193話、キールの判断、強敵襲来
急な緊急事態を告げた真っ赤な煙、空が次第に赤く染まる。
俺達の行く手を妨害するように姿を現すゴブリンの大群、既に数十から百数体を全体で討伐しているはずなのに、未だに凄まじい数のゴブリンが現れる事実に、脳裏に最悪の事態が再度よぎっていく。
「これはマズイかもしれないねぇ……」
小さく呟くキールさんの声に俺と同様の事を考えてるのかもしれないと悟る。
「とりあえず急ぎましょう!」
出せるだけの声量でそう語る俺にキールさんと『ヘルハウンド』のメンバーが無言で頷いた。
「悪いみんな、頼みがある──」
嫁ちゃん達が移動しながら、俺に視線を向けてくる。
「ナギ、俺を全力であの赤い煙場所で連れてってくれないか、二手になるが、そうしないと間に合わないと思うんだ……」
嫁ちゃん達の安全を考えたら、全員で移動して戦闘を行う方が勝率や生存確率は上がるだろう……
分かっていても、話して互いの顔を知った相手を見殺しにするような選択はできなかった。正直に言えば、愛する嫁達を危険に晒すような選択をする最低の男だと言われても仕方ない。
「わかった。ナギがマイマスターを絶対に連れてく!」
そう口にした瞬間、ドーナが影の中に飛び込んでくる。
「ドーナも行くの! マスターは絶対に守ってやるなの!」
「ボク達も行くよ! ねぇ、ニア」
「当たり前にゃ! ベリー達はゆっくり来るにゃ〜敵はニア達でぶっ飛ばしてやるのにゃ!」
「チッ! ウチはベリー達と行く。戦力分けすぎて、なんかあったら、お人好しな旦那様が、悲しむだろうからな……だから、怪我すんなよ……お人好し野郎!」
「悪いな、ミト。ありがとうよ」
俺達が二手になり、高速で森の中を移動する中で、キールさんの表情が微かに見えた。
キールさんの表情は、どこか悔しそうで無念そうなものだった。
本来なら、ナギに頼んで連れていくべきなのかもしれない、だが、『ヘルハウンド』の戦いを見て、キールさんを中心に最大火力を出すパーティーだと分かった為、あえて、提案しなかった。
ナギは早かった。森の木々を避けながら、身体をくねらせて進んでいく。
正面から襲いかかるゴブリン達に対しては両手の鋭い爪で切り裂いていく。
ミアとニアが追随して、ナギが仕留め損ねたゴブリン達を通り様に始末していた。
先の戦闘では、数の包囲によって後手に回る結果になっていたが、本来は上位ゴブリンが出ても嫁達が苦戦することなど今はあり得ないだろう。
自分の弱さを再確認する形になるが、そう思うくらいに嫁ちゃん達は強いのだ。男としては情けないが、だからこそ、まだ俺も成長するために頑張れるというものだ。
「マイマスター! もうすぐ着く、血のニオイがする、近い!」
その一言に一抹の不安を感じながらも進んでいく。
視界の先に、森の木々が薙ぎ倒され、ボロボロになって、倒れている数名の冒険者達、そんな先で一人、大剣を振るうナタリーさんの姿があった。
「ナタリーさん!」
「な! なんで来たッ! お前達以外の連中はどうした!」
大剣でシールドゴブリンを屠りながら、ナタリーさんが質問を口にする。
「俺達が先に来ただけで、キールさん達『ヘルハウンド』も向かってくれてます!」
「はぁ、たく……キールのやつ、冒険者としては落第レベルの判断ミスじゃないか」
「判断ミスですか?」
「あぁ、どうしようもないバカだよまったく……なんでそんな判断しちまうかな……それよりも次が来るよ! こうなったら仕方ないから、合流するまで奴らを倒し続けるよ! 力を貸しな!」
「はい! みんなも頼む!」
「任せなよ、オッサン!」
「キンザンにいい所を見せるのにゃ!」
「マイマスターはナギが絶対に守る!」
「ナギちゃんはマスターをしっかり守るの! ドーナがナギちゃんも守るなの!」
