194話、──みんな、ごめんな
俺は吹き飛ばされたナタリーさんに視線を一瞬向ける。微かに身体が痙攣しているが、逆に言えば、まだ生きている事実を確認できたことに安堵した。
だが、そんな安堵はコンマ数秒、いや、刹那の時を刻む瞬間に打ち砕かれる。鎧ゴブリンが悩まずにその巨体で駆け出してきた。
鎧ゴブリンの踏み込みからの横薙ぎ払い──突進してくると考えて、身構えてからのカウンター狙いの姿勢は完全に裏目に出た形になる。
「グアァァァッ!」
「ぬぁ!」
後ろにわざと姿勢を倒す形にして、何とか初撃を回避する。
本当ならこの選択は最悪の結果になり、ゲームなんかなら、人生終了の通知音と“GAME OVER”の文字でパレード状態になるだろう。
それでも、俺には『コックシューズ』がある。【調理器具マスター】を発動してれば、絶対に転倒しない。
つまり、この体勢からでも、まだ何とかなるッ!
振り抜かれた大剣をギリギリで回避する形になった直後に地面を無理矢理に蹴ることで結果的に僅かな距離を得る形になった。
対峙したからこそ全身に感じる恐怖、眼前に迫り来る最悪な存在が大剣を再度構えて口角を上げる。
すべての時間が僅かに停止しようとしているんじゃないかとすら感じるほど、脳が今の現状を拒絶しているのが分かる。
走馬灯という感覚を体感しているのかもしれないと理解した瞬間、すべての時が現実に追いついたかのように動き出す。
風を切り裂くような“グゥウォンッ!”という大剣からの風圧にも似た勢いで風の斬撃が放たれる。
予想外の中距離攻撃に俺は回避が僅かに遅れた……
その瞬間の鎧ゴブリンの顔は笑っていた満面の笑みを浮かばていた。俺は慌てて距離を取ろうとして片足から下つまり、足首の感覚がなくなったのを感じた。
「え、うわぁぁぁ!」
意識した途端に強烈な痛みと焼けるような感覚が全身を駆け巡り、回避しようと捻った身体が地面に向けて、落下するように倒れていく。
「オッサン!」
「キンザン!」
「馬鹿野郎ッ! 逃げろッ!」
全員から次々に叫ばれる声、ただ、そんな声をかき消すほどの激痛が俺を襲っていく。
「ハァハァ……ちくしょう!」
ニヤニヤと俺に向かってゆっくりと獲物が苦しむようすを楽しむようにして、鎧ゴブリンが近づいてくる。
俺が最後を覚悟した瞬間、呟いたのは自分でも驚くほど当然の一言だった。
「悪い、みんな逃げてくれ……」
「オッサンッ! ふざけんなよ、諦めんな! すぐ行くから」
「邪魔するにゃ! キンザン! キンザンッ!」
「ざけんなッ! 勝手に諦めんなよ、ウチがぜっていに助ける! クソゴブリン野郎ッ! 止まれ、止まれよォォォォッ!」
「マスター! マスターッ! ドーナを置いてくなんてダメなの! うぅぅぅマスターッ!」
「マイマスターッ! うおぉぉぉッ! どけ、ゴブリンッ! やめろ、マイマスターに近寄るなぁぁぁッ!」
潜伏していたシールドゴブリン達がバリケードを作るように嫁ちゃん達の攻撃を命を使って阻んでいく。
人間なら命令されたとしても命惜しさに逃げ腰になるだろうが、こいつらは違った……ただ、1人でも確実に相手を減らすため、いや、殺すために命を簡単に犠牲にする存在だと再確認することになった。
──あの時、もしも俺達が[バリオン]から出なければ……王都に向かうのを数日ずらしていたら、そんなことを考えた自分にイラついてしまった。
「もし、俺達が来なかったとしたら[ボルドール]がひどい結果になってるんだよな……」
竜切り包丁を地面に突き刺して、片足で必死に立ち上がると俺は激痛で顔を歪ませながら、鎧ゴブリンに視線を合わせる。
「ハァハァ……最後まで足掻いてやる。俺はミアと出会わなかったら、あの日に死んじまってたんだろうからな……今さらだけど、かかって来いよ!」
俺の言葉を理解したのかは定かではないが、鎧ゴブリンが再度斬撃を飛ばしてくる。
その瞬間、俺からもう片方の足から先の感覚がなくなり、激痛が意識を遮断した。
△△△△
俺が次に目を覚ましたのは、ガタガタと揺れるような振動と激しい激痛が走った瞬間だった。
冷や汗が止まらない中で必死に視線で今の状況を確認する。
霞んだ視界、僅かにわかるのは、俺が担がれて運ばれている事実だった。
