172話、女神の心は好奇心?
影から複数の影ムカデが飛び出して、一斉にエトランジュへと襲い掛かる。
球体のようになった影のムカデが高速で回転して、完全な黒い球体へと姿を変える。
決着したかに思った瞬間、エトランジュを包んでいた影の球体が破裂して、霧に包まれた状態のエトランジュが不気味な笑みを浮かべていた。
互いに一歩も譲らない攻防が繰り広げられていく、ドーナの攻撃に対して、絶対的な防衛力を見せつけるエトランジュ。
ドーナには、悪いがエトランジュがやられるというビジョンが俺には見えなかった。
ドーナは影での攻撃をやめると、大鎌を影から取り出すと両手にしっかりと握り、構えてから空中を睨みつける。
「アンタ、私を本気で倒せると思ってるの?」
エトランジュが首を傾げると、生暖かい風にツインテールが靡いていく。
「倒すんじゃなくて、始末するの……マスターを馬鹿にして襲うやつは敵なの……逃がす気はないの!」
ドーナの全身よりも巨大な鎌を軽々と持ち、一気に加速すると、地面を蹴り空中に飛び上がる。
「あらあら、お馬鹿さんなのかしら? 空中ってね、逃げ場がないのよ? なんてね……そう言う発言は敗者のセリフになるわね!」
エトランジュは霧の鎖を作ると、無数の鎖が空中に向かって飛んできたドーナに向けて放たれる。
影を空中に作り、ドーナが空中で体勢を変えて、鎖を回避していく。
最初から回避される事を想定して動いていたのであろう、エトランジュは鎖と同時に複数の霧の糸を作り出すと霧の鎖同様に複数の方向に撃ち放つ。
当然ながら、鎖と糸を回避するドーナ。だが、その回避した先に再度、糸が投げ放たれる。
「邪魔なの! こんな細いので、ドーナは捕まらないの!」
「ふふ、よく見なさいよ? アナタみたいな猪突猛進タイプは本当にやり易いから助かるけど、今回、私は殺し合いなんかする気ないのよ?」
周囲を確認するように言われたドーナは視線をエトランジュに向けたまま、見える範囲で状況を確認するように首を軽く動かす。
ドーナを包囲するように霧の糸が何重にも円を描いて漂っており、さらに無数の霧で作られた鎖が意志を持っているかのようにドーナを狙っていた。
「おいおい、ドーナのやつ、やばいんじゃないか……おーい! 2人ともやめろ!」
俺が全力で叫ぶとドーナが、一瞬だが、俺に視線を向ける。
だが、止まる気はないと言わんばかりに、影の上に立ったまま、大鎌を空中で構え直す。
ドーナとエトランジュが空中で向き合った瞬間、俺の背後から、背筋が凍りつくような殺気が放たれたことに気づいた。
それは、空中で対峙している2人にも伝わったのか、両者が体を同時に震わせた。
「──いい加減にしてくださいね……最初のエトランジュがとった悪戯でもかなり、イライラしてるんですよ。
我慢しているのは、ドーナ、アナタだけじゃないんですよ。それと、病神として、これ以上、馬鹿みたいに力を振るうなら、わたしも“闘神”として、相手をさせてもらうことになりますよ?」
フライちゃんの言葉が放たれた瞬間、それと同時に時間が停止したのが分かった。
時間がいつ動き出したか分からないが、間違いなく、動き出すまでに何かがあったのだろう……
ドーナは不貞腐れながら、俺の膝の上に突然現れ、エトランジュはガタガタと震えて、ポワゾンが入れたはずの紅茶が空になっていた。
「2人には、わたしから、話したので大丈夫でしょうから、取り敢えず、話し合いは別の日にしましょう、今日は終わりとしましょう……さすがに疲れましたし、ご飯が冷めてしまいますからね」
「わ、わかってるの! ドーナもフライちゃんの言う通りでかまわないの、エトランジュちゃんと、仲直りするなの」
「私も構いません……むしろ、これ以上揉める気はありませんし、やりすぎたと思ってるというか、ごめんなさい、ドーナさん……」
「ドーナのことはドーナって、呼んでいいの、仲直りなの……」
最後はフライちゃんがすべてを支配して、話し合いになり、引き分けという形で終了した。
何があったか、ドーナに質問すると予想外にあっさりと内容を教えてくれた。
