234話、ニアの覚悟・優しい腕の中で
俺とドーナにより、大会運営側の人間に新たなトラウマをたまたま作ってしまったため、試合後に色々と注意を受けることになってしまったが……後悔はない。
ただ、普通に戦ってたなら、ドーナが勝ってた試合を俺が好き勝手してしまった結果、勝ちをもらってしまったことは反省しかないな。
何より、今のこの状況だな……
俺に抱えられたままのドーナ……ミクロ・フォーノが止めても、大会運営の男をつぶし続けて、慌てて連れて来ちゃったからなぁ……今さら、1人で帰すわけにもいかないんだよなぁ。
「マスター! ドーナは、まだアイツをお仕置きし足りないの〜!」
「はいはい、そこまでな。今からミアの見舞いだから、ドーナは静かにできるよな?」
「むぅぅぅ、ミアちゃんのお見舞いなら、静かにするのもやぶさかじゃないの……でも、マスターはひどいの!」
俺の脇に抱えられながら、“プンプン”と頬を膨らませるドーナは淡々と俺への文句を口にしていく。
「なんでドーナに正体を隠すの! 最初から知ってたら、あんなこと、絶対に言わなかったの! 大失敗なの〜!」
「悪かったな、正体をバレないようにする約束だったんだよ。悪かったな、あと、黒騎士が俺だってのは、秘密で頼むよ」
「うーん。わかったの、ドーナとマスターの秘密なの、だから、ひどいこと言ったドーナを嫌いにならないでほしいの……」
ドーナが言う、ひどいことってのは……あれかな? 多分、試合前に口にした──
──「アンタに呼び捨てにされても嬉しくないの! マスターに見てもらいたいから、黒鎧と早く戦わせるの!」
──「ドーナを呼び捨てにしていいのは、家族だけなの!」
このあたりの会話かな……
「マスターに嫌われたらって、思うとすごく不安なの……だから、アイツを叩きのめしたら、許してもらえるって思ってたの……」
「大丈夫だよ。俺はドーナが大好きだからな。俺のために大会に出てくれて、最後は俺のために怒ってくれたんだもんな」
「うん……それにミアちゃんにひどいこと言ったアイツはやっぱり嫌いなの……だから、我慢できなかったの……」
「わかるよ。ドーナがやらなかったら、俺も同じことしてただろうからな」
「マスターと一緒の考えなの!」
少し機嫌が直ったあたりで医務室に到着した。扉の前から室内の声が聞こえ、俺はそっと扉に伸ばした手を止めた。
「ミア、大丈夫ですか? 心配しましたよ。あのバカメフィスは必ず、わたしが制裁しますからね」
「フライ、ありがとうな。でも、勝負の途中で、手を離したのはボクだからさ」
「きんざんさんからのプレゼントを守りたかったのは分かるのですよ。妻として、夫からもらった物を守るなんて素敵じゃないですか」
こんな会話を俺が聞いてるって知ったら、ダメだな……
ドーナにだけ聞こえる声で俺は語り掛けていた。
「悪いな、正体は秘密で頼むよ。ミアを任せたぞ。ドーナ」
「わかったの。マスター」
優しく微笑むドーナに頷いてから、俺はその場を後にした。
次の試合を見るため、ゲートまで戻ると既にリングは元通りになっていた。
そして、中央に向き合う2人の少女の姿があった。
片方はニアだ。ミアがやられたことで逆に闘志が燃え上がったのか、普段のおちゃらけた雰囲気はなく、真っ直ぐに相手を見つめていた。
相対するのは、教会の三派閥の一つ、ミトロ・ジーア派、女神そのものを崇拝する原理主義派の代表選手のデジールだ。
グーが敗れた相手ってのもあるため、ニアも油断するようなことはないだろう。
ただ、接近戦になるだろうこの試合で危惧することがあるとすれば、ニアは獣人だけど、猫人族はスピード特化の種族ってことかもしれない。
グーの話だと、パワーで押し負けたらしいからな……
「悪いけど猫さん、アナタには勝たせてもらいます」
「ニアは強いから負けてあげないにゃ! グーの敵討ちだにゃ!」
「グー? あの子か……あの子は強かった、でも私が勝った」
試合前の僅かな時間での会話すら、火花を散らす2人に向けて、試合開始の合図が鳴り響いた。
ニアは得意のスピードで一気に加速すると、両手に力を込めるように握り拳を作る。
開いた瞬間、鋭い爪が両手に広がり、デジールへと斬り掛かっていた。
鋭利な刃物を思わせる爪がデジールの衣服を掠めた瞬間に蹴りがニアの脇腹に炸裂する。
蹴りを受けると同時にニアの体が凄まじい勢いで吹き飛ばされていくが、逆にデジールの表情が鋭くなっているように感じる。
「器用だね……正直、猫さんのことをなめてたよ」
「ニアも最初で決めるつもりだったのにゃ、避けられてびっくりだにゃ」
俺の目でも何が起こったか分からなかった。ただ、会話の中で、ニアが何かをしたことは理解できる。
「次も同じように避けれるか試してあげるよ!」
次はデジールが仕掛ける番になり、鋭い拳がニアに向けて放たれていく。
一発一発のスピードが早く、それを蹴り技と合わせた動きに会場が一気に温まっていく。
歓声が次第に「デジール!」と変わっていく中、ニアが蹴りを受け止めると勢いよく振り回し、デジールを吹き飛ばす。
だが、難なく着地したデジールはすぐに次の攻撃のために駆け出すと拳を握る。
ニアに拳が触れた瞬間、最初同様に激しく吹き飛ばされるニア。
ただ、最初と違うのは、ニアが着地と同時に片膝をついて、動けないことだった。
「……」
「猫さん、痛いでしょ? 無理しない方がいいですよ」
「うるさいにゃ……まだ、ハァ、ハァ……やれるにゃ」
「無理ですよ。最初は上手く体の力を抜いてダメージを無効化してましたけど、今の拳は中からダメージを与えるので」
ニアが吹き飛ばされたのが、わざとだと分かったが、逆にデジールの話す言葉の意味が俺には理解できなかった。
「人の体は水分で構成されているらしいんですよ? 不思議ですよね、肉も骨もあるのに、魔物も獣人も等しく大半は水分だなんて……その水分が揺れるとかなり痛いらしいんですよね」
「なんの話にゃ……」
「猫さんにも分かるように話したいんですが、ネタばらしをしちゃうと、危ういので、秘密にしますよ」
そう語るとデジールは動けないニアにゆっくりと歩いて行く。
一歩、また一歩と近寄りながら、その姿が一瞬で目で追えなくなった瞬間、ニアが両手をクロスさせて、守りの体勢に入ったと同時に場外に引き飛ばされた。
ニアがいたはずの位置にはデジールの姿があり、長い足が真っ直ぐに伸ばされているのみだった。
「最後まで驚きばかりですよ。蹴りが見えてたんですね。しかも、足を掴むなんて……かなり、痛いんですけど」
そうして、試合はニアの場外負けという形で終わりを迎えた。
場外に吹き飛ばされたニアは自分の足で立ち上がると、1人でゲートへと歩いていった。
俺はすぐに人気がない通路で鎧を【ストレージ】に仕舞う。
「ニア!」
1人で通路を歩くニアを見つけて、声を掛けた瞬間、ニアが大声を出した。
「来たら、ダメにゃ……今、来られたら、泣いちゃうにゃ……」
背中を向けたままそう語るニアに俺は止まることなく、後ろから抱きしめた。
「頑張った、だから、泣いていいんだ。痛かったよな」
「う……ぅぅ、勝ぢたかっだにゃ、グーのがたぎが……とれながっだにゃ……」
「いいんだ、大丈夫だから、大丈夫だからな」
大粒の涙を流すニアを慰めながら、優しくただ、優しく、抱きしめてやることしかできなかった。
・第一試合〇──フライちゃん 対 ポワゾン──✕
・第二試合〇──メフィス 対 ミア──✕
・第三試合反則負け✕──ドーナ 対 黒騎士──〇
・第四試合✕──ニア 対 デジール──〇
・第五試合◆──リーフ 対 ウルグ──◆
・第六試合◆ウィル・アクシオン 対 アタンティフ・ヴァールハイト──◆
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