227話、試合の後で……女神からのアドバイス
俺は、ベコベコの鎧姿でリングから通路をゆっくりと進んでいく。
背中からは、先程まで静まり返っていた会場にざわめきが起こると同時、ルフレ殿下の声が間近に聞こえた。
「余は約束を違えるような王ではない。覚悟は出来ておるじゃろうな……ダミオよ」
「……」
返事すらできないダミオ。無意識なのは誰の目から見ても明らかだろう。それでもルフレ殿下は語り続けることをやめなかった。
「ダミオ、お前は本当に武において、才があった……純粋な強さを求める者として、余は信頼しておったというに……」
静かに振り向いた視線の先、拳を握り、厳しい表情を下に向ける幼き王、ルフレ・イルミネイトの姿があった。
小さくも大きく見える存在──本来あるはずの優しさを捨て去った王としての表情がそこにあった。
そうして、幼い姿の王が告げた最後の言葉を、俺は目に焼き付ける。
「ターブルロンド騎士団、団長──ダミオ・ボースハイドよ。貴様の騎士団長としての任を、今この瞬間より、その地位を剥奪する! 貴族としての地位は男爵とし、一代限りの生きざまをもって、国に仕えるよ! これは、王令である!」
最後まで言葉を聞いてから、俺はゆっくりと通路に向かって歩き出した。
ダミオの処罰──かなりキツい罰が下されたらしい。
男爵についての知識はない。ただ、ヒヒ様の派閥の人間が語る言葉が耳に入ってくることで得た知識だ。
ダミオには、少しだけ同情する。本来はあり得ないんだが、多くの人前で自分の価値を否定され立場を失うってのは、やっぱり、相手が誰でもいい気分はしないな……
「貴族の立場か、俺には一番に合わない言葉に感じるな……」
そんな言葉を人知れずにつぶやいて、歩を進めていく。
「黒騎士様。此度の勝利おめでとうございます」
不意に掛けられた声に俺の足が止まる。
正面側の通路から、歩いてきたのは美しいツインテールを揺らす女性だった。
俺はその女性を知っているため、指差しながら口を開いた。
「な、なんで……」
ゴシックロリータを思わせる黒いドレスに印象的な首に結ばれた紫のリボン。
そう、目の前に現れたのは“病神のエトランジュ”つまりは女神だった。
「何よ? 素直に“おめでとう”を言いに来たのに、浮かない顔ねぇ?」
「いや、いきなりだったから、ありがとうございます?」
「何で疑問形なのよ! まったく、フライさんの旦那なんだから、もう少し力強く返しなさいよね、で、何を悩んでるのかしら〜」
「あ、いや、別に」
「話しなさいよ? フライさんの友人にして、親友である私が話を聞いてあげるわ」
俺は男爵とは何かを質問した。
そんなことを考えるあたりが結局のところ、地球生まれの日本人だと笑われた。
「真面目な悩みねぇ? 早い話がミスをすれば降格処分なんて、会社ならあるあるじゃない? 貴族なんてデカイ会社に我が儘なガキをぶち込んだ会社みたいなもんなんだから……悩んでも無意味よ」
「それは理解してるんだけどなぁ」
「まぁ、いいわ。私は私の目的を果たすために来たんだもの、煙草でも吸ってリフレッシュしなさいよ。あと明日は頑張りなさい。またね〜」
嵐のように“病神”のエトランジュは姿を消した。
「ふふ、ありがとうな。少し話して、スッキリしたよ」
エトランジュに言われたからだろうか、久しく我慢していた煙草を取り出して、火をつける。
少し、クラっときたのは、ずっと煙草を吸えなかったからだろうな……
気持ちを切り替えるように肺に煙を流し込み、モヤモヤを煙と共に吐き出していく。
他人からは理解されないだろう、たった一本から作り出される至福だった。
僅かな時間での囁かな自己満足、それこそが本来俺の求める一服だと再確認した瞬間だと言える。
大会一日目が終わり、俺は長く着込んでいた黒い鎧を脱ぐことができた。
ひどく歪んだ黒色の鎧は簡単に外すことができなかったため、試合同様に【ストレージ】に収納していく。両手、両足を解放していく。
「ふぅ、やっと自由になったな……てか、この壊れた鎧をまた着るとか無理だよな? どうするかなぁ」