フライちゃんは時間をやはり停止していたようで、一瞬で2人が睨み合っていた空中に飛んで来たかと思った瞬間、手に握られていた錫杖で地面に叩き落とされたようだ。
2人同時に落下してから、ドーナに「きんざんさんは、やめろって言ってました。やめないなら嫌われますよ? 多分……」と言われたらしい。
「悔しいけど、マスターに嫌われるのは、負けるより嫌なの……だから、引き分けにしてあげることにしたなの……」
本当に悔しいんだろうな、頬をふくらませて、つんつんしてるしな。
そして、エトランジュだが、ドーナがドン引きするくらい、フライちゃんに叱られていたようだ。
最後は正座でお説教されて、半泣きになってたようなので、本来はドーナから仕掛けた争いのため、なんとも理不尽にも感じてしまった。
とにかく、2人から話を聞いていると料理が並べられていく。
・野菜とハムの角切りサラダ。
・オーク肉の煮込み。
・イエロースコーピオンの野菜炒め。
・焼き角ウサギ。
・白身魚の激辛ソースがけ。
・手作りの小麦粉の薄焼きパン (トルティーヤ)。
・野菜を煮込んだスープ。
嫁ちゃん達が一生懸命作ってくれた料理が次々に並んでいく。
予想よりも品数が多くて驚かされる結果になったが、どれも美味しそうにできていた、俺の腹からも期待の音色が鳴り出している。
料理が全て並ぶと俺達は席に座っていく。そんな中、エトランジュだけが席に着いていないことに気づいて、慌てて外に向かう。
屋敷の庭に出ると、少し切なそうに空を見つめるエトランジュの姿があり、綺麗に束ねられたツインテールが力無く下を向いているようにすら見える。
「なあ、一緒に食べないか?」
俺からの言葉が意外だったのか、驚いたような表情で、身体をこちらに向けると視線を合わせてくる。
その表情を見て、なぜか俺は学生時代に友達と上手く話せなかった頃の自分自身を思い出してしまった。
ボッチってわけじゃなかったし、友人も確かにいたが、上手く馴染めない感覚に悩んでいた頃に鏡で何度も見た顔だ。
「なぁ、あんまり気にすんなよな。ドーナはキレやすい所もあるけど、本当に良い子なんだよ。何より大切な嫁だしな」
「……変わり者って、言われませんか? 普通、そんなに大切な相手と戦ってた相手を食事に誘ったりしないでしょ?」
「うーん、変わり者っていうか、困った奴扱いはされてるかもな、まぁ、実際に色々やらかしてるからな、あはは」
そんな会話をしながら、煙草をポケットから取り出して火をつけていく。
「人間にはその煙草ってものを愛している人が少なからずいるけど、あんまり理解できないわ……何がいいのかしら?」
煙を吐き出す俺を不思議そうに見つめるエトランジュ。
「まあ、吸わないなら吸わない方がいいかもしれないが、俺みたいなオッサンには、物理的な癒しも必要なんだよ」
そう言って笑って見せると、エトランジュが手を出してくる。
「知ることも大切な事よね? 試すだけだから、一本もらってもいい?」
言われるままに一本、取り出して手渡す。ライターを渡す前に口に咥えて不思議そうな顔で必死に吸う姿に笑いそうになるが、火をつけてやる。
だが、上手く吸えないのか、火が灯らない。
「……つけてくれるかしら?」とエトランジュが煙草を手渡すため、俺は自分の吸いかけの煙草を片手に持ってから、覚悟を決める。
すると、予想外に片手に持った吸いかけの煙草をエトランジュが手早く取ると、口に咥えて軽く吸っていく。
「げほっ、なによ、美味しくないわよ? なんか上手く、けほ、けほ、吸えないし」
「悪い、最初はそんなもんだからな……大丈夫か?」
「大丈夫よ。人間の世界ではこれを“盃?”っていうのよね……これで、私もフライさんみたいに仲良くできるのかしら……」
俺は予想外の言葉に笑ってしまったが、それからエトランジュを改めて食事に誘うことにした。
嫁ちゃん達も最初からわかってたと言わんばかりに席をしっかりと用意して待っていてくれた。
ドーナが先輩風を吹かせながら、箸の指導をしている姿は本当に微笑ましいと思う。
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