239話、無邪気な笑顔と邪気の顔
鎧を脱いでの試合観戦となった第二試合……正直、色々と不安しかないんだよな。
フライちゃんは言うまでもないが、相手はあの病の女神──“病神のエトランジュ”の眷族のデジールって人なわけだしな。
ヒヒ様から許可をもらい、俺は観戦席に座ってリングを眺めている。
俺と戦ったリーフだが、試合での精神的なダメージが凄かったらしく、眠ったままだったため……お手製車椅子に乗せてこの場に連れてきている。
ちなみに屋台で調理してるベリーや手伝ってる他の嫁ちゃん達からは清々しいほどの冷たい視線を向けられている真っ最中だったりする。
「キンザン? ニャンなのにゃ……なんで、そんな女を連れてるのにゃ!」
好奇心に負けてなのか、嫁ちゃん達で話し合った結果なのかは分からないがニアが横から覗き込むように頭を出してきた。
「なんて言うかなぁ……なんだ、あれだわ。この子を1人にしてると色々と危ないって話でな」
事実を言っているが、詳しい説明ができないのもまた事実なんだよな……
ニアの後ろから次にミアとドーナが顔を出す。
「オッサン? とりあえず、そいつから、離れようか? 真横にいる必要ないよな?」
「そうなの〜! マスターにはドーナがいるから、横は一つ確定席なの〜」
「ずるいにゃ! ニアも隣に座るのにゃー!」
「あ、ずるいよ2人とも! 僕だって座りたいんだぞ!」
俺の周りで誰が隣に座るかと、リーフに近すぎることによる抗議で賑やかになっていた。
「頼むから、落ち着いてくれ?」
「むぅー! ドーナ、マスターの影に入るの! 一番近いのはドーナなの〜 マスターと一心同体なの」
「にゃぁ! ニアは反対側を取ったにゃ! 腕はニアがもらったにゃ〜」
「え、ニアまで、え、えっと、なら、ボクはオッサンの膝に座るし!」
「「ズルい (にゃ!)(なの!)」」
なぜか位置の取り合いが白熱していく3人を他所に、ミクロ・フォーノがリングに上がる。
フライちゃんとデジールは、試合開始を待つように静かにミクロ・フォーノへと視線を向けていた。
「お待たせいたしました! 只今より、第二試合が開始になります! 先の試合にて、原因不明の両者場外負けという結果になり、リングへの調査を行いましたため、試合開始時間が遅れたことをお詫び申し上げます!」
ミクロ・フォーノは、向き合う2人に一礼を済ませると頭を上げてから、会場全体にも一礼をして、リングの外へと移動していく。
そして、開始の鐘を鳴らす男に視線を向けるとマイクをしっかりと握り締める。
ミクロ・フォーノが息を吸い込む音がマイク越しに聞こえてきた。
それと同時に、俺もミア達もリングに視線を向けていく。
「お時間を頂きましたが、改めまして、今より、フライ選手 対 デジール選手の試合を執り行います! 試合開始ィィィィッ!」
鳴らされた鐘、2人が同時に動き出し、牽制の拳が互いにぶつかり合う。
互いの力量を測るような一撃が拳同士をぶつけた瞬間、衝撃波が全身を駆け抜けてピリピリと痺れさせる感覚に襲われる。
会場にいた人間のすべてが感じただろう衝撃に俺は身震いしてしまった。
「ニア、正直、ボクには無理だよ。フライって、やっぱり凄いよな」
「わかるにゃ……悔しいけど、あんな芸当はニアには無理にゃ」
「ふん、ドーナならやれるの! なにより相手をスパスパのパーなの!」
ミア達が言っているのは、今の一撃についてだろう……俺にはわからないが、ミアとニアが真似できない何かがあったことは会話から理解できた。
「ご主人様? 難しい顔をしていますね。新しく手篭めにしたこの娘をどう味わうかを悩んでいるのですか?」
「冗談でも、物騒な発言はやめてくれよ、ポワゾン……それに手篭めになんかしてないからな」
「軽いメイドジョークです。それより、試合について、分からないのですか?」
座る俺を見下ろす形で背後からそう問い掛けられ、俺は頷いた。
「あれは、互いの力量を測るためにフライ様がわざと相手に力を合わせているんです。だから、皆さんは“真似ができない”と言われているんですよ」
