207話、夜中の訪問者
エオナ中佐を見送ってから、俺達は新たな拠点として手に入れた屋敷の中を改めて見て回ることにした。
こうして見ていくと分かるが、内装も外装も間違いなくいい物件のため、高い買い物をしてしまったと感じていたが、むしろ、いい買い物だったとすら感じてしまう。
嫁ちゃん達はなぜか、してやったりと嬉しそうに笑っていたので、俺は不思議と首を傾げる形になった。
ただ、嫁ちゃん達にも、何かしらあるのだろうと、考えて質問などしないことに決めた。
そうして、興奮冷めやらぬままの嫁ちゃん達と新たな屋敷での最初の一日は、静かに夜を迎えていき、眠りにつくことになった。
ただ、俺は素直に寝付ける気がしなかった。
這いずる形で寝室のベッド上を移動して、車椅子をベッド横につけると腕の力で何とか車椅子へと移動する。
逆に義足を作って分かったのだが、コックシューズを使うと倒れないが、身動きが取れない事実だった。今は義足のみで倒れそうになりながらの移乗を行った形だ。
改めて、車椅子で日々を過ごしてる人に敬意と尊敬を感じるな、補助がどれだけ大切かを身をもって経験した瞬間だった。
そうして、車椅子に何とか座り、一息つくと、ゆっくり窓際に向けて車輪を漕いで行く。
車椅子を窓に対して、横向きにして手を伸ばしていく。ギリギリの高さにある窓の施錠部分へと指をかけると必死に脇腹を伸ばして解錠に成功する。
一瞬、脇腹と肋骨がつりそうになったが、問題なく解錠ができたため、部屋のバルコニーへと車椅子を進めた。
「本当にデカイよな……まぁ、高い買い物だから、デカくてナンボなんだろうけどなぁ」
中庭をバルコニーの手すりギリギリまで近づいて見下ろしていく。
庭師が定期的に手入れをしているのだろうな……とすぐに感じる整った庭園。
花壇にも色とりどりの花が植えられ、月夜だからなのか、光り輝いているのが幻想的だと柄にもなく感じてしまうくらいには美しいのだ。
「綺麗だよな……」
「本当に綺麗よねぇ、人間ってば、そういう美的センスは本当にびっくりするくらいすごいのよね〜」
俺の背後からいきなり、嫁ちゃん達以外の声に体がビクッと反応する。慌てて声がした方向に振り向く。
「やほ、久しぶりですの〜 世界の管理者、エトランジュですのよ」
ツインテールを靡かせながら、にっこり笑顔で病神のエトランジュが俺の背後に立っており、予想だにしない人物の登場に心臓が口から飛び出すかと思うくらいには驚かされた。
「エトランジュさん? びっくりしたけど、なんでここに?」
「あらあら〜? 新居に引っ越したみたいだから、御祝いを言いにきたのですのよ。貴方の世界の人間には、引越しの際、祝いの品を渡す風習があるみたいだから、気を使ってみたのよ」
「そ、それは親切にありがとう……ございます」
「つれない表情ね? まぁ、いいわ。引っ越し祝いのお菓子はテーブルに置くのよ」
室内に歩いて向かうとエトランジュは菓子折りを言葉の通りに置いていく。
チラッと見えた包みには日本語で『ドラやん』の文字があり、人気の“どら焼き屋”の商品だと分かった。
「世界の壁を無視しすぎな気が……」
「世界の壁をポンポン超えて、荒稼ぎしてるのに細かいわね? 美味しいものなんだから、気にするんじゃないのよ」
ジト目を向けながら、そう告げられると反論ができない。
少なくとも、何一つ間違ったことは言われていない。俺の持つアイテムは本当にチート級の代物なのは事実だからな。
「はぁ、確かにそうなるな。とりあえず、祝いをありがとうございます。ありがたくいただくよ」
「うんうん。そうしてもらえたら嬉しいのよね。素直なのは大切なのよ。フライさんもきっと気にいると思いますし、迷惑かけたので、謝罪の気持ちも添えてあるのよ」