嫁達は、みんなはどうなったんだ……
俺の耳に僅かに聞こえる戦闘音、そんな戦闘音は次第に遠くなっていくことだけが微かに分かった。
ただ、俺が目覚めたことに気づいたのか、鎧ゴブリンの拳により顔面を強打される。
“バリンッ”と、殴られたと同時に額につけていた『調理用ゴーグル』が無惨に砕け、俺の意識が再度闇に飲み込まれていく。
どれくらい意識を失っていたのか分からない……俺が目覚めたのは、洞穴の中であり、暗闇に灯された巨大な焚き火、それを崇めるようにゴブリン達が集まるその先に祭壇のようなものが作られており、祭壇の頂点には巨大な影がハッキリと確認できた。
気づけば、足の痛みが無くなっており、足を確認すると、複数の草を練り合わせたの塊が貼られていることに気付かされる。
回復薬といった感じではなく、痛みをなくすために感覚を麻痺させているように感じる。
そのせいだろうか、身体がダルいと感じる。だが、俺がそう感じるってことは本来は動けなくなるほど、強力な麻痺草なのだと思う。
周囲を確認すると俺の他にも数人の冒険者であろう人達が転がっている。
ただ、俺のように動ける者はいないようで、全員の意識があるのかも分からない。
一つ言えるのは、他人からしたら最悪な状況でも、【女神フライの加護】を持っている俺からしたら、僅かでも希望が存在している事実だ。
俺の手は、縛られた状態だが、【ストレージ】は問題なく発動するみたいだった。つまり、今手を縛っている縄も収納可能だろう。
周囲を警戒しながら、【ストレージ】を開き、腕に縛られた縄に何とか指を伸ばし、先端に触れた瞬間、小さく「【ストレージ】」とつぶやくと縄が収納された。
ここからやるべきこと……いや、やれることと言うべきだろうな。
俺は両足首がない事実を再確認してから、近くに横たわる冒険者達に対して、這いずりながら移動すると耳元で囁く。
「今から、アンタらを動けるようにする……」
俺はそこから先の言葉を言わないといけない事実に胸が痛くなり、ひどい吐き気を体内から感じながら言葉を続けた。
「そしたら、武器をやるから──皆で逃げてくれ」
意識はあるのだろう、小さく麻痺しているはずの冒険者達の身体が小刻みに動いたのを確認してから、順に“買い物袋”を使い、毒消しや麻痺消しといったポワゾン用に買ったことのある薬草や薬品を取り出し、飲ませていく。
少しの時間で冒険者達の表情が落ち着いてきた事を確認してから「声を出さないでくれ……手足の縄を切るから、そしたら武器を渡す」と伝える。
冒険者達の手足を自由にしてから、ペコとグーのために以前買った盾と槍、ガントレットを“買い物袋”から取り出していき、1人の冒険者にナタリーさんから渡された発煙筒を手渡すことにした。
「おい、アンタ……その足、くっ……」
冒険者の1人が俺の足首から先に目を向けた瞬間に悔しそうに視線を逸らす。
「わかってるんで……皆さんは逃げてください。外に出たら、すぐに走ってください。戦うための武器じゃなく、生き残るための武器なんで……」
「わかった。本当にすまない」
冒険者の言葉に俺は小さく頷いた。
“本当にすまない”──この言葉の意味を俺は理解している。
本当なら泣きついて、冒険者の足にしがみついてでも「連れてってくれ! 死にたくない」て叫びたい。でも、それは無理な願いだ。
回復薬や毒消しに麻痺消し、どれだけ使おうが、精神や肉体的な疲労は完全には消えないし癒されない。
早い話が、俺を連れていくことはリスクしかないし、生存確率が著しく低下するだろう。
冒険者の基本は自分の命を最優先に……そして、助けられない命を救う蛮勇にならないことなのだから。
「悪い。もし、キンザンを俺を探している人にあったら、ごめんって謝ってたって伝えてくれないか……頼む」
「──確かに、伝える。本当にすまない。許してくれ、すまない」
何回目かの謝罪を耳にしてから、彼らは移動を開始した。
暗闇の世界に1人残された俺は、必死に声を押し殺しながら、涙を流した。
「──みんな、ごめんな」
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