228話、ルフレの本音・ベリーとキンザンのクッキング
突然のことに驚かされたが、そんな俺の腹の上で無邪気に笑うルフレ殿下の姿がある。
しかし、どこか無理をしている感じがして、なぜか、いつもみたいな落ち着きがなかった。
「ルフレ殿下……落ち着いてもらえますか」
「む、すまなんだな……なぜかお主の顔を見たくなってな」
「……わかりますよ。大役ってのをやると、色々複雑な気持ちになりますからね。でも──無理をしないでいいんだよ。まだまだ子供なんだからさ」
その瞬間、グッと腹部の上で拳が握られ、それと同時に真上にいる少女の仮面が割れるように涙が流れ出した。
「うぅ……余は信じていたのじゃ、ダミオは、変わると……あやつは阿呆じゃが、そばに置けば、変わると……あやつを変えてやれなんだ……余は、余は……」
そっと頭に手をあて、優しく撫でる。
「無理しすぎだよ。人ってのな、すごく身勝手で、我が儘なんだよ……だから、大丈夫だ。よく頑張ったね」
ルフレ殿下が泣きじゃくり、頭を撫で続ける。
その光景を見つめるヒヒ様とメフィスの姿が視界に入るが、それでも落ち着くまで俺は小さな頭を優しく撫でていく。
小さな心から溢れ出したそれを受け止めていく。涙が流れなくなるその瞬間まで……
ルフレ殿下が落ち着き、軽い雑談を交わす最後にはニッコリと笑みを浮かべてくれていた。
帰っていく際、メフィスが俺に向けてだろうか? 軽くため息を吐いているように見えた。
そうして、ルフレ殿下を先頭に3人が部屋を出ていく。
部屋を出る際にメフィスが「今回は感謝します」とつぶやくと軽く会釈をするような仕草があり、正直驚いた。
「おう、役に立てたなら良かったよ」
それからしばらくして、ルフレ殿下達の見送りを終えたヒヒ様が1人戻って来る。
その間も寝続けていたナギを優しく起こしていく。
ナギが目覚めたと同時にヒヒ様がポツリと呆れたように口を開いた。
「起きたのかい……よくあの騒ぎで寝てられるもんだねぇ……蛇人族ってのは、よくも悪くも図太いねぇ」
俺は軽く笑みを浮かべながら、ヒヒ様に質問をする。
「ヒヒ様、一つ、いいですか?」
「ん、なんだい? 何か気になることでもあるのかい」
「実は、鎧のことで……ダミオとの戦いでボロボロになってしまって」
「そんなことかい、鎧なら、予備があるよ安心しな」
「なら、予備も含めて、買わせてもらえませんか?」
「買う? 別に気にしなくていいよ。鎧なんざ、本来回復師ギルドとして活動してるアタシらからしたら、価値の低いもんだからね」
ヒヒ様には“買い物袋”のことは言えないが俺は何とかして鎧を手に入れるために話を進めていく。
「わかったよ、なんとも変な話だねぇ……タダでやるって言ってるのにねぇ」
嗄れた声でそう語り、肩を落とすヒヒ様に軽く頭を下げていく。
そうして、俺は最初に鎧を選んだ武具の並べられた部屋に案内される。
「鎧は残り二つだ。まぁ、アンタから金品もらっても意味ないからね、金貨一枚で構わんさ、どうだい?」
「分かりました。なら、これで」
ヒヒ様に金貨一枚を渡すと、軽く頷いてくれた。
俺は鎧を二つ手に入れたことになる。鎧はそのまま置いておき、明日からの試合で片方を使う事になるだろう。
ちなみにこの黒い鎧は本当に聖職者である教会が所持していていいのかと言いたくなるくらい禍々しいデザインをしている。
俺が最初に選んだ鎧が『鬼』のデザイン、残り二つは『龍』と『髑髏』をモチーフにしたものになっている。厨二病じゃなくても、男性にはどストライクなデザインになってやがる。
本当にいい買い物をしたと思う。こんな鎧、普通に買ったらいくら掛かるか分からないしな。
俺は少し浮かれた気持ちになりながら、ヒヒ様に感謝して馬車へと移動する。
ナギが連結馬車に乗ったことを確認するとヒヒ様の指示で屋敷まで馬車が動き出し、長かったコロシアムでの終わりを振動と共に俺達に伝えてくれるようだった。
屋敷に到着すると、ヒヒ様から「明日の朝、迎えに来る。遅れるんじゃないよ」とだけ言われ、馬車を見送った。
そうして、屋敷の扉を開き中に入る。
出迎えが──ないのは本当に残念だが、その代わりにキッチンから、スパイシーで少し生臭いような独特な香りが流れてくる。
「マイマスター……危ないニオイ!」
ナギは嗅ぎ慣れない香りに反応したのか、俺の前に立って守るように両手を広げ、威嚇のポーズをする。
「いやいや、ナギ、これは食材の香りだと思う。ベリーが屋台の関係者からもらったり買ったりしてきたんじゃないか?」
「ウゥ! ナギはこのニオイ嫌い……なんか、鼻が痛い……」