悩みながらも用意された部屋の中で着替えを済ませると、不意に扉がノックされる。
返事もないままにゆっくりと開かれた扉の先には鋭い目付きを向けてくるヒヒ様の姿があった。
「入るよ。最後の試合はヒヤヒヤしたねぇ」
嗄れた声でそう語り、椅子に腰掛けるヒヒ様は、クスクスと笑っていた。
続いて、開かれたままの扉の先から、鎧を脱いだナギがひょこっと顔を覗かせる。
「マイマスタ〜凄かった。カッコ良かった!」
「ありがとうな。ナギには色々と寂しい思いをさせたな」
「大丈夫。ナギはマイマスターが勝つまで待つ!」
ナギの尻尾がグワングワンと動いていく。
「いい加減にしな? ナギ、アンタが尻尾を振り回したら危ないだろうがぁ、ったく!」
「さて、本題だ! アンタには明日からも頑張ってもらうよ。まぁ今の状況なら、3人の例外が負けた時点で自由になるだろうさ」
俺はヒヒ様が口にした3人の例外という言葉が気になった。
「3人ってのは?」
「そうさね、まずはミトロ・ジーア派のデジールだね、あれは賢い、そして強いねぇ。実際にミトロの最高戦力だろうからねぇ」
「グーを倒した女性ですよね?」
「次に、ウルグって傭兵団の女狼だね……まぁ実力はありそうだが、参加者を見てみれば、まぁ……あまり問題はないだろうねぇ?」
「あ、ウルグは俺の知り合いっていうかクランとしての『フライデー』メンバーってやつで、はは」
俺の言葉にヒヒ様が呆れて口を開く。
「アンタってやつは……本当に馬鹿げた奴らばっかり知り合いに置いてるねぇ……どんな人生を歩めば、そんな人脈が作れるってんだい……」
「なんか、すみません。ですから、2人目のウルグは問題なしって話ですよ」
そこまで話し終わると再度、扉がノックされる。
「なんだい?」とヒヒ様が返事をすると扉越しに声が聞こえる。
「ヒヒ・クラーレ様! 申し訳ありません。実は先の試合で倒れた者が目覚めると同時に暴れておりまして……いくつか不可解な様子でして、確認をお願いしたいとのことです!」
男の声にヒヒ様が嫌そうな表情を浮かべている。
「はぁ、悪いねぇ……話はここまでだ。明日はしっかりと勝ちな! いいねぇ」
ヒヒ様はそう語ると扉を開き、俺とナギを残して、部屋から消えていった。
今から十数時間もすれば次の試合なんだと改めて考えてから、ナギが座る大きなソファに腰掛ける。
「本当に疲れた……ナギ、悪い……少し休んでから、みんなの待つ……屋敷に、帰ろう……なぁ」
「マイマスター……ゆっくり寝て、起きるまで待ってる。おやすみマイマスター……ふふ」
俺を包むように暖かい蛇の尾が包み込んでいく。
「暖かい……」
そんな呟きを最後に眠りについた。次に目覚めたのは、扉が開かれる音によるものだった。
「ヒヒ婆よ。本当にキンザンはまだおるのか?」
「居るはずだよ。何せ、扉の前にいる見張りが出てきてないってんだからねぇ」
「ヒヒ様……殿下に対する口調をもう少し、直してもらえませんかねぇ……我輩としては、本当に困っているのですが?」
「ふん、メフィ坊がアタシに意見するってのかい? 年を取ると舐められて困るねぇ?」
「いえ、そうではなく、陛下に対する他の者からの目がありましてですなぁ……」
「2人とも静かにするのじゃ! 余が“サプライーズ”をするためにわざわざ来たというに!」
「殿下、“サプライーズ”ではなく、“サプライズ”だったかと?」
扉の前くらいの距離から、ヒヒ様とルフレ殿下、メフィスの声が横になったままの俺の耳に届いてくる。
「ふっ! 悩むのは、ここまでじゃ!」とサプライズには似つかわしくないルフレ殿下の声が聞こえた次の瞬間──
「殿下、なりません!」と慌てたメフィスの声が室内にこだました。
次に俺の腹部に“ドン!”とのしかかる。
「うわっ……!」
「キンザン! 勝利を祝いにきてやったのじゃ! ほれほれ、嬉しかろう! 素直に喜ぶがよいぞ!」
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