213話、回復師、ヒヒ様の企み。
すべての話が決まる。
それは同時に俺がヒヒ様から『癒しの滴』を買う流れにしなければならないことを意味していた。
説明をしなければならないが、少し困ってしまっていた。
理由としては、仮に複製品ができた場合、何度も同じ条件で使えることを、ヒヒ様だからといって教会側に知られることのリスクであり、頭に一瞬だが身の危険がよぎったからだ。
俺もヒヒ様が信頼していい人物だと分かってはいる。ただ、それが教会という組織になれば話が違ってくる。
教会という存在がその信頼すら疑問に変えてしまっているのも事実だった。
そんな俺の考えを見すかしたようにミアが口を開く。
「オッサン、ボクにも『癒しの滴』見せてよ」
ヒヒ様から俺の手に渡された瓶を指差すミアに俺はヒヒ様に確認の意味を込めて視線を向ける。
頷いたことを確認してから、ミアに瓶を手渡すとミアがじっくりと観察してから、何かを思い出したような仕草をして俺に向き直ると笑いながら口を開く。
「そういえば、前に薬代で金貨一枚をオッサンに貸してたよね? 瓶を見てたら思い出したけどさ、今ついでに薬代をもらってもいいかな?」
記憶にない薬代だが、その意図をすぐに理解して俺はミアに微笑む。
「そうだな。薬代の金貨一枚を払わないとな、受け取ってくれ」
そっと金貨を取り出してミアに手渡すとミアが瓶を俺の手に戻してくる。
「確かに、薬代をもらったよ。まいどあり、なんてね」
茶番のような流れになるが、この一連の流れができたおかげで俺は悩まずに“買い物袋”を探ることができる。
『癒しの滴』は普通の瓶に入っていて、色も回復薬に酷似している。
だが、ミアが口にした「金貨一枚」と言う言葉が大切になってくる。
俺の持つ“買い物袋”は買った商品の値段も大切なのだ。大体の価格でも想像できれば、その品があれば買うことができる。
逆に言えば、具体的な形が分からず、金額も曖昧なものは見つからないのだ。
いくつか存在する過去の瓶製の商品でも金貨一枚分、つまりは2万円に近いものなど、単体で買った記憶はない。
だからこそ──俺は“買い物袋”から、青く綺麗な液体が入った小瓶を取り出していく。
それを見たヒヒ様が目を丸くして驚きを顕にしていた。
「本当に作れたのかい! アタシは優勝してもらう前提で話を持ってきたってのに、本当に馬鹿みたいな奇跡を起こす男だねぇ」
そんな言葉と同時にもう一つの驚きが手の上で起きていた。
ミアから受け取った『癒しの滴』が瓶の中から蒸発するように消えていき、空の瓶だけになってしまった。
その事実に新しい瓶に視線が集まるが、そちらに変化はないようで安堵した。
だが、この時点でハッキリしたのは、『癒しの滴』が本当に新しい物が作られた際に消滅してしまう事実と、消滅したことで“買い物袋”から取り出したそれが紛れもなく本物だとわかったことだった。
そうなると、いくつかの問題はクリアしたと言える。だが、いまだに使った後、無事に“買い物袋”から取り出せるかが確認できていない。
飲んでから、確かめてみれば早い話だが、逆にそれで空の瓶だけが出てきたらと思うと、ついつい躊躇してしまっている。
「なあ、早く飲んじゃおうよ? オッサン、飲んだとしてさ、ボク達が試合を優勝すれば済む話なんだしさ」
「そうだにゃ、キンザンは変なところで、ヘタレだから困るにゃ〜、女には手が早いのに困ったオスだにゃ〜」
そこから言いたい放題に嫁ちゃん達の雑談と俺のメンタルをグイグイと削るような会話が繰り広げられたが、ヒヒ様が“ゴホン”と、咳払いをして、全員が冷静になる。
「アタシも時間があまりないんだよ。まったく、早く飲んじまいな!」
ヒヒ様の言葉が最後のひと押しとなって、俺は義足を取り外すと、そのまま、グッと瓶の中身を飲み干していく。
意外だったのは、この『癒しの滴』が栄養ドリンクとエナジードリンクを合わせたような味だったことだ。
大量生産できたなら、間違いなく冒険者ギルドの職員なんかには大人気の商品になるだろう素晴らしく刺激的な味だった。