どこか凄く自信満々なため、とりあえず「その心は?」と聞いてしまった。
「どら焼きには“裏”がない、つまり! 裏のない気持ちなのよ!」
ドヤ顔のツインテールの病神エトランジュに俺は何も言えずに頷いていた。
「さようですか、まぁ気持ちは分かりました」
本来なら、座布団全部お持ち帰りコースな返事だけど、本当にそういう気持ちなんだろうと思い、言いたいことを飲み込んで笑みを浮かべる。
「ここからは別の話になるんだけどね、今、王都に私の追っている“名も無き神”だった存在の信徒が紛れ込んでるのよ、十中八九、問題が起こるのよね……貴方の足みたいにね」
予期せぬ言葉と同時に発せられた“自身の足”についての発言に心臓がビクッとしたように感じた。
震えたとか、悪寒がとかじゃない別の感覚が全身を一瞬駆け抜ける。
「それって、どういうことなんだ。頼むから、知ってる情報があるなら教えてくれないか」
「知ってることねぇ……単純に貴方は眩しすぎるのよ、自覚とかないでしょうけど、神々の選んだ人間にも当たり外れがあるのよ」
「当たり外れですか?」
「そうよ。フライさんは、女神としては、かなり高位な立場にいた存在、それでも、転生と転移の神としては本当に残念な結果だったのは知ってるわよね?」
「まあ、話は聞いてますけど」
さきほどまでと違い、真剣な表情で俺に視線を向けるエトランジュ。
「そんな存在が最後に転移させた存在が金山さん、貴方なのよ。偶然や奇跡にも似た事実よりも、女神フライが最後に選んだ貴方という事実が光を放ってるのよ」
「いやいや、他にも2人いますし、本当に偶然な話じゃないですか!」
「そうよ、本当に偶然な話、でも、それは当事者の話であり、他者にはそう映らない場合もあるのよ──“名も無き神”の信徒の狙いは貴方の絶望なんだからねぇ」
「俺の絶望って……」
「話しすぎたのよ。そろそろ行くのだわ。本当に気をつけてね。なるべく早く私も解決のために動くから、不安にさせたけど、私も貴方を気に入ってるんだから、何より死なれたらフライさんが何するか分からないのだわ」
そう言うと病神のエトランジュは風が吹いた一瞬で姿を消していた。
まるで夢でも見ていたんじゃないかとすら思える時間だったが、室内に置かれた菓子折りが現実だったのだと示している。
「これ以上の絶望って……こっちは両足失ってるんだけどなぁ、マジに勘弁してくれよ……」
自由に動けない事実だけでも、正直にいえば、明るく振る舞ってはいるが精神的には、かなり辛い状況なのに、俺になんの恨みがあるってんだよ。
強く拳を握り、静かに両目をグッと瞑る。
当然だが、この世界に来たことは後悔なんかしてない。ただ、それと同時に俺のせいで嫁ちゃん達に何か起こるんじゃないかという、不安がドス黒い闇になり、心を鷲掴みにしていくような喪失感を与えてくる。
幾千万の星が彩る星空が一瞬で輝きを失ってしまうような恐怖を1人で感じている今が怖くて仕方ない。
「一服しようと思ったが、そんな気分じゃなくなっちまったな……」
そんな独り言を口にしたくなるのも、不安の現れなのだと感じながら部屋へと戻り、何とかベッドへと移動する。
寝苦しい夜をゆっくりと過ごしながら、朝を待つことになっていた。
「俺なんかに、注目すんなよ……今の幸せを失いたくないんだからよ……」
そんな誰にも聞かれることのない呟きを幾数回繰り返すうちに、俺の精神は眠りの世界へと落ちていくのだった。
願わくば、エトランジュの口にした絶望なんかが、現実にならないように、これ以上の最悪が起きないように願いながら……
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