫌になるなぁ……これでも私は教会の三派閥の一つ、ミトロ大司教の部下としては優秀な方だって思ってたのにさ、まるで悪夢だよ……まったく」
睨みつけるように口を開いたデジールに首を傾げるフライちゃんは、無言のままゆっくりと歩みを進める。
人間は……というよりも、日本人は無言の圧力というやつが苦手な生き物だ。無言で近寄ってこられた際、冷静な判断ができなくなることもあるだろう。
その雰囲気を作り出すフライちゃんを前にしているデジールからは、多少の震えがしっかりと確認できた。
そんなフライちゃんから放たれる無言の圧力が限界を迎えたのだろう、デジールも覚悟を決めたように再度、フライちゃんを真っ直ぐに見つめる。
「……言いたいことは言い終わりましたか? 終わったらな、容赦なく仕掛けますが?」
「はは、余裕ありすぎじゃない……でも、油断してると、奈落に足を滑らせちゃいますよぉぉぉ!」
デジールは勢いよく立ち上がり、フライちゃんに向けて、両手を伸ばす。
フライちゃんの足元を狙った素早い蹴りが放たれる。それと同時にリングの隙間から水の刃が姿を現し天高く吹き出していく。
一瞬、フライちゃんの足が持っていかれたんじゃないかと思ったが、そんな心配すら杞憂に終わる。
本来、天高く舞い上がるはずだったのであろう位置から吹き出した水がフライちゃんを避けるように左右に向けて流れ出していた。
「なぁ、あり得ない……なんで、間違いなく、アナタを狙ったはずなのに……」
今の一撃が形勢逆転の一手だったのか、デジールの表情が歪み、僅かに存在した強者としての自信が粉々に打ち砕かれたことを会場にいたすべての観客に感じさせた。
「甘いですねぇ? わたしの知り合いなら、もう少し威力と速度が出せますよ。この程度の水遊びで倒せるなんて思われたことが不快にすら感じてしまうのですよ」
リングを内側から破壊するほどの攻撃に対するフライちゃんの言葉に俺は愕然とした。
見ている立場の俺がそう感じた以上、目の前で視線を向けられているデジールからすれば絶望しかないだろう。
再度、歩みを進めるフライちゃんに対して、手を伸ばしながら、呼吸を整える姿に観客も息を呑んで見守っている。
静まる歓声が、2人だけのリングが静寂に包まれた瞬間、フライちゃんが仕掛けた。
ただの拳、だが、何者よりも速い拳だった。
デジールがガードしようと両手を前に出した瞬間、拳は既に命中していた。体勢を崩すまいと踏ん張るデジールに二撃目の拳が放たれていく。
放たれた拳は脇腹に命中した瞬間、デジールの表情が歪む。
試合なんて呼べる内容ではないことは誰も理解していることだろう。
誰もが沈黙していた。一瞬でも早く終わるように願っているようにすら見えた。
「期待はずれですね。次で終わりにしましょう……ただ、アナタは確かに強いですよ。わたしが参戦しなければ大会の優勝をメフィスと争えたと思います。きんざんさんのためという理由はありますが、ひどい罪悪感ですね」
「はぁはぁ……キンザン? はは、あぁ……キンザンパーティーか……まいったなぁ」
息も絶え絶えなデジールにフライちゃんはにっこりと微笑んだ。
「本当に参戦してしまってすみませんでした」
「ッ──ふざけるなぁッ! 負けられないし! 私が勝たないと、勝たないとならないんだよ!」
「勝たねば意味が無いのは皆さん一緒なのですよ……」
デジールの手がフライちゃんに触れる寸前で弾かれる。それと同時に拳が振り抜かれようとしたその時──「【バブルブロック】ッ!」とデジールがスキルを発動させる。
しかし、フライちゃんの拳が止まることはなく、デジールの胸部に命中する。
間違いなく、命中したはずのフライちゃんの拳、しかし、その拳がデジールを吹き飛ばすことはなかった。
「取ったァッ!」
デジールの叫びと同時に胸部に打ち込まれた腕を掴むと、フライちゃんの全身が水の膜で覆われていく。
一瞬で水が球体に変化するとデジールが息を整えてから、閉じ込められたフライちゃんを睨みつける。
「ざまぁみやがれ! はぁはぁ……私のスキルがバレたのは、痛いけど……負けるよりましだって話だよ。だから言ったでしょ──“油断してると、奈落に足を滑らせちゃう”ってさ、逆転だね」
球体の中で拳を必死に殴り続けるフライちゃん。
それでも、水の球体から脱出することはできていない、軽く振動するのみだった。
まさか……フライちゃんが負けるのか……
「降参するなら、殴るのをやめて片手を上げな……人間は、いや、地上に生きる生物って奴は息ができないとどうしようもないだろうからさ」
その言葉は事実だ。悔しいが、あの水の玉から抜け出せない限り、フライちゃんの負けだろう。
「悔しいだろう、確かにアンタと真っ向勝負したら、私に勝ち目はないけどさ、戦い方には色々あるんだよ!」
球体に指を伸ばして言い放つ言葉、ただ、フライちゃんは殴るのをやめると、球体の中で足を後ろに引いていく。
「いや、まだ悪足掻きする気かよ! その水の玉は簡単に砕けないし、息だって足掻けば足掻く程、なくなるんだよ!」
フライちゃんは、悩まずに数回、回転してみせると球体に向けて蹴りを放つ、俗にいう、中段回し蹴りだった。
“ボン!”と、破裂音が鳴る。ズブ濡れのフライちゃんがにっこりと微笑みを浮かべた。
「え、あり得ない……なんで、なんでよ」
「あり得るから、不思議ですよね。油断の話ですが、勝つまで油断なんてありませんよ?」
立ち尽くし、動けなくなっていたデジールの脇腹に向けて容赦ない蹴りが放たれていく。
風を切り裂くような一撃だった。例えるなら、弾丸を目で追っているような速さとしか言葉にできなかった。
調理用ゴーグルからの視界でも、その蹴りを完全に見ることは不可能だった。
そんな一撃を食らったデジールは何が起きたか理解などできなかっただろう。
予想通り、その一撃が決定打となり、デジールは吹き飛ばされると同時にリングアウトした。
「ふぅ、聞こえないでしょうが……デジール、アナタは強かったです。稽古をつけようなんて気持ちで戦ってしまったことを謝罪するのです。次は全力で相手をしますので許してくださいね」
ミトロ・ジーア派、代表選手デジールの敗北をミクロ・フォーノが宣言する。
第一試合
✕──黒騎士──◆対◆──リーフ──✕
第二試合
〇──フライ──◆対◆──デジール──✕
第三試合
◆──ウィル・アクシオン──◆対◆──メフィス──◆
二回戦まで終わり、残すはメフィスの試合と決勝戦になる。俺はそう考えていた。
ただ、この時、大切な事実を失念していたことに、俺は気づいていなかった。
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