説明を聞いていく中で、フライちゃんが少しでも力量を間違えば、相手が引き飛ぶか自分が吹き飛ばされるような内容だと俺でも理解できた。
そんなギリギリの力加減のぶつけ合いがすでに数回繰り返されているんだから、本当に真似なんかできるわけがない。
リングに視線を向ければ、どこか満面の笑みを浮かべるフライちゃんと、次第に青ざめていくような表情のデジールの姿があった。
「なんか、すげぇ楽しそうだな……フライちゃんって、やっぱり戦闘狂な一面があるよな」
「ご主人様? フライ様は遊んでるから楽しそうなんだと思いますよ。普段は手抜きでしか戦えないでしょうから」
「あれで手抜きなのかよ! あんなすごいのにか?」
「ご主人様、差し出がましいのですが、あの不思議な眼鏡をつけて見てみれば理解できるかと?」
ポワゾンの言葉に俺は急いで、“調理用ゴーグル”を装着して、リングを凝視した。
今までも何となくは見えていた動き、ただ、調理用ゴーグルから映る世界は別のものを映し出していることに驚愕した。
デジールが放つ拳よりも後に動いたフライちゃんの拳がハッキリと見えたからに他ならない。
当たる瞬間は同じなのに、後出しの拳、その事実に俺は額から静かに汗が伝っていく。
フライちゃんが先に拳を動かした際には減速して合わせていくようにも見える事実から、既に力量なんてものが戦闘の中に存在していないんだと直感してしまっていたからだ。
戦ってるデジールからしたら、嫌すぎるだろう……
「まじかよ……フライちゃん」
そんな呟きが口から漏れだした瞬間だった。
デジールが仕掛けた拳を途中で開き重なるはずだった拳を掴むように速度を上げた。
その動きに合わせるようにフライちゃんは開かれた手を払い、初めてもう片方の手でデジールの腹部に拳を突き出していく。
軽く吹き飛ばされたデジールが片膝をついてリングに手を伸ばし、立ち上がった瞬間、フライちゃんの姿はその半歩手前に移動している。
ほぼ、ゼロ距離からの拳が“ダンッ!”と、鼓膜を震わせるように届いた瞬間、さらに吹き飛ばされるデジールの姿は場外ギリギリに落下する。
追い打ちを掛けるようにフライちゃんが駆け出した瞬間、俺のゴーグルにはデジールから何が動き出しているのが確認できたのだ。
「なんだありゃ、水か?」そんな囁きにも似た言葉が紡がれる前にフライちゃんが再度デジールに距離を詰めた瞬間、加速したはずのフライちゃんの足が減速したように感じてしまった。
次の瞬間──“バンッ!”とフライちゃんが踏み込んだ足元が破裂したような音を放つ。
しかし、そこに粉塵はなく、むしろ、綺麗な半円の窪みが視界に入る。
それと同時に無言で戦っていたフライちゃんの声が聞こえた。
「凄いビックリしたのですよ。ずっとタイミングを狙ってたんですか?」
「まさか、こっちからしたら、腹にもらった一撃を回復するのに必死なんだけど……本当にどこから来たんだって話なんだけど……教会の情報に貴女みたいな人、いなかったと思うんだけどさ」
「それは残念ですね。でも『フライデー』の最高の宣伝になると考えたら、よしなんですかね?」
「宣伝? よく分からないなぁ……“フライデー”なんて私は初耳なんだけど」
「おかしいですね……エトランジュから聞いてないのですか、最高の味なんですよ?」
明るく無邪気な笑みを浮かべるフライちゃんはそのまま、デジールに言葉を続けた。
「忘れられない名前にしてあげますよ。物理的になりますが、しっかり教えてあげれますから、頭と体、心の全てに刻んでもらえれば最高です」
「勘弁してもらえたら助かるなぁ。この身体は、身も心も女神様に捧げてるんでさ……」
「大丈夫ですよ。わたしが許しますし、なんなら、話をつけてあげますよ」
フライちゃんが再度拳を握り、デジールも同じように拳を握りしめる。
俺の目に映る姿は、無邪気な女神というよりも単なる邪鬼とそれに抗う存在のように見えて仕方なかった。
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