力強い声が素直に嬉しいと感じてしまう。だからこそ、俺達は負ける訳にはいかないんだ。
「よし、全員で生きて帰るぞッ!」
掛け声と同時に俺達は一斉に走り出す。周囲を包囲していたゴブリン達も同様に攻撃を開始する。
ただ、一つ今までと違ったのはゴブリンアーチャーの数が明らかに少なくなっており、範囲攻撃を警戒していたがゴブリンマージやゴブリンウィザードといった魔法攻撃をするようなゴブリンの姿は確認できなかった。
飛び出して、竜切り包丁を構え、ナタリーさんに迫る複数のゴブリンに向けて斬撃を放ち、何とか側まで到着する。
そうして、背中合わせになった俺とナタリーさんを包囲するように槍や棍棒を手にしたゴブリンが円を描くように迫ってくる。
「悪い、ナタリーさん!」
「なんだ? 戦闘中だぞ!」
「いや、なんかさ、魔法とか弓矢を使ってた奴らがいないように感じてさ」
その言葉にナタリーさんが軽く笑みを浮かべた。
「当たり前だ、最初に魔法職を狙うのは戦闘の基本だ。まあ、そのせいで、アタシ側の仲間は皆ボロボロだけどね」
ナタリーさんは、最初に範囲攻撃を警戒して、犠牲を覚悟で複数いた遠距離攻撃を得意とするゴブリンの排除から開始したらしい。
ただ、数の暴力は熟練の冒険者パーティーであるナタリーさん率いる『ダークファング』でも勝利を掴む事は叶わなかった。その為、敵の位置を知らせる為に発煙筒を使ったと教えてくれた。
話をしている最中も、執拗に攻撃を仕掛けてくるゴブリンの大群は俺ではなく、満身創痍のナタリーさんをターゲットにして攻撃を仕掛けていく。
何とか背後を守る形になってはいたが、近接戦闘を得意にするナタリーさんでも、仲間を犠牲に攻撃を仕掛けてくるゴブリン達の攻撃にさらに傷が刻まれていく。
「ナタリーさん!」
「よそ見をするなッ! キンザンッ! 戦場で自身の敵から目を離せば死ぬぞ!」
その言葉に俺は黙ったまま、無言で頷き、正面から突き出される槍持ちのゴブリンに斬り掛かる。
「それでいい! アタシを殺す気ならッ! 全力でがかってきな、ゴブリンどもがッ!」
ナタリーさんの豪快な叫び、背後を振り向けないがそれはゴブリンを震え上がらせるには十分な力強い咆哮だった。
だが、俺の考えは甘かった。既にナタリーさんは限界だったのだ……俺がもっと注意深くナタリーさんを見ていれば、背中合わせではなく、真横に移動していたなら気づけたのかもしれない。
ナタリーさんの腹部からは既に酷い出血をしていた。俺達が駆け付けた瞬間の僅かな隙を狙われたのか、既に戦闘で受けた傷だったのかは分からない。
それに俺が気づいたのは雑魚ゴブリンとは違う「グガアァァァッ!」と雄叫びにも似た叫び声が聞こえたと同時に振り向いた瞬間だった。
ナタリーさんに向かって漆黒の鎧を纏った大剣を握りしめたゴブリンが突進していく。
そんなナタリーさんの足元に広がる血溜まり、すべてが最悪のタイミングで俺の視界に入ってくる。
「ナタリーさんッ!」
「ハァハァ……離れろ! キンザンッ!」と叫ばれた瞬間、ナタリーさんが凄まじい勢いで吹き飛ばされる。
俺のすぐ側にあった木に“バン!”と鈍い衝撃音が響いた瞬間、全身を叩きつけられる、力なく地面へと倒れ込む。
「あ、あぁ! ナタリーさん!」
慌てて駆け寄る俺に向かって漆黒の鎧ゴブリンがニヤリと口角を吊り上げる。
俺に迫るゴブリンに対してドーナとナギが向かって来るのがわかった。
そんな2人に対して、複数のゴブリンが道を塞ぐように集まり出すとそれも作戦だと言わんばかりに俺をターゲットに定めた鎧ゴブリンが大剣を向けて歩み出す。
俺は竜切り包丁を握り直すと鎧ゴブリンへと視線を向けた。
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