226話、勝敗
ダミオの振り上げた手が振り下ろされ、剣が鎧へと襲いかかる。
咄嗟に俺はハッキリしない意識の中で手を前に出して防御する。
人が取る当然の防衛行動、突然誰かに襲われた際に無意識に自分を守ることでできる防御痕が刻まれるように……
そんな本能の選択だった。最初の一撃で判断力が薄れた俺が人として取れる最善の手を選択したというべきだろう。
ダミオの剣が左手に向けて振り下ろされるが、そこには、俺が知る限り、どんなアニメだろうが、漫画だろうが最強の盾として使われる鍋が装備されている。
もちろん、現実で中華鍋が最強かは別の話だ。ただ、俺のスキル【調理器具マスター】を通して言えば話が変わる。
ガゴゴゴォォォンッ!
落雷が降り注いだような音が会場に鳴り響き、観客達が沈黙する。
先程まで叫ばれた野次も、声援も、応援すらもすべてが音を失ったようだった。
すべての物が音の出し方を忘れたような、そんな静けさが包み込むように広がったように感じさせる。
ニヤリ顔のダミオ。しかし、その表情が一変する。
俺のヘルムから見えた不気味な笑み、そんな表情がすごく癇に障った。
正直に言えば、力ばかり強く、なんでも思い通りになると言いたげなニヤリ顔にムカッ腹が立った。
勝利を確信したようなダミオの顔、そんな表情が崩れるのにさほど時間は掛からなかった。
「加減ってのを知らないのかよ……耳が痛くて堪らないだろうがぁぁぁッ!」
握った魔物包丁が言葉と共にダミオの顔面目掛けて横薙ぎに振り放たれる。
「な! ぐぁっ!」
ゼロ距離からの一撃、勝ちを確信していたみたいで、ダミオの奴は、ノーガードで俺の一撃をモロに顔面に受ける。
本来なら、膝をついてほしいくらいの一撃を食らわせたと思った俺は、ただ絶句した。
一瞬ふらつきながらも、身体を斜めにして振り上げた拳、すべてが無意味と言わんばかりの絶望が目の前に広がり、それは鈍器を振り下ろすように、ヘルムを凹ませる。
「だははッ! 俺様が誰か知らないって言ったなァッ! その空っぽの頭に刻みつけろ!」
酷い試合だった。
一方的な展開だった。
誰もが目を背けたくなるような内容だった。
そんな中にただ、俺とダミオがいる。
誰から見ても勝敗など明らかだろう。
ただ、俺はこちらに斬り掛かろうとしているアクティを横目に、手で“待ってくれ”と合図を出す。
俺の鎧が凹み、無残な形に変化しているのを肌に感じる。
肌に感じるというのは比喩表現じゃない。鎧の中に着ている調理服が俺本体を無傷に保っている。最初の爆音以外で俺にダメージを与えた事実は存在していないからだ。
「気は済んだか? ダミオ……」
「な、貴様……また、そんな減らず口をォォォォ!」
俺の手に握られたままの魔物包丁を握る手に力を込める。
「お前、前より強くなってるよな……いや、強くなりすぎてるって感じだな」
「前? いつの話をしてるか知らねぇが、今の俺様は誰にも負けねぇ! メフィスの野郎も、大会に参加した自分が強者だと勘違いした馬鹿共も全部すりつぶしてやるよ!」
さらに激しくなる拳が嵐のように打ち付けられる。
俺は覚悟を決めると、魔物包丁を握っていた手とは反対側の手を僅かに動かす。
手を伸ばした先は【ストレージ】であり、俺が取り出した物は『煙』だ。
先の戦闘で女冒険者が放った粉塵を一瞬で【ストレージ】に収納していたってだけの話だけどな。
俺とダミオの姿が一瞬で白い粉塵に包まれ、全ての視界が失われる。
馬乗りになられた状態の俺は片手の鎧を手早く【ストレージ】に入れて手を顕わにする。
俺の手には最初から“調理用グローブ”がつけられた状態であり、その手でダミオの足首を全力で掴む。
バギッギギギッ!
「ぎゃあ! テメェ!」
足首を全力で握りつぶすように握り、足首部分がひどく歪む。
それは馬乗りになっていたダミオの体から力のバランスが失われたことを意味している。
「悪いな、だけど、お前に負けてやるわけにはいかないんだ」
次に太もも部分の装甲に俺は手を伸ばし、容赦なく鎧を剥ぎ取る。
ただ、そこで俺は“調理用ゴーグル”から見える視界に言葉を失った。
剥がした鎧装甲の内側にまるで虫の足のようなものが無数に生えており先端の鋭い爪がダミオを突き刺すようにして張り付いていたからだ。
「なんだこれ……」
俺はただ動揺したが、それと同時にこの不気味な鎧が、かなりヤバいものだと理解していた。
だからこそ、今このリング上で死なないという事実が最大のメリットだと気づく。
「ダミオ、一度、死ぬほど痛いって感覚を味わえッ!」
視界がいまだに戻っていないダミオへ、俺が言い放った瞬間、痛めた片足を真っ直ぐに伸ばすと盾を構える。
「クソ、クソ! クソがァァッ!」
「そうだよな、アンタみたいな人間が素直にやられる気はないよなァ!」
手に握った魔物包丁を【ストレージ】に入れてから、すぐに竜切り包丁を取り出し、全力で振り下ろす。
振り下ろされた竜切り包丁がダミオの強固な鎧を叩き切ると同時に霧散しそうになる粉塵を再度、【ストレージ】に収納して、手早く粉塵とあるものを取り出していく。
それは観客席からは、一瞬だけ見えた姿が再度、粉塵に包まれたように見えただろう。
誰の目からも、内容が分からない試合、しかし、俺は間違いなく、ダミオの鎧を切断している。
ならばなぜ、ダミオから声が発せられないのか、単純な話だが、俺が取り出した二つ目の魔導具は“防音の魔導具”だ。
無音が支配するリング、鎧ごと叩きられたダミオがリングに倒れ、完全に沈黙する。
素直に終わったと思いたかったが、そうはならないらしい。
ダミオの鎧がダミオ本人から離れ、無人の鎧が人型に組み上がり剣と盾を握る。
兜から微かに見える内部は無数に蠢くそれは多足類の足を思わせる気分の悪いものだった。
「おいおい、いくら何でもホラーすぎるだろぅ……いつからホラゲーになったんだよ……」
俺の言葉など知らないと言わんばかりに、動き出す鎧、
次第に粉塵が消え去ると、観客席からも鎧を脱いだ状態のダミオと動く鎧が顕になる。
「え、鎧が動いてるぞ!」
「ダミオのスキルとか?」
「ばか、そんな雰囲気じゃないだろうが!」
観客からのざわめきが耳に届く。
「俺もあっち側にいたら、そう思うんだけどなぁ、当事者は辛いなぁ、ったく……」
騒ぎが次第に大きくなるが、俺は逆に冷静でいられた。
敵が人じゃないなら、手を抜く必要がないからだ。
竜切り包丁を手に俺は既に発動していた【調理器具マスター】に加えて【身体強化】、【リミットカット】、【自己再生】を一気に発動させる。
「悪いな、さすがにお前みたいな鎧を【食材鑑定】する気にはなれないんでな!」
ただ、力を全力で込めただけの一振り──
ダミオの鎧が盾を前にガードの姿勢に移るが、スキルでの防御でないただの盾で防げるような甘い一撃じゃない。
盾を斜めに切り裂き、さらに鎧本体が再度、切断される。
その切断した部分から散らばる一部を【ストレージ】へと収納してみる。
収納することが“できるパーツ”と“できないパーツ”があり、できるパーツは既に機能を失ったものと推測してから、俺はすべての鎧が収納できるまで竜切り包丁を振るっていくことになる。
そうして、俺がすべての鎧を収納することに成功すると、アクティがこちらに向かって歩いてくる。
そして、誰にも聞こえない声で呟いた。
「優勝を願っております。キンザン殿……」
そうつぶやいてから、大声で「降参します!」と口にした。
そうして、俺の最初の試合が終わった瞬間だった。
ただ、これで終わりでない事実が怒りに満ちた表情を浮かべるルフレ殿下の視線だけが無言で語っていた。
読んでくださり感謝いたします。
☆☆☆☆☆で評価ありがとうございます
下にある[ブックマークに追加]もしてもらえたら、嬉しいです。