そんな会話をしながらもキッチンへと向かう。
キッチン前の廊下にミアとニア、ペコとグーの姿があり、キッチンを警戒した様子で見つめている。
「……おーい?」
「「わぁ!」」
「はにゃにゃ!」
「オワッ!」
反応は様々だが、とりあえず、俺の存在に気づいてくれた様子なので、帰ってきた事実と挨拶を済ませる。
「それで、何をしてたんだ?」
そんな問い掛けに、ミアがキッチンをチラチラと気にしながら返事をする。
「いや、オッサン……なんかさ、ベリーの奴がやる気出しまくりで、夕食の支度をしてるんだけどさ……見たことないものばっかり使ってんだよ」
ミアの言葉にその場の全員が頷く。
そうして、気になった俺はキッチンを軽く覗かせてもらうことにした。
香りからして、何となく想像はできていたが、見るまで確信がないのも事実なんだよな。
「よ、ベリー? 何作ってんだって……これってアレだろ? 下茹で、何回目だ」
「おかえりなさい。丁度、今で二回目よ。塩揉みしてから、ミルクへの漬け込みが、十分くらい前に終わったから、小麦粉を揉みこんで煮てたって感じね」
「なんだよ、完璧な下処理だな」
「ふふっ、珍しくグレートモーのシマチョウとかを扱う串焼き屋台があったから、仕入れてきたのよ」
「よくそんな屋台があったな……」
「なんか、お肉を扱うお店の屋台だったわよ? だから鮮度は抜群ってことでいっぱい買ってきたのよ」
ニッコリと笑うベリーの笑顔に俺も自然と笑い返す。
そんな俺とベリーの笑顔と会話に声が割り込んでくる。
「何を2人だけの世界を作ってるんですか? わたし達もいるのですが!」
声にハッと振り向いた先には、キッチンの端に置かれた調理台で野菜をカットするフライちゃん、ミト、ポワゾンの3人がジト目で俺を見ていた。
「どうせ、ウチらの存在に気づいてなかったんだろうが、ひどい旦那様だよなぁ、ふん!」
「ミト、拗ねてはダメですよ。ご主人様は、女心が分からないダメダメな殿方ですが、きっとワタシ達を一番最初に見てくれる日が来ます……多分ですが──」
3人からの鋭い視線に続けて、こちらを覗き込む5人(ミア、ニア、ペコ、グー、ナギ)の視線も重なり俺がタジタジになってしまった。
「あ、あはは……そういえば、ドーナはどうしたんだ? 姿が見えないけど」
「ふふ、キンザンさんが慌ててるわね。皆も落ち着いて、別に私が独り占めしたりしないんだし、ドーナなら、ニオイがキツかったみたいで、私の影の中に潜ってるわよ。寝てるんじゃない?」
「ベリーの影の中でか? まぁ、疲れはあるだろうな、なら俺も手伝うから、夕食を作っちゃおうか」
そうして、俺も夕食作りに加わっていく。
俺は既に何を作る気か分かっていたが、フライちゃん達はピンとこないらしい。
大鍋を取り出して水を入れて煮立たせていく。
ベリーが用意できなかった食材は俺が“買い物袋”から取り出していく。
「こんにゃくも必要だよな。これは俺が切るよ。ベリーは生姜を刻んでくれ」
5センチくらいにカットしたこんにゃくを煮ていき、そこに水洗いしたモツ煮とネギもどき(緑部分)、生姜を入れていく。
ここからは、ひたすらに煮る作業になる。
鍋の水分が少なくなってきたタイミングで大根や人参といった定番野菜を入れていく。
それと同時に調味料を加える。酒、味醂、醤油、砂糖を加える。
水分が減ってきたら、味噌を溶かして、さらに十分くらい煮たら完成だ。
もう、フライちゃんは分かったみたいだな。まあ、モツをこんだけ使えば地球の知識があれば、“モツ煮込み”だって気づくよな。
完成したと同時にドーナがベリーの影から頭をひょっこり出してくる。
「マスターなの! わーい! それにいい匂いなの〜」
「ただいまかな……はは、さぁ、みんなも食べようか。絶対に美味いから、米も出さないとな」
想像したらよだれが出そうな、味噌とモツの香り、俺の腹も自然と鳴り出していく。
「オッサン! これ、くにゃくにゃしてて、噛むと止まらないんだけど!」
「美味いのにゃ! ご飯がいっぱい必要だにゃ〜 ベリーおかわりにゃ」
「はいはい、どうぞ。ふふ、本当に美味しいわね。私もおかわりしちゃおうかしら」
ベリーのモツ煮は大成功だった。下処理がしっかりしているからだろうか、臭みもしっかりと取れていて、大満足な夕食になったのは言うまでもない。
みんなが嬉しそうに笑う食卓に大会のことを話すのは食後にしようとそっと心で呟く。
「ベリー、俺もおかわり!」
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