俺がそんな感想を抱きながらも、しっかりと飲み干した瞬間、体内から、全身が熱くなるような感覚が駆け巡る。
胃から始まった熱が腕へと移動しさらに両足を交互に駆けて、さらに片腕に移り、首に頭、最後に心臓が太陽に照らされたような感覚で包まれる。
ここで言っておきたいのは熱いが焼けるような痛みではなく、本当にポカポカするというべき感覚だった。
そうして、最初に俺の異変に気づいたベリーが声をあげる。
「キンザンさん! 足が、本当に足が元通りになってるじゃない!」
俺はベリーからの言葉に自分の足元に視線を落としていく。
「あ、あ、本当に、俺の足が! ヒヒ様、ありがとうございます! みんな見てくれ!」
「オッサン、マジに足が戻ってるじゃんか!」
全員が喜ぶ最中、ヒヒ様からさらに驚く提案というより、強制的なクエスト依頼をされることになる。
「祝いに水を差すようで悪いが、本題の“癒しの滴”を出せるか、もう一度試しておくれ、問題なければ、そいつを持って王宮に向かわないとならないからねぇ」
「分かりました。すぐに試します」
俺は再度、“買い物袋”から“癒しの滴”を取り出していく。
取り出した瓶の中身は間違いなく青く輝く液体で満たされており、一切の問題がないことをベリーの鑑定で確認してから、ヒヒ様へと手渡す。
「確かに、受け取ったよ。あと、もう一件、後出しの条件で悪いが、少し話がある。キンザンを大会開始まで借りてくよ。王宮にも向かわないとだからね」
ヒヒ様に言われて、一旦嫁ちゃん達から離れて、2人で話すことになる。不意に出された“防音の魔導具”が作動され、ヒヒ様が喋り出す。
「さて、話ってのは、早い話、優勝してもらう約束だからねぇ、アンタにも大会に参加してもらうよ!」
「え、いや、え?」
「まさか、タダで使って逃げるような真似はしないだろうねぇ? アンタの足のことは既に国の連中や、教会側も把握してるんだ。さすがに自然に治りましたってのは無理な話になっちまってるからねぇ」
少し悪い笑みでそう呟くヒヒ様は最初に訪れた時の申し訳ないといった表情は完全に消え去っていた。
「なぁに、そんな顔するんじゃないよ。誰でもいいから、アンタ側の関係者が優勝すればいいだけの話さ、そして、キンザン、アンタにはアタシ側、つまりは“ヒヒ・クラーレ派”の代表者として、顔を隠した形で参加してもらうつもりだ、異論は認めないよ?」
凄まれ、俺はあまりの迫力に首を縦に振るとヒヒ様は優しく微笑みを浮かべる。
「助かるよ。なら、アンタは馬車に先に乗っておくれ、あの子、ナギって言ったかい? あの子も連れてくからね」
ナギが呼ばれ、俺の護衛という名目で同行することになる。
「無理やりで構わないから連結してる後ろの馬車に乗りな、他の奥方には悪いがキンザンは借りていくよ。こちらも色々とあるんでね、構わないね?」
予想外の言葉にミア達が怒りを顕にするが、ポワゾン、ベリー、フライちゃんはそれをあっさりと受け入れた。
「ご主人様をよろしくお願いいたします。この度の慈愛に満ちた施しに心より感謝いたします」
ポワゾンが深く頭を下げるとヒヒ様も頭を下げる。
そうして、俺とナギは別行動をすることになる。
馬車の中で説明されたのは、ナギと俺の存在は目立つため、俺は本戦に鎧姿での参戦になるらしい、ナギはその従者として同じく鎧を装備して、正体がバレないようにカモフラージュをするそうだ。
嫁ちゃん達からわざわざ離したのも、本来の正体を隠す目的があり、ナギと同じようなナーガ族の騎士を他にも複数人配備するらしい。
つまりは、ナギだと分からない状況も同時に作り出すということらしい。
既に手配が済まされている事実を耳にして、最初からこの流れを作り出すつもりで動いていたことがよく分かる。
最初からヒヒ様の計画に含まれていたのだと、理解した頃には馬車が目的地である王宮に到着する。俺達は門へと吸い込まれるように入っていくことになった